我が家に隣接した公園の様子です。
子どもたちが公園で遊ばなくなったので、草が生えほうだいです。
今日も別の公園の件で相談を受けましたが、やはり内容は草が生えほうだいで、夏場の、地域や自治会での草むしりを考えるとゾッとするといった内容でした。
我が自治会でも全く同じです。
私は最近地元の少年野球チームの顧問をさせていただくようになり、OBである私にとっては、子どもたちが一生懸命プレーをする姿を見ると、本当に可愛く思え、「がんばれ!」と心から応援したくなります。
しかし、チームの監督さんからお話しを聞くとこんなことで悩んでおられました。
それは子どもが少なくなってきたことと同時に、野球人口も少なくなってきた。
今はサッカーに押されている部分もあるが、それよりも一番危惧する事は、学校で授業にしろ校庭での遊びにしろ、更には地域行事にしろ野球をしなくなってきた事が問題だとおっしゃられておりました。
軟式野球でなくとも、ソフトボールでも、プラスチックでできたバットとボールで遊ぶことなど、なんでもいいから野球というスポーツや遊びにおいても、もっと学校で取り組んでいかなければならないのではないか。
サッカーはやっているのに、なぜ野球をしないのか。
最近子どもたちに野球を教えようとしても、ルールすら知らない子が増えてきているというものでした。
確かに監督さんのおっしゃるとおりです。
私も子どもだったころは、家の横の公園で友だちと少しやわらかいボールとバットで暗くなるまで、野球をしてよく遊びました。
打球を遠くまで飛ばして他人の家の壁に当ててしまい、その家の人から怒られもしましたが、「公園で野球をやるな」と言われたことはなく、むしろ「家に当てるな」と言ってよく怒られたものでした。
今は公園で野球をするなんてとんでもないといった状況に変わってしまいました。
そう考えれば、昔と違って今の子どもたちはのびのびと遊ぶ場所が圧倒的に少なくなっていると感じます。
家の中でゲームで遊ぶ子が増えているのもこういった理由があるのかもしれません。
私は私たちの世代がそうであったように、放課後に子どもたちが、学校の校庭で遊べるようにしていくべきだと考えます。
むろん多くの課題がある事は承知しています。
特に、ある小学校での痛ましい事件の後、学校のセキュリティーが高まった事や、放課後子どもクラブで保育料を払って子どもを預かってもらっているといった点、更には、もし事故が起きたときに誰が責任を負うのかなど、そう簡単にはできない理由があるのも理解しております。
しかし、そうだとしても、このままでは健全な子どもたちの育みにはならないのではないか。
地域の公園でかつてのようにのびのび遊べる状況ではないのですから、せめて学校の扱廷を開ほうして、子どもたちが安心して遊べるように、地域のご協力をいただいたり、あるいは、行政としての仕組みづくりを考えていかなければならないのではないか。
私はそう考えます。
少し時間はかかると思いますし、現場で取り組んでおられる方々のご意見も丁寧に伺いながら、何かいい方法を模索してまいりたいと思っております。
子どもには子どもの社会があり、私もその当時は、人の痛みや優しさやチームワーク、力の上下や、がんばり、ガッツや負けない心など、たくさんのかけがえのない経験を得たように思います。
そういった事を今の子どもたちにも体験させてあげたいと思っています。
次の時代を担う子どもたちが元気いっぱいのびのびと育ち、自由な発想で可能性を最大限活かすことのできる一人一人に。
そんな環境をぜひ提供してあげたいと願うものです。
私はこれからもこのテーマにしっかり研究を重ねて取り組んでいこうと決意しております。
長々となりましたが、公園の様子を見て、ふと考えをめぐらせた次第です。

ここはそれほど人通りは多いわけではないのですが、車の交通量が大変多く、小学生や中学生のこどもたちの通学路になっていますので、そのまま「見守り隊」状態になっております。
「車に気をつけてね。いってらっしゃい。」と声をかけると不思議そうな顔をする子、愛くるしい笑顔を返してくれる子、恥ずかしそうに見ないふりをして行く子など、こどもたちの様々な顔が見れて心が温かくなります。
「こどもたちの通学の時間帯になりましたので、ドライバーの皆さんの安全へのご配慮をよろしくお願いします。」とマイクで呼びかけると、信号待ちをされている歩行者や自転車の方々の表情もほっこりされているように感じます。
最近も家庭内で虐待を受けていた中学生の子が、自ら命を絶ったという痛ましいニュースがありました。
この子はクラスでは明るく人気者だったそうで、家庭内での想像を絶する虐待に、絶望感に苛まれいたと思うと、本当に胸が締めつけられる思いです。
絶対にこんなことがあってはなりません。
昨年、豊中市は「子ども健やか育み条例」を制定し、一人ひとりが個性ある人格をもったかけがえのない存在であることを明記し、こどもたちを家庭や地域など社会全体で愛情深く育むといった地域社会を実現していくことをうたっております。
次世代の担い手であるこどもたちが、元気いっぱいでのびのびと育っていける環境をつくっていくのは、私たち大人の責任です。
人知れずつらい思いをじっと我慢しているような、そんな不幸な境遇にこどもたちが陥らないよう、私自身、今一度しっかり考えていかなければならないと痛感しております。
学校と地域と行政との相談体制や連携が、しっかりと機能していける取り組みを、今後も研究していきたいと思います。
「要援護者から援助する側へ。」
私の地元にお住まいの、藤沢社長< ㈱ヴェック 【VEC】蓄電池診断・ 防水型独立電源装置販売・BCP災害対策>からこんなお話しを聞いて、正直驚きました。
高齢者やお体の不自由な方、更には乳児や幼児とそのお母様方など、いわゆる災害時要援護者と言われる方を、いざという時に、どのように速やかに安全な場所に避難させることができるか―。
これは、全国の自治体でも取り組みが議論され、進められているところです。
例えば、地域の自治会や校区の社会福祉協議会の方々が要援護者の名簿を作成し把握に努め、災害時には地域の皆さんの協力を得て、適切に避難・誘導を行うというものです。
こういった先進的な取り組みを進める中で、地域での避難訓練を実施しても、実際には要援護者の方々がなかなか参加されないといった実態が浮かび上がっているそうです。
それはなぜか?
「避難所で皆さんの足手まといになってしまう。」
要援護者の方々はそう言われるのだそうです。
私は正直ショックを受けました。
健常者にはわからない、いや気づいていない、まさに大事な点が欠落してしていたのだと猛反省しました。
と同時に、これからはまさにこの問題に取り組まなければ、おー人で避難が困難な方々にとっては、とても安心して避難ができないのだと痛感させられました。
藤沢社長は、「災害時要援護者の方が、今度は避難所でご活躍いただける方法を研究しています。」と語られています。
それは例えば、避難所で車いすを使えば、少々重い救援物資だって容易に運ぶことだってできるわけです。
また、(株)VECさんが販売している防水型独立電源装置(防水機能を有したコンパクト蓄電池と携帯型の大陽光発電装置)が避難所に配備されていれば、人工呼吸器やその他の医療機器が常時必要な方であっても、電源を確保する事ができるという事で、関西広域連合では大変注目がされていて、大阪府や大阪市においても認定されているということです。
そのような観点から、要援護者の方の支援はもとより、肩身の狭い思いをされないように研究していきたいと語っておられました。
写真は先日茨木市で行われた環境展での展示ブースです。
私は今後の日本におけるエネルギー事情が大きく転換されていくと考えております。
それは、再生可能エネルギーが現在の固定価格買取制度による売電の仕組みから、蓄電池を活用した地産地消、いわゆる独立型再生可能エネルギーの活用へと転じていくものと考えます。
そう考えれば、事業用や商業用または住宅用などの蓄電池の他に、医療や介護そして防災など多種多様な蓄電池がどんどん普及されていくと思います。
今後の新しいエネルギーの活用に必要不可欠な蓄電池が、市民の皆さんの安心安全を支える時代がそう遠くない所まで来ている今、先進的な活用事例と促進に大きな期待が寄せられています。
私もしっかり研究していきたいと思います。

昨日、人と待ち合わせのために、神崎刀根山線脇で待っておりました。
仕事帰りの交通量の多い時間帯でしたが、きれいに舗装がされしかも道路が広くなったため、とてもスムーズに通行人や車の往来になったとしみじみ感じておりました。
また歩道も広く、道路の反対側にも新たに歩道が舗装され、通行人の安全対策も施されました。
まちづくりにおいて一番大事な主要道路の整備がこのたび完了し、いよいよわが町庄内の新たなまちづくりの進捗をうかがわせる様相となってまいりました。
昭和30年代に急速に市街地が形成されてきたこの庄内地区は国から「地震時等に著しく危険な密集市街地」として指定されていて、災害に強いまちづくりが急がれると同時に、これからの新しいまちづくりの方向性を議論していかなくてはならない時期に来ていると感じるところです。
「長年住み慣れたまちが、新しく住みよいまちへ。」
言葉で言うのは簡単ですが、大変に課題の多い地域でもあります。
それは地域性や過去のまちづくりの経緯についても、乗り越えなければならない課題が多い。
だからこそ、「我が地域の将来をどう考えるか」が大事で、「どういったまちを形成するのか」を考えていかなければならないと思います。
我が地域におけるこれからの最重要テーマともいうべき「新たなまちづくり」に向けて、私自身も他都市の先進事例を学び、「安心して住み続けられるまち」「魅力あふれるまち」を具体的に提案していけるよう、これからも頑張ってまいります。











