知ってもらいたい!
7月13日(水)
本当に怖かった!
そこに住んでる人たちには申し訳ないが、あの真夜中の警報に、マジで耳を澄ましました。
聞こえてくるのは、ただただ外の豪雨の音と、相部屋の方のイビキのみ(◎_◎;)
土砂災害が起きる前兆として、臭い、音等の異変と習ったが、まさに生きた心地はしませんでした。
午前2時47分、第一回目の緊急速報のけたたましいサイレン。その直後にもう一回。これで目が覚めない人はいないが、その後3時34分にもう一回。
それでもこの宿舎だけでも、約20名の若者とおじさん数人が、被災地のために何かお役に立てればとの思いで集まってる。
私はたった二日間ではありましたが、彼らはなんと五日間!高校生、大学生と二十代の若者たちです。
また、各地のボランティアセンターに赴けば、一般ボランティアの受け入れは中止!との張り紙がしてあるのにも関わらず、何かお役に立てる事が無いだろうかと、手作業でこれから必要とされる可能性のあるものを、プロの職人さんかと思う手さばきで、教わった通りにやれば誰でもできますと言って作業をする若者たち。聞くと横浜市の企業からの派遣とのこと。私が隣の大和市から来たことを伝えると、僕は大和市民です!と、かえってきた言葉にお互いビックリ(@_@。
大和から約1,200キロも離れているこんな村の災害ボランティアセンターで、日時も約束していない人たちがどうして出会えることができるのか?それは偶然だったのか?
私は、これだけ多くの民間ボランティアの人たちが、一生懸命、ある意味命がけでこの地に入り、活動を続けている事に、一市議会議員として申し訳ない限りですとしか言葉が出てきませんでした。
お役人さんたちは言うでしょう。そんな余震が続くところに行くなんて、そんな豪雨が続く地に足を踏み入れるなんてと。
でもそこで実際に家がたまたま被災せず、生活している人がいる。
道路は寸断され、その迂回する道路もいつ壊れるかわからない危険と隣り合わせになりながら。
あらてめて日頃ちっぽけな事で悩んでいる自分が恥ずかしくなりました。



