市長選に思う 平井市長の作った市民自治を大切に
市長選が終わり、3000票の差をつけて桐ケ谷新市長が誕生しました。
今後の新市長の財政再建に対して期待したいと思います。
この選挙戦で感じた逗子市民の市政への強い思い。
緊急財政対策への不満の爆発だったと考えられますが、
一方、平井市長が進めてきた市民自治の効果だったと思いました。
昭和58年から10年余りの間、
市を二分することとなった米軍家族住宅建設問題で
高校生だった平井市長は当時の富野市長に憧れ、
議員、市長になりたいと思われたと伺いました。
当時、米軍家族住宅建設に対して、
逗子市民は大都市近郊に奇跡的に残された池子の森を守ろうと
反対運動に立ち上がりました。
市長解職請求運動による市長の辞職や市議会解散請求成立により解散など
市議会では池子問題で365日中300日が議会を開いていたと聞いています。
市民の意見が市を動かしたと言えるでしょう。
「逗子市情報公開条例」や「逗子市の良好な都市環境をつくる条例」などが
制定され市民の声が条例化されていきました。
その後、市民が主役となって町を作ってゆく市民自治を
平井市長は進めて来られました。
住民自治協議会の設立や市民協働事業など市民参加の機会が作られました。
思い出せばまだ私も一市民の頃から
アートフェスティバルのプロジェクションマッピングや
市民祭り、花火大会など本当に楽しんできました。
微力ながらも子ども会などの役員もしていました。
しかしながら、2000年頃からバブル崩壊の影響や
目前に迫ってきた少子高齢化社会で国家はもとより
地方自治体の財政も厳しくなっていきました。
市民が自分事として隣近所で助け合うことや
市民が楽しめる企画で人を呼ぶなど華やかで素敵な町となりました。
平井市長は池子問題で生まれた時代の寵児だったと思いました。
しかし、市民自治には限界があります。
それは基本的にボランティア活動、善意によるものであることです。
例えば楽しいイベントも来れる人は限定されてしまいます。
町内会での見守り活動は、対象者の状況が厳しい場合など
責任はどこにあるのか負担になってしまいます。
地方自治は住民の福祉の増進を図ることが目的とされ
逗子市は住民のセイフティネットとならなくてはなりません。
近年頻繁に起こる自然災害への防災の視点、高齢者の居場所づくりなども
少ない歳入の中でそのやりくりをしていかなくてはならないのです。
これからは平井市長が目指した市民自治を壊さずに
更に市民生活に安心と安全を約束するために
歳入の増加をアグレッシブに追及していきたいと思います。
私も予算がかからずに効果がある提案をいくつか用意しています。
平井市長、長い間ありがとうございました。
桐ケ谷新市長よろしくお願いいたします。



















