公明党 鶴ヶ島市議会議員 山中もとみつ(山中基充)の公式ホームページ

鶴ヶ島中学校、第二小学校訪問

未分類 / 2022年10月4日

鶴ヶ島市には、小学校が8校、そして中学校が5校あります。

公共施設総合管理計画、個別計画では、小学校を4校に中学校は2校に、小中一貫校1校に30年かけて再編成する予定です。先ずは令和9年に鶴ヶ島中学校と西中学校を統合し、鶴中が仮称西部中学校になる予定です。西中は、テニスコートや体育館を市民が使えるものにするなど活用されます。
鶴ヶ島町の頃、小学校は、第一、第二、そして唯一の中学校は鶴中でした。
本日は、その、鶴中と第二小学校に伺いました。

鶴ヶ島中学校
鶴中の峯岸校長先生は、女性なのですが、もともと市教育センター所長を務められていて、議会の委員会審査などでテキパキと答弁されていたのが印象に残っています。障害をお持ちのお子さんの進学の相談にも親身に応じていただきました。
鶴中の訪問には、私を含めて5人の議員が伺いました。


不登校の生徒の3割が発達障害、議会の一般質問で明らかにされた事について、明らかになった事は学校側としては、有り難い事であり、なかなか具体的に今まで伺えなかった、タブレットを使って、リモートで授業に参加を試みても、自分の名前が出てしまうのを嫌がる生徒、リモートなら参加できる生徒など、不登校の生徒のそれぞれの特性に合わせて寄り添っている事を改めて知りました。スララを使った家庭学習は出席扱いになるのですが、利用者は、まだいないようです。

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学び合いの学習は、3クラスで1クラスが実施されていて、南中よりは多用してないのだと、学校ごとに違いがあるのが分かりました。

また、以前全校空調化を進めた時に、屋上防水や壁面の塗装をして、解決されたと思っていた、雨漏れが今でも続いている事も知りました。教育総務課には申請しているそうですが、統合の際に大規模改修するにしても、懸念が残ります。

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メールでの一斉送信などで、連絡網がなくなり、また、働く保護者が多く、保護者同士の横のつながりが気薄となり、学校がハブになっている状況も南中同様だと思いました。PTAバザーがなくなり、柔道着などを後輩にゆずったりする場もなくなってしまったそうです。

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その分、学校側の負担も増えている気がします。

同じ時間に2校で授業参観をやっておりますので、途中、鶴中から二小へ。

鶴ヶ島第二小学校
山本校長先生は、新任の校長先生で、初めてお会いしました。は、もともと中学校の国語の先生でしたが、50歳の若き校長先生として鴻巣市から鶴ヶ島市に赴任されています。

≪鶴ヶ島市は、人づくり日本一ですよ、学級運営補助員、学習支援員、などこんなに人を配置している市はありません。また、地域の方も協力的で今も学校応援団や地域支え合い協議会の皆さんが木の選定をやっていただいているですよ、体育館の利用団体の皆さんも自分たちで体育館のワックスがけしてくれているんです。
「豊かな人が育つまち鶴ヶ島」本当にそう思います。このフレーズが好きで、校内の案内などでいつも使わせていただいています。≫と、校長先生。

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どちらかというと、ネガティブな私は、自分のまちがこんなにすごいと正面切って言えないのですが、少しポジティブな思いになりました。(^^;
休み時間、小3のお子さんが、校長先生に、ワカバウオークで行う自分の参加するイベントのチラシをもってきました。聞くと、その子は発達障害のある子で、校長先生が身近な存在なのだと感じました。

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学び合いの学習に力を入れている鶴ヶ島の教育で、成績という面では、なかなか成果が表れていない現実にも、今は、算数でも式の問題というよりも文章題、見方、考え方が問われる問題が多い、それを養うのに学び合いの学習は合っているいる、結果は、必ずでると思いますと語られていました。

第二小では、不登校の子は、7人が1人に。草や枝がぼうぼうだった校庭も地域との協力で今は、すかっりきれいになっています。全生徒に言語のスクリーニングを行い、4名の子を言葉の教室に通わせたそうです。

小林教頭先生、鈴木元校長先生ら以前からお世話になっている先生ともご挨拶しました。

第二小学校は、鶴ヶ島の公共施設を借地で建てることが始まってしまった因縁の場所、その後、南公民館、杉下小学校、北公民館、中央図書館、そして、市役所庁舎など一時は年間1億4000万円の地代を払っていました。少し、買い取ったりして、少し減っていますが、今でも1億円を超えています。毎年、1億円単費があれば、総合体育館も市民ホールも建てられるのにと思うのは、死んだ子の年を数える行為でしょうか…。

公共施をの統合するなら、借地の解消も考慮して…それが大切だと思っていましたが、地元との交流や学校の取組など社会的な価値を考えるとそう割り切れるものではないと痛感しました。
現場を知る、有意義な時間でした。