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2025年2月23日

助かるはずの命を救いたい!

救命活動から病院の機能維持まで 
医療・福祉の“崩壊”防ぐ 
DMAT(災害派遣医療チーム)発足20年

助かるはずの命を救いたい――。災害現場にいち早く駆け付け、医療支援を行う災害派遣医療チーム「DMAT」は、今年4月で全国組織発足から20年を迎えます。昨年の能登半島地震でも全国からDMAT隊員が派遣され、救命活動や病院の機能維持などに尽力しました。被災者の命を救う取り組みについて、近藤久禎DMAT事務局次長に語ってもらいました。

近藤事務局次長

私たちDMATは、災害時の医療支援に必要な訓練を受けた医師や看護師などで構成される医療チームです。全国の隊員数は1万7674人、チーム数は1814隊(ともに昨年3月時点)に上っています。

昨年の元日に発生した能登半島地震では、輪島市や珠洲市など、被害が大きかった地域で道路の寸断や停電、断水が発生し、現地の病院や福祉施設の機能が著しく低下しました。そこに急行したのがDMATの隊員たちです。

現地で指揮を執った私は、これまでの経験を基に、一つ一つの課題に対応していきました。救命活動だけでなく、病院の機能維持に不可欠な物資の補給や環境整備を推進しました。避難が必要な患者らの被災地外への広域搬送にも尽力し、被災病院・施設から1600人以上の搬送を実現。医療・福祉の“崩壊”を防ぐ役割を果たしました。

さらに、孤立する避難所への隊員の派遣など、刻々と変わる被災地のニーズに合わせた支援を実施。全国から過去最多となる1139チームが出動しました。

■阪神大震災の教訓生かす

DMAT発足のきっかけは、1995年の阪神・淡路大震災です。死者6434人のうち約500人が、通常の医療を提供できれば助かったであろう「避けられた災害死」とされ、発災直後から、被災地で救命活動を行う医療チームの必要性が明らかになりました。

国は2005年に「日本DMAT」を創設。全国的な体制整備を進め、11年の東日本大震災では、津波被害で孤立する病院からの医療搬送などを実施しました。その後も、16年の熊本地震や18年の西日本豪雨など、災害のたびに支援に当たってきました。

当初の目的は、治療・搬送などの救命活動でしたが、数多くの災害を経験する中で、発災後の混乱によって崩壊の危機にある地域の医療・福祉を支援することが、多くの命を守ることにつながると痛感しました。現在は、物資の補給や、各医療機関で対応できない患者の搬送調整などが支援の柱になっています。

20年には、新型コロナの集団感染が発生したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」で、患者の状態を見極めて搬送先を決める「トリアージ」を実施。クラスター(感染者集団)が発生した病院や福祉施設への派遣など、感染症対応においても、DMATの力が発揮されました。

能登半島地震では、災害で弱まった地域の医療・福祉体制をどう復旧・復興させていくかという新たな課題も見えてきました。南海トラフ地震や首都直下地震など、今後、起こり得る未曽有の災害への対応も求められます。

どのような災害に直面しても、被災地の医療・福祉を守り、復興まで見据えた支援をしていくのがDMATの役割です。そのための体制強化を進めていきたいと決意しています。

■“東京発”で国の制度に/都議会公明党が創設・拡充を後押し

日本DMAT発足に先駆けて、04年8月に創設されたのが「東京DMAT」です。同10月の新潟県中越地震に出動し、その真価を発揮したことから、政府の補正予算(05年2月成立)にDMAT整備が盛り込まれ、全国展開への道が開きました。

東京DMATは、発足当初の7病院89人から27病院1056人(昨年4月時点)に大きく拡充。秋葉原無差別殺傷事件(08年)や、昨年1月に起きた羽田空港での航空機衝突事故などに出動しており、昨年度の出動実績は225件に上ります。

都議会公明党は、東京都からDMATの構想が示された当初から積極的に創設を後押しし、その後も体制強化を推進してきました。東村くにひろ幹事長は「首都直下地震では最大10万人近くの死傷者が想定されている。一人でも多くの命を守れるよう、今後も災害医療体制の強化に全力を挙げる」と語っています。

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