私らの頃は、成人の日は1月15日でしたので、日にちは経ってしまいましたが、投稿しますね。

1月7日(日)に新宿区手をつなぐ親の会主催の「新年会・成人を祝う会」が行われ、懇親会では福祉健康員会委員長として、ご挨拶の機会を与えていただきました。

新年会等、会合でのご挨拶で私が意識していることは、参加者の皆様は私の話を聞きに来ている訳ではないので、伝えたいことを明確に、なるべく短く簡潔に…ということです。

事前にいくつかネタは用意しておいて、話している最中に皆様の反応を見ながら、お題を決めて、その中でも言ったり・言わなかったり、臨機応変にやっていますと言いたいのところなのですが…

元来、器用な方ではなく、むしろ一つのことしか出来ないタイプなので、いつも支離滅裂…自己嫌悪に陥ってしまうことが多いです。

(いわゆる a.k.a → _| ̄|○ って奴ですね)

この日も途中で頭が飛んでしまって、言いたいことが言えなかった…伝えたいことが伝えられなかった…と後悔しています。

でも、私はこの日を迎えるにあたって、出来るだけ親御さんたちの気持ちに近づきたいと想いを馳せてきました。

全く同じ経験していない私が分かったフリをするのは絶対にイヤでした。でも、想いに迫りたい・近づきたい。そう想って参加しました。

精神論のように聞こえるかもしれませんが「どこまでも想いに寄り添う」。私はそれが大事だと思っています。

また、頂いた要望でも、すぐに出来ること、出来ないことがあります。出来ないことがあれば、想いに寄り添えば寄り添うほど、物凄く苦しいです。辛いです。

そんな時、誰かを悪者にすれば、何かのせいにすれば、自分の気持ちが楽になることは分かっていますが、それでは何も解決しないことも自分ではよく分かっています。

特に、これからは経験したことのない超少子高齢社会になりますから、この傾向は更に顕著になります。

何かをやれば、何かをやめれば、何かを増やせば、何かを減らせば、簡単に解決できるような社会ではなくなるのです。

それでも想いに寄り添って、悩み続ける。悩んで、悩んで、悩み続けていく中に智慧の発露があることは、過去の大聖哲たちが断言しています。

また、現代のクリエーターやイノベーターたちに共通している思考でもあります。

もちろん、悩み方(思考)が大事なのですが、某テーマパークを奇跡のV字回復させた偉大なマーケターも著書の中で同様の主旨を述べています。

そうは言っても政治は結果。

非常に厳しい世界に身を置いている訳ではありますが、想いに寄り添って、悩み続けて、皆様に喜んでいただこうと決意を新たにした日でもありました。

 

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