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第16回全国市議会議長会研究フォーラムオンライン 基調講演 「江戸の分権型社会」
第16回全国市議会議長会研究フォーラムオンライン 基調講演 「江戸の分権型社会」
田中優子法政大学前総長、名誉教授

全国一律ではなく、それぞれの状況に合わせた分権的な社会の構築が益々必要だと思われる社会の中で江戸時代のあり方に学びたい。
岡田知弘「コロナと地域経済」には、各自治体は大きさ規模様々でそれぞれが必要性の応じて対応が重要。

江戸時代の藩、大きさ様々、そして経済的な幕府からの支援なし、自立が求められた。
参勤交代など義務や経費が求められた。
天領は幕府直轄地。

どちらにも村がある。
江戸時代商人は税金払っていない。農民が年貢を納めなければ成り立たない。

代官は、直接村に行って徴収などできない。生活の村、「寄合」地方議会、欠席許されず話し合いで合意を形成する。神の前で決める。神社など。
寺の本堂が使われることも。
組、衆、講、結、座という小さな組織の属して生活を成り立たせていた。一人の人間は、中央といきなり結びつくのではなく、小さな組織の属してつながる。
例えば年貢の率などは、上から押さえつけられれうのではなく、これならできるという小さな寄合の意見が上がっていく。こういう自治組織のあり方。非常にたくさんの結とか講などあった。
白土三平「カムイ伝」にはリアルに描かれている。

草鞋、旅の時にしか使わない、草鞋捨て場があって、発酵させ肥料にする。捨てるものはないもないという循環型社会。
木綿産業、江戸時代に大きく発展。綿花、肥料になり、油になり、糸になる。

各村で農業改革、それを農書を使い、各横の村々に伝承されていた。書物、印刷物重要。
江戸時代、1670年頃、木材枯渇、洪水起きる。1940年代利用制限したが、やはり足りない、1700年代人口林育成始まる。

一揆、江戸時代頻発していた。人口の80%農民、要求を出す。ルールがある。
愁訴、要求を箇条書きにして、読みあげる
越訴、強訴、
蓑をつけ、たいまつを持ち、音を鳴らすというスタイルある。
最終手段、逃散
村の衆がごっそりと他に移り、違う仕事を始めてしまう。


町も、同様な自治組織
幕府、奉行職―町年寄―町名主―家主-住民
安政見聞誌―安政地震1855年江戸で起きた大地震
江戸時代は、大きな地震も戦争もなかった。安政は、ほぼ幕末。瓦版などにみると、自分たちでバラック建て、何とかしている。幕府のサポートない。
雨戸を外して、地面におき、高齢者など移動させる、なざなら地面が割れるから。
安政の見聞録、見るに見かねて、自分のコメを炊き出しする下級武士など。
大津波、火事、浅間山の噴火など(1783年フランス革命の原因?!)武士の数は、少ない、生活上の困難に対応してくれない。
民間で、自分たちで、組織化していく。その方が動きやすい。


町の中のコミュニティー長屋、
看板多い、住むところであり、働くところ
ゴミ箱、共同トイレ、水道整備
呉服屋には反物だけ。越後屋(三越)大丸など
仕立てたものを売るのは、古着屋。いろいろな形態。
紙の量が増えたのが江戸時代の特徴、浮世絵とか。寺子屋自分の机持っていき持って帰る。紙屑買い、すき返しをつくり循環。
歯切れを燃やし、煮炊きをし、その灰を売る、染物屋や農村で肥料で。捨てる事のない、循環型社会をうち立てていった。
なぜできたのか→誰かに縛られたのではなく、ごみが商品、排せつ物まで商品、経済で回していった。
コミュニティ、モノの生産や消費など経済と結びついた。
江戸時代の町の中、クリエイティブな動き、どうやってつくられたか。「連」という存在、小さな団体が、多様な才能を小さな単位で動いた。クリエーティブ。もともと、あった結とか連とか小さな単位での動き。大きくなると、基準が単一化、
軍隊、学校、単位が大きくなると産業にはいい。
物事を新しくするのには、想像的な活動できるのは小さいな活動の能力求められている。
危機的な状況で小さな単位でのクリエーティブな活動求められている。同自治体活動に生かすかが大切。
以上。










