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2018年9月11日

【主張】大震災7年6カ月 防災・減災・復興を政治の柱に

災害が起きるたびに、鮮明に脳裏をよぎる光景がある。

2011年4月、山口那津男代表に同行して訪れた福島県飯舘村役場でのこと。ある職員が静かに語り始めた。

「今朝、村の長老の葬儀を終えた。村が計画的避難区域に指定されるから『高齢の自分は家族の邪魔になるだろう』と、自ら命を絶った。政治が人を殺したも同じだ!」

ただ、ペンを握りしめることしかできなかった。当時の民主党政権の迷走が招いた悲劇とはいえ、政治には国民の生命を守る責務がある。

東日本大震災から7年6カ月、公明党は「人間の復興」を掲げ、被災者と共に歩んできた。最愛の子を亡くした父母の手を取り、かけがえのない家族や友を失った人々に寄り添いながら。

被災地では住宅の再建が進み、仮設住宅は減った。復興は着実に進んでいると言えよう。復興・創生期間の折り返し点を目前に、自民、公明の与党両党が発表した第7次提言で記載した通り、焦点は「心の復興」や復興庁の後継組織のあり方に移ってきた。

そこで忘れてはならないのは、今も慟哭する被災者の存在だ。政治は、その一人に寄り添い続ける意志が問われているのではないか。いまだ6000人近くがプレハブ仮設住宅に住み、5万7917人が避難生活を余儀なくされ、2537人が行方不明のままだ。こうした現実に向き合う覚悟を欠かすまい。

同時に、次なるリスクにどう備え、国民を守るのかという点もまた、政治が果たすべき重要な役割である。

大震災以降、熊本地震や鳥取県中部地震、大阪北部地震、そして6日に発生した北海道胆振東部地震など巨大地震が相次いだ。記録的な豪雨が打ち続き、今夏も西日本をはじめ各地に甚大な被害をもたらしている。わが国はまさに“災害列島”の様相を呈していると言えよう。

今こそ「防災・減災・復興」を政治の主流にとの井上義久幹事長の指摘は至言である。「大衆福祉」を掲げて出発した公明党は社会保障を日本の政治の柱に据えてきた。これからは「防災の党」としても国政をリードしたい。それこそが失われた命に報いることと信じて。

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