「空から見た関東大震災YOKOHAMA」で逗子の津波避難
ジオ神奈川主催、防災科学技術研究所自然災害情報室共催による
「空から見た関東大震災YOKOHAMA」が
横浜市民防災センターで9月1日より30日まで開催中です。
地図に実際の震災後の航空写真を重ねる技術を利用し
神奈川県内の被害を伺わせる震災資料展示となります。
・神奈川県内の震災史の一部(横浜市・鎌倉市・横須賀市)
・空撮写真(9月3日、高度2500m、9月5日、
・近藤紫雲画『大正震災画集』:逗子の津波被害などを描画
※近藤紫雲:日本画家。小坪で大震災に遭遇し、津波から生還。
大地震の状況を後世に伝えるため、小坪の震災を忠実に再現し、
地元に試作の版画を置いてきた。
→この版画は逗子の津波ハザードマップの表紙になっています。
この期間中トーク解説の時間も設けています。
今日のメニュー
「鎌倉東慶寺住職の関東大震災の証言」高橋光代(ジオ神奈川)
「逗子海岸の津波避難ルートの証言」田幡智子(ジオ神奈川)
逗子海岸の津波避難ルートの証言
バッソンピエールベルギー大使は
別荘(現在のなぎさ橋珈琲の上あたり)のある逗子におり
1923年9月1日に逗子海岸で子どもたちとサーフィンの最中に地震に遭遇しました。
海水は振動で流砂と化し、子ども達は砂と一緒に激しく沖へ引っ張られ
まるで「沖の方へ吸い取られるような恐ろしい感じを受けた」と語っています。
その大きな引き波から逃れ海岸にたどり着きます。
近くの旅館(養神亭)は倒壊していましたが、庭に避難し、
大使だけが妻の安否確認のために別荘へ戻ろうと
倒壊した屋根と壁の間をぬって歩き富士見橋付近で
川に飛び込んで350M離れた別荘に着き、妻と日本人の従業員と合流しました。
養神亭の庭に残された子どもたちは、大使と入れ替わりに来た運転手と一緒に
養神亭の庭まで到達してきた津波から逃げます。
養神亭の高い塀を乗り越えて富士見橋から100M上流の高台の家へ…。
そこは田越川沿いの「長島鷲太郎邸」でした。
養神亭の客や近所の人、外国人も避難していました。
津波の第一波が落ち着いた時に運転手が、流れてきた船に子どもたちを乗せ
田越川を渡り、大使夫妻と無事合流し
山側に逃れ、竹林の中で集まっていた近所の日本人たちと一夜を過ごしました。
この話はベルギー大使が本国で記録として残した本になっています。
「ベルギー大使の見た戦前日本」
バッソンピエール大使回想録2016.(講談社学術文庫)
この本は逗子図書館にあります。
逗子海岸で4月11日に「大使の避難ルートを歩く」とイベントを開催し
実際のルートを確認しながら歩きました。(4/11のblog参照)
新宿会館からはゆっくり歩き10分ほどで行ける距離でした。
現在の津波避難訓練にも取り入れてほしいと感じています。
今後のトーク解説予定 (11時~12時予定)
15日 横浜の土砂災害プールの逃避行 井上公夫(災害フロンティア)
15日 平成30年北海道胆振東部地震について 蟹江康光(ジオ神奈川)
19日 関東大震災10周年記念塔の清掃活動 矢部基子(ジオ神奈川)
22日 小坪の津波から生還した107歳女性の証言 蟹江由紀(ジオ神奈川)
26日 バンクーバー公文書館に所蔵されている横濱の関東大震災報告
蟹江康光・蟹江由紀(ジオ神奈川)
29日 関東大震災の復興と横濱市震災記念館 蟹江康光(ジオ神奈川)



















