都市経済常任委員会の視察で「自転車のまち」大阪堺市に伺いました。
堺市は、古くから刃物や鉄砲の産業が引き継がれており、その技術を利用し、明治時代からは、自転車関連産業が始まり、現在も国産自転車の製造や、部品製造の出荷額はトップシェアを誇っているそうです。
「自転車産業のまち」として世界に名を馳せた堺市は、「自転車のまち 堺」として、自転車を安全で安心して、楽しく利用することができる街として市民、事業者、行政が協働して進める取り組みをしています。
平成25年から10年間の達成目標を立て「つかう〜利用促進」「まもる〜安全利用」「とめる〜駐輪環境整備」「はしる〜通行環境整備」の4つの柱で進めています。
その中の幾つかをご紹介します。
コミュニティーサイクル事業は、堺市で製造された堺市のロゴ入り自転車を使用し、配置自転車690台のうち、8割が定期利用だそうです。サイクルポートの配置や利用金額の工夫を行い、現在は1日フル稼働の状態となっているようです。
堺市は、「自転車のまちづくり推進条例」を作り事業を推進しているのですが、条例の特色として「ヘルメット着用」「自転車の点検整備及び保健への保健加入促進」「ひったくり防止カバー活用施錠の徹底」、さらには、事業所に自転車利用推進委員を設置することを規定しています。平成27年度からは、自転車ヘルメット購入補助制度の導入を始めていますが、高齢者向けと小学生の親子向けとして安全講習を受けてもらった方に補助をするという仕組みにしており、順調に進んでいるようです。
ハード面の取組として、堺市は、大阪初となる交差点部も連続した自転車レーンを整備しています。説明の後、現地も見させていただきました。整備には、地域高校生や、学校、地域住民を巻き込み通行方法の周知など進められました。特に交差点部における自転車レーンの確保の為に、警察と協議し、右折車線を廃止し、複合レーンに変更、連続した自転車指導帯を設置しています。また、ハンドルが取られることのあるグレーチング蓋を、50㎜以下に改良し整備していました。自転車レーン整備により、駐車車両が減少し、逆走する自転車の減少がみられたそうです。今後は、平成27年〜平成34年までに自転車道、自転車レーンを約50㎞整備し、自転車ネットワークを形成していく予定です。整備完了したら、自転車で観光してみたいです。
9月6日浦安市文化会館大ホールにて、鎌田實先生をお迎えして「健康長寿の人生論」と題しての講演会が行われました。第1部では、浦安市立明海中学校管弦楽部と浦安シティオーケストラのジョイントコンサートで、3曲+アンコール1曲を披露してくださる素晴らしいコンサートでした。明海中学校は、浦安市内で唯一の管弦楽部で、今年、TBSこども音楽コンクールで優良賞を受賞したそうです。浦安市民のポテンシャルを多いに感じた演奏でした。文化芸術の果たす役割は、今日の講演会のテーマである「健康長寿」の大事な要素ですから、これから出来る新浦安駅前の本格的な音楽ホールを拠点に、浦安市の文化芸術が深化することができるのではないかと思います。音楽ホールの使用開始が更に楽しみになりながら、演奏を聴かせていただきました。
第2部は鎌田先生の講演会です。67歳である鎌田先生の人生が20歳までの経験や人との出会いが今の鎌田先生を作り、活動を支えていらっしゃることが伝わってきました。
今では、健康長寿と言われている長野県ですが、鎌田先生が赴任された41年前は、脳卒中で倒れる人が多く、命は助かっても後遺症を抱えたまま、寝たきり生活を送り、家族は介護地獄という状況があったそうです。この地域を健康にしようと、ボランティアで、地域の公民館を年間80回食生活の改善し、健康的な生活をすることを訴えてきました。その内容は、今も変わらず、
- 減塩
- 野菜をたくさん食べる
- オメガ3という良い油を使う(EPA,エゴマ油、くるみなど)
- 免疫力を高める為に食物繊維と発酵食品を摂り、腸の機能をよくする。
- 適度な運動をすること。
ということです。そして次第に健康長寿を実現していくわけですが、この状況をある研究機関で調査したところ、長寿の一番の原因は、「生きがいある生活をしている」という結果が出たそうです。
医学的にも、「セロトニン」と「オキシトシン」というホルモンが、心の健康につながるということが証明されているのですが、「セロトニン」は感動したり、喜んだりすることで分泌する幸せホルモン、そして、「オキシトシン」は愛情や思いやりを感じた時に出るホルモンです。この2つのホルモンは、人の為に働き、感謝されることで人間が作り出すことができます。
健康寿命を延ばすことは、難しいことではなく、健康生活の原則を実践していくこと、できる範囲で、一人一人が少しの気持ちを相手の立場にたって考えて行動することが大事と鎌田先生は、一貫しておっしゃっていました。
子を持つ母としても、子どもに伝えてあげられる大事なことを教えていただいた講演会でした。
鎌田先生の思いをいっぱいいただきました。大ホールいっぱいになった多くの市民の皆様にも行動変容が起こったのではないでしょうか?
そして、私ができることの一つ、先生が今、シリア、イラクの子どもたち始め、東日本大震災で被災した子どもたちへの支援のために著書の売り上げを全て寄付しているとのお話もお聞きましたので、早速「1%の力」「イスラム国よ」「鎌田式健康ごはん」の3冊をアマゾンで購入しました!!
9月2日、焼津市立和田小学校に「午前5時間制」の視察に行ってきました。急な視察の申し込み、更に議会中にも関わらず、焼津市議会事務局に手筈を整えていただき、和田小学校にも快く受け入れていただき、感謝の思いでいっぱいでした。
和田小学校は創立141年を迎える歴史ある学校です。まずは、二宮金次郎像に出迎えられとても感激。
昭和58年度には、1262名の大規模小学校でしたが、自然な人口減に加え、東日本大震災後は、内陸部に引っ越しされる世帯の影響もあり、1年〜5年まで2クラス、6年生3クラスの計388名のこじんまりとした規模の学校で、更にブラジル、フィリピン、ペルー、インドネシア等の外国籍児童が30名、社会福祉法人「春風寮」の児童が13名通うという特色のある学校です。
受け入れてくださった曾根校長先生は、4年前よりこの和田小学校に赴任されています。学校が楽しいと言っている児童が96%、学校に来れない児童は0、更に、全校生徒無欠席の日が2年前4日から今年も4月〜9月で2日あるとのことでした。浦安とは違い、学校は8時から始まっているので、朝早く起きなければいけませんが、ちゃんと朝起きて学校に行こうと思えるほど「学校が楽しい」と子どもたちが思ってくれているということは素晴らしいです。
和田小学校がこの「午前5時間制」にたどり着いたそもそもの発端は、
授業時間数を増やしたい。学習したことを確実に定着させたい。ということと、担任の先生の「授業づくり」のための教材研究・授業準備・児童理解の時間を確保したいとの曾根校長先生の思いからです。
そこで、検討をし始めたのが、曾根先生が40代のときに、アメリカのリッチモンドに県の研修に行ったとき知った制度「午前5時間制」でした。
そして昨年から検討を始め、試案を重ね、先生方だけでなく、PTA、保護者に説明をしながら、改善案を4度作りながら、試験的に1日実施、連続3日の実施をして、今年度からの本格導入となりました。始めてからも、ノーチャイムだったのを終了時にチャイムを入れることにしたり、朝の時間帯のリズム作りを変更したりと調整をしています。
驚いたことにこの制度に慣れたのは、1年生が一番で、その次に、6年生、一番順応が遅かったのは、先生だったそうです。そして、家庭でも、お昼の時間が遅くなることと、5時間あるので、朝食をしっかり食べさせるようになったという良い影響と、更に給食の残しが少なくなったとのことでした。
一番は、午前に5時間行うことによって時間数の確保は顕著のようです。様々、午後授業の打ち切らなければならない授業時間数や、打ち切らなくても良い授業時間等もあり、昨年との差は各学年で40時間程度確保できているそうです。また、子ども達の学力定着として、月・火・木は、帰りの会の前の15分間で、「ぐんぐん」というその日の学習の振り返り、確認テストをするような時間もあります。しかし、下校時間は、月、火、木が15時半、水、金は14時半完全下校と昨年より下校時間が早くなった曜日もあります。(帰りが早いのは私が子どもだったらとても嬉しい!!浦教研の日はとても嬉しかった!!)
この午前5時間制だけではなく、様々、先生方が授業、児童に向き合えるような会議のもち方の工夫もしていることも、「学校が楽しい」と言える学級づくり、学校作りに繋がっているようです。
大変勉強になった視察でした。受け入れていただきました和田小学校、曾根校長先生ありがとうございました。
9月1日は「防災の日」です。
1923年9月1日、関東大震災が発生し、多数の死者・被災者が出ました。この時の教訓を後世に伝えるとともに、本格的な台風シーズンを前にして自然災害に対する認識を深め、防災体制の充実と強化を期するために「防災の日」は制定されました。
公明党女性局でも、「防災の日」を挟んだ1週間は「防災週間」でもありますので、毎年、この時期に、市民の皆様に防災意識の向上と備えを訴え、防災体制の充実をお約束するための街頭演説、遊説カーにての訴えを行っています。今年は、昨日8月31日、行徳駅、市川駅、本八幡駅で行わせていただきました。
東日本大震災では、津波、放射能などの被害だけでなく、浦安市では、市域の86%が液状化の被害に合い大変な思いをしましたが、近年、地震の被害だけでなく、土砂・崖崩れの被害、台風・突風などの風による被害、更には、火山噴火、そしてゲリラ豪雨による大雨に対しての被害など、様々な自然災害が現実に起こっており、その対策は、それぞれの地域で迅速に確実に対応が求められているところです。
私たち公明党の議員は、現場にいち早く駆けつけ対処することを全国3000人の議員のネットワークとチームワークで行っています。
8月の広島市の大規模な土砂災害を受け、昨年10月には、「土砂災害防止法改正」をリード、災害発生現場の多くが警戒区域に指定されておらず、住民に危険性が伝わらなかったことが被害を拡大する原因として指摘されていることから、土砂災害危険箇所の基礎調査を確実に実施できるよう、「基礎調査のための優先配分枠制度」を今年度予算で創設しました。
また、今年5月13日には、ゲリラ豪雨などによる浸水被害への備えを万全にするため「改正水防法」を成立し、7月1日には、火山災害の警戒・避難体制を強化する「改正活動火山対策措置法」の成立をさせるなど、現場の課題を的確に捉え、いかなる災害からも市民の生命や財産を守るべく全力で取り組んでおります。
大事なことは、災害大国日本で様々な災害が起こっても、その被害を少なくするための備えであります。
私が一貫して訴えさせていただいているのは、「自分の命は自分で守ること」そのために何ができるかの「防災教育」の必要性です。
そして、災害に対する情報や知識を得ておくこと、災害備蓄をしておくことなどは、家族・友人の命を守るために一人一人ができることです。ぜひ本日「防災の日」ですので、災害が起きた時の対処方法など、考えてみては如何でしょうか?
みなさんは、キャッスルマン病という病気をご存知ですか?
本日(8月18日)の公明新聞2面に「変わる難病対策(下)」で取り上げらました。
原因不明のリンパ節疾患で、発熱、倦怠感、貧血などに加え、肺や腎臓、肝臓などの機能低下に伴う様々な症状が現れ、時には、命に関わる重篤な合併症を引き起こすことがある病気です。このキャッスルマン病の患者会が今年の8月1日に正式に立ち上がりました。代表となられた方は、本市在住の方です。
キャッスルマン病は、今年1月に施行された難病対策の新制度では、医療費助成が受けられる指定難病の306疾病には、入りませんでした。
公明党は、これまで、難病対策推進本部を中心に、様々な難病の患者会の方々と意見交換を重ね、難病対策をリードしてきましたが、キャッスルマン病を始め、まだまだ支援が必要な病気は、多くあります。さらに患者さんに寄り添い支援の充実を図っていかなければなりません。
キャッスルマン病の難病指定と共に、病気の研究が進むよう願っています。
キャッスルマン病のHPです。ご賛同いただけましたら、是非、オンライン署名のご協力をお願いいたします。

8月11日、公明党千葉県本部東京オリンピックパラリンピック推進本部の勉強会が、千葉県議会で行われました。
千葉県は、幕張で、フェンシング、レスリング、テコンドーの3競技が行われることとなり、開催地としての取り組みも進めていくこととなりましたが、当初は、外国チームの事前キャンプ誘致やスポーツと観光を融合させた「スポーツツーリズム」の促進という方向性で動いていました。そして、総合企画部政策企画課に東京オリンピックパラリンピック推進担当課を設置し、また、各自治体の支援窓口として2人の専従職員「県スポーツコンシェルジュ」を配置しています。
勉強会では、東京オリンピックパラリンピック推進担当課長内田さんから、県の取り組みの説明、スポーツコンシェルジュの一人である大久保さんよりキャンプ地誘致の為の情報、キャンプ地としての目的や条件、誘致の手段、自治体として考慮すべき点など細かな点を教えていただきました。当面のコンシェルジュの業務は、各自治体とのネットワーク構築と情報発信の為のホームページ作成、ロンドン、リオでの調査を進めて行くとのことでした。その後、参加議員より県への質問や要望など、意見交換を行いました。
本市ではどのようなことができるかまだ手探りですが、子どもたちに夢を与えられるような取り組みができればと思っていますし、私の子どもと同級生にも実際にオリンピックに出るかも知れない友人がいますので、アンテナを張りながら取り組んでいきたいです。
8月5日、埼玉県和光市が推進する地域包括ケアシステムの視察に行ってまいりました。和光市は、介護保険についての視察は、議会開催月を除く月1回の受け入れしか行っておらず、前々から行きたい旨、事務局に伝えてあったところ、8月の視察の受け入れにギリギリ申し込んでくださり念願叶って行ってまいりました。その日の視察の説明は、最近は、担当の課長さんが説明することが多いそうですが、保健福祉部長の東内さんでした。東内さんの「介護保険は地方自治の試金石。わが街の地域包括ケアシステムはわが街で構築する」との一貫した主張で、平成15年より介護予防の取り組みを始め、人口8万人高齢化率16.9%の要介護認定率は9.4%、特に、年齢別階層80歳〜85歳の認定率が全国平均の半分の16.3%と効果が顕著に表れています。
特徴の一つは、マクロの計画策定の介護保険計画です。この計画は、平成13年から88項目の記名式アンケートで高齢者全員回収を行い、どの圏域にどのようなニーズを持った高齢者がどの程度生活しているかを調査し、地域の課題や必要となるサービスを把握・分析し地図上に落とし込みます。そして、生活支援等のソフト面のサービスに留まらず、県所管にもなるサ高賃や医療や介護などのサービス事業者の施設整備も地域の(市民の希望という意味のニースではない)ニーズ状況に応じて策定されています。
策定された介護保険計画は、行政だけでなく、事業者、市民にも周知され具体的な整備として実行されているとのことです。地域包括ケアシステムを実現するグランドデザインが市域全てで出来上がっていました。
また、和光市の第6期の介護保険料は4,228円です。市独自の市町村特別給付は、この介護保険料のうちの300円で賄われています。その内容は
- 食の自立栄養改善サービス(個人の状態により栄養マネジメントを付けて配食)
- 地域送迎サービス(有償運送特区を活用しベットからベットまでの送迎)
- 紙おむつ等サービス(尿量を図って、どの形のものがどれ位必要かを個別対応)
を実施しています。
特徴の二つ目は、ミクロのケアマネジメント支援です。自立支援を目的としたケアマネジメントの実現を、地域ケア会議を核として、多職種のOJTを兼ねたチームケアを実現しています。地域ケア会議は、スペシャリストとジェネラリスト輩出する場となっており、また、和光市方式と呼ばれる「生活行為評価票」を使った現状評価と予後予測の整理票による的確なマネジメントと評価は、本人、家族含め多職種間での達成目標の明確化につながり、包括的継続的支援となっているようです。
和光市では、医療介護看護連携だけではなく、介護予防サービスを提供するためにICTを活用し情報の共有化と一元化が図られています。複合的・潜在的な課題を早期に発見し、高齢者が適切なサービスを受けるためには必要なことだと思いました。
45ページあるパワーポイントの資料を使っての説明でしたが、まだまだお聞きしたいことは沢山ありました。東内部長さんは和光市の取り組みを弾丸のように説明してくださったのですが、その情熱の原点は、担当部に移動して初めての仕事の時、市外の施設に措置するしかない高齢者の方の「家から離れたくない」という悲痛な叫びの声を忘れることができず、住み慣れた地域で住み続けられる和光市を作ろうと決意したことだそうです。説明の中で、「我が街では」と連呼される東内部長の思いに、改めて、地域包括ケアシステムは、この「我が街」の思いで作り上げていく街づくりであることを再認識した視察でした。













