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“ポストコロナ社会”創る ベンチャー企業
注目の新サービス 続々誕生
「3密」依存の経済活動、東京への一極集中、医療の地域格差――。新型コロナウイルスの猛威で、顕在化した課題をどう乗り越えるか。イノベーション(技術革新)の創出をめざすベンチャー企業の動きが活発化している。「ポストコロナ社会」に向けた先進的な事業を紹介するとともに、神戸大学大学院の尾崎弘之教授に今後の展望を聞いた。
「顔認証と熱検知」入場管理に革新
人が集まる会場で感染拡大を防ぐには、発熱し感染の可能性がある人の入場を防ぐことが重要だ。すでにハンディー型検温器を来場者にかざす場面が日常となっているが、受付スタッフは多くの人と対面する必要がある。また、スムーズな入場を妨げ、「3密」の要因となる場合もある。
この解決策として株式会社データスコープ(東京・中央区、内田次郎社長)は顔認証と体の表面温度を測定できるカメラ・入退館システムを提供する。このシステムは、瞬時に複数の来場者の顔を認証し、同時に体表温度も測定。異常温度を感知すると管理画面にアラートを出すほか、マスクの着用、非着用も検知する。顔認証で個人を特定できるので、問題がある場合はゲートを閉じ、会場に入れないなどの措置を取ることができる。直近では成田空港への導入が決まった。
同社は、地図や観光などの情報を発信する株式会社昭文社と連携し、イベントや旅行業務の再開支援も開始。「ポストコロナにおける『新しいスタンダード』の先駆」と強調する。
遠隔ICUで医療の地域格差解消
コロナ禍では患者の急増による医療崩壊も危ぶまれている。特に、重症者を治療する集中治療室(ICU)では、慢性的に不足している集中治療専門医の枯渇が、より顕在化した。
株式会社T―ICU(兵庫県芦屋市)は、問題解決へ「遠隔ICU」の提供を進める。同社は、中西智之社長自らも集中治療専門医として活躍する専門家集団。遠隔ICUは、情報通信機器を用いて心電図、X線、採血データなどを共有しながら、専門知識や経験がない医師に対し、専門医が遠隔から24時間アドバイスを行うシステムだ。現在、関西圏を中心に20病院ほどが導入している。
米国ではICUの2割が遠隔ICUを導入済み。これにより重症患者のICU死亡率が11.7%低下、患者のICU滞在平均日数は0.63日減少したというデータがある。しかし「遠隔ICUは医師の間でも、まだまだ知られていない存在」と中西社長。「コロナ収束後も、医療従事者の働き方や医療の地域格差といった問題は残る。解決に向け事業を展開していく」と力を込める。
AIが “不満ビッグデータ”を解析
課題の発見や抽出にも新たなアプローチがある。株式会社インサイトテック(東京・新宿区)の伊藤友博社長は「暮らしの不満をAI(人工知能)で解析することでニューノーマル(新常態)の兆しを明らかにしたい」と話す。
同社はインターネット上で、人々の生活上の不満を文章で買い取る「不満買取センター」を運営し、現在1600万件超の“不満ビッグデータ”を保有する。
さらに、京都大学と連携し開発した独自の文章解析AI「アイタス」で文章データを分析。①従来の単語単位ではなくフレーズ単位で集計し、意味をくみ取る「意見タグAI」②似た意見を自動でグループ化する「可視化AI」③文章から不満度を読み解く「感情分類AI」――を駆使し、技術開発や新商品、サービス改善の狙い目を特定する。
コロナ禍では、住宅メーカーから「テレワークに合う家の機能を考えたい」との声や、食品メーカーから「自宅での食事が増えたことをビジネスチャンスにしたい」などの相談があったという。伊藤社長は「ポストコロナの新しい価値を生み出すハブ(拠点)になりたい」と意気込んでいる。
このほかにもテレワークやテークアウトなど需要が急増する分野で新サービスが続々と誕生している。ポストコロナ社会を創るベンチャー企業の挑戦は続く。
展望を聞く
神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科 尾崎弘之 教授
“不自由な今”チャンスの時
社会課題の本質捉え、解決めざせ
――コロナ禍による社会の変化は、ベンチャー企業にどんな影響がありますか。
尾崎弘之教授 すぐにコロナ以前の状態に戻るとは考え難く、しばらく不便、不安、不満、不自由を感じる生活が続くはずだ。これを解消しようとすることがイノベーションにつながる。リーマンショック後も、ウーバーなどのベンチャーが世界を変えた。その意味で、ベンチャー企業にとって今はチャンスと言える。
――そのチャンスを生かしている分野は。
尾崎 ネットショッピングやテークアウト、物流・工場のオンライン化、ウェブ会議などの分野が伸びている。しかし今後、成長が続くかは一概に言えない。
今の変化は、一時的なものか、それともワクチンや特効薬ができてもポストコロナ社会に残り続けるものなのか。見極めが非常に難しい。テクノロジーの発展も相まって、驚くようなアイデアを形にしているベンチャーが出現しているが、今がピークで衰退していくサービスも多いだろう。
――変化の見極めに重要な視点は何でしょうか。
尾崎 例えば、今はテークアウトが重視されているが、この先もずっと飲食業界がそれだけに力を注ぎ続けてよいとは思えない。
コロナ以前からの社会課題の本質に着眼することが一番確実だろう。例えばテレワークはコロナ以前から提唱されていたものだ。
大都市、特に東京の過密さ、移動のストレス、災害への脆弱さは以前から重要な社会課題だったが、コロナ禍で一気にテレワークに光が当たった。半面、直接会う重要性も皆が痛感したところだ。テレワークと対面の混合が解決の本質で不可逆の流れだろう。
――東京一極集中の是正には企業の移転も重要では。
尾崎 オンライン会議などの浸透で、簡単にどこからでも「人」や「情報」に触れられることが実感でき、オフィスは人や情報が集まる東京に置くという常識が揺らぎつつある。
東京オフィスのもう一つの利点は、省庁との交渉が容易なこと。しかし、コロナ禍で行政も情報通信技術の浸透による変革「デジタルトランスフォーメーション」(DX)に本腰を入れるという。これが進めば地方移転も加速するだろう。
――DXもコロナ以前から提唱されていた概念。アイデア豊富なベンチャー企業の活躍が期待されます。
尾崎 人材不足への対応や働き方改革といった、従来から存在している課題の解決に本気だった企業や業界ではDXが進展していたが、コロナ禍で課題は深刻化した。
ベンチャー企業はBtoB(企業間取引)で大きく成長する。相手となる大企業も成長を懸け、より浮き彫りになった課題を解決するイノベーションを求めており、柔軟な姿勢になるはずだ。ベンチャー企業がチャンスの時を迎えていることは間違いない。
おざき・ひろゆき
1960年、福岡県生まれ。神戸大学大学院経営学研究科教授を兼務。東京大学卒、ニューヨーク大学大学院スターン・スクール・オブ・ビジネス修了(MBA)、早稲田大学博士後期課程修了。博士(学術)。ゴールドマン・サックス投信執行役員などを経て、2016年から現職。著書に『新たなる覇者の条件 なぜ日本企業にオープンイノベーションが必要なのか』(日経BP社)など。