こんにちは。
ブログに訪れていただき、ありがとうございます。
2月12日(日)午後1時30分より、浦安市文化会館大ホールにて「浦安支部時局講演会」を開催しました。

青年局の皆様による企画として、これまで公明党また浦安市議団が実を結んだ実績をわかりやすく紹介していただきました。ご来場の皆様からも好評でした。
青年局の皆様、ありがとうございました!
来賓の内田市長からは、過分な評価と温かい激励をいただきました。お忙しいなか、ありがとうございます!

弁士には、浦安市議団の3名が登壇し、議員として取り組んできたこと、また今後の抱負を訴えました。
平木千葉県本部代表から国政報告があり、勝鬨で閉会いたしました。

ご来場者は、約800名近くとなり、万障繰り合わせていただき足を運んでいただいた皆様に心より感謝申し上げます!
来るべき決戦に向けて、新たな気持ちで臨んでまいります。

本日、私が訴えた内容を下記の通り、記させていただきます。
私は、昭和45年、滋賀県大津市に生まれ、琵琶湖と山々に囲まれた、自然豊かな街で育ちました。高校卒業後、東京の大学に入学。在学中に訪れたイタリアで、快適な暮らしを実現するインテリアに魅了され、卒業後は総合インテリア会社に就職しました。
企業で働くなかで、私に大きな影響を与えたのは、阪神・淡路大震災と東日本大震災を経験したことです。
「阪神・淡路大震災」では、美しい神戸の街は瓦礫の山に。安否確認ができない同僚を探すため、避難先の体育館を何ヵ所もまわり、再会できた時の安堵感は今も忘れられません。しかし、多くの人たちが被災し、地震の怖さを身をもって体験しました。
そして、2度目の大震災は、東日本大震災です。東京本社への転勤がきっかけで、今川に住み始めて7ヶ月後のことでした。住んでいた今川地区は、道路は噴き出した砂で埋もれ、ライフラインはすべてが止まり、液状化により様変わりした街並みを眺め、私は言葉を失い、恐怖すら感じたことを覚えています。
これらの2度の大震災の経験から、生命と財産を守る「防災」の重要性を心の底から実感をし、何よりも、「防災」を強化するためには、基礎自治体である市の行政力が欠かせないことを痛感しました。
あの日以来、浦安を“災害に強いまち”にしたい!そして市民の皆様が豊かで安心できる「まちづくり」の実現にかかわりたいとの思いが強くなり、市議会議員選挙への出馬を決意。平成31年4月、多くの市民の皆さまからご支援をいただき、当選することが出来ました。
私はこの4年間、防災に関連する取り組みを行政に強く訴えてまいりました。
令和元年に発生した大型台風は、千葉県に甚大な被害をもたらし、大規模な停電を引き起こしました。あらためて電気の大切さを痛感し、私は電気自動車を活用して電気を供給するために、自動車メーカーとの協定締結を議会で強く要望しました。そして2年後の令和3年には、『災害時における電動車両等の支援協定』が締結され、私の要望が実を結び、災害時には避難所や福祉施設などに迅速に電力の供給が行えるようになりました。
最近ではトルコ南東部に大地震が発生し多大な被害が連日伝えられています。災害はいつ起こるかわかりません。だからこそ、さらに「災害に強いまち浦安」を目指し、私、上野けんいちは、全力で取り組んでまいります。
私は、25年間、民間企業で培った経験から、市民生活には「情報の共有」が何よりも重要であると考えています。
いくら市の施策や事業が充実していても、市民の皆様が知らなければ、利用されることはありません。
新型コロナウイルスが発生して3年が過ぎ、社会生活は大きく変化しました。
また、高齢化は増々進み、少子化問題は切実です。誰一人、取り残すことなく、災害情報はもとより、子育て・介護・スポーツ健康情報など、重要な情報、有益な情報を必要とする市民の方々に、必要なタイミングで発信され、受け取ることができるように、「情報送受信の質」を高め「共有」が図れることが大切と考えます。
成熟期を迎えた浦安市。市民の目線に立ち、市民の皆様と「共に」「創る」共創のまちづくりを進めてまいります。
私は、この4年間で、たくさんの市民の皆様からご相談・ご意見を伺いました。「道が危ない」、「公園をきれいにしてほしい」、「子育ての心配」など、身近な生活での悩み事やお困りごとがほとんどです。皆様からいただいた声を聴き、解決のお手伝いができたことが、私にとって、何よりの財産になっています。
私、上野けんいちは、この4年間で得た財産を今後に生かし、そして誰もが、住み慣れた場所で、自分らしく、誇らしく生きることができる「ひとつ上の、まちづくり」の実現に、全力で取り組んでまいります。
どうか、上野けんいちに、更なるご支援を賜りますよう、心よりお願い申し上げます! ありがとうございました。

