平成16年10月23日17時56分に発生した新潟県中越地震で長岡市妙見町の一般県道小千谷長岡線が延長250mにわたり崩落し、母娘2名が犠牲となり、車両4台がまきこまれた。
新潟県庁では、被害の概要、復旧工法の決定、工事の進捗状況をお聞きしました。
この道路の陥没の際、親子の乗った車が巻き込まれ、余震が続く中、微動だにせず地元消防と協力し東京消防庁のハイパーレスキュー隊が男の子を奇跡的に救出しその模様がテレビ中継され全国的に知られるようになったところであります。
平成18年1月に復旧工事に着手し、18年度内の完了を目指し、24時間体制で進められたが、積雪のため一時的に中断された期間を除き、約11カ月で完成し平成19年3月24日に開通。道路と信濃川に挟まれた旧道区域には、長岡市、小千谷市により、中越地震で得た知見や教訓を伝承するために「妙見メモリアルパーク」が整備されています。
長岡市では、120億円をかけ4月にオープンしたばかりの屋根付き広場とアリーナ、市役所が一体となったシティホールプラザ「アオーレ長岡」(写真)の新庁舎にお邪魔しました。
「日本一災害に強い都市(まち)を目指して」と題した、長岡市の取り組みをお聞きしました。
平成16年7月13日の水害(24時間最大降雨量426mm)による、刈谷田川の堤防が決壊し戦後最大の水害となった。遊水地や堤防のかさ上げ、刈谷田川のショートカットの対策を講じる。
新潟県中越地震では川口町が計測を開始以来、初めてとなる震度7を記録。上越新幹線の脱線や液状化によるマンホールの浮上、家屋の倒壊など被害状況やその対策をお聞きしました。
特に、印象に残ったのは、 学校を避難所として使いやすくするため災害を想定して設計された先進的な校舎2校を建設していました。東中学校では、体育館と校舎の間に屋根付きの広場をつくり、雨や雪でも、支援物資の搬入やけが人の搬送や仮説トイレの設置ができるようにしてあったり、体育館の隣に給食室を設置し、炊き出し用の食事を迅速に提供する場所を工夫していたり、避難エリアと教育エリアを分離し避難者と生徒がお互いに活動しやすいようにしているところで、地震や水害の経験を細部にわたり活かしている点に感銘を受けました。
その他にも、体育館にテレビや電話、LANの端末を設置し、被災者に情報伝達できるような取り組みや中越市民防災安全大学を開講し地域の防災リーダーの養成や災害時要援護者等に緊急告知FMラジオの無償貸与及び緊急割り込み放送を実施していました。また、各地から届いた、たくさんの支援物資物資により、保管場所の問題、仕分けの問題等で2次災害になるとの現場でしか聞けないお話しをお聞きすることができました。


