カテゴリー(未分類)

「世界で最も美しい湾クラブ」は、38湾(24か国と1地域)が加盟し、モルビアン(フランス)に本部を置くユネスコが後援する非政府組織。
富山湾が平成26年10月、クラブ総会(韓国・麗水)で全会一致で正式決定しました。平成26年11月3日、海王丸パークにて、クラブ加盟記念モニュメント除幕式が挙行されました。北陸新幹線が来年3月14日に開通しますが、湾岸サイクリングコースやカフェで、海越しの富山湾をぜひとも堪能していただきたいです。

世界各地で爆発物等によるテロが相次ぐ中、国際平和会議が開催されていたクロスランドおやべのメインホールにおいて、一般参加者に紛れた国際テロ組織のメンバーが化学剤を散布し、多数の負傷者が発生したという想定のもとに、内閣官房、消防庁、富山県、小矢部市主催の国民保護に関する対処能力の向上を図りました。

石井知事は富山市のJAなのはな呉羽梨選果場を視察し、私も同行しました。2012年に整備された新選果場を見学した石井知事は「呉羽梨は東京の県アンテナショップでも大変評判が良いので、新幹線開業に合わせてさらにPRに努めたい」と述べ、首都圏発信に意欲を示した。また、カラス被害を防ぐ「つや消し黒色ワイヤー」を実証試験している梨畑も視察しました。

神通川流域カドミウム被害団体連絡協議会が平成26年9月13日に一般財団法人を設立し、今後の被害地域住民の体制を再構築しました。また、昨年12月17日の三井金属鉱業株式会社との全面解決では、イタイイタイ病患者救済と汚染田復元後の整備、そして再汚染防止の発生源対策を新しい形で継続することとして締結しました。

平成26年8月18日、富山県私立幼稚園協会創立60周年記念式典がホテルグランテラス富山で盛大に挙行され、女優の「柴田理恵」さんの「富山に育ってよかった」というお母さんの思い出に触れたトークショウも行われ、今後の幼児教育のあり方を考えるよい機会になりました。

あと7か月後に北陸新幹線の開業が迫る中、本年8月10日に新型車両W7系が富山駅に姿を現しました。車体上部色の空色は北陸新幹線沿線に広がる空の青さを表し、帯色の銅色は日本の伝統工芸である銅器色を表現しています。

(1)平成23年3月11日午後2時46分に発生した東北地方太平洋沖地震により震度6強を観測し、さらに平成23年4月7日午後11時32分に発生した余震により再度震度6強を観測しました。大崎市では、これらの地震により、甚大な被害を受けました。

(2)平成26年3月に大崎市を訪問したところ、沿岸部と違って、目覚しい震災復興の足跡を残していました。新市民病院の建設促進や災害公営住宅の建設、新庁舎建設など大崎市中心市街地復興まちづくり計画が確実に前進していました。大変うれしく思いました。大崎市は東北復興のトップランナーとしてこれからも走りぬいていただきたいと願っております。

(1)まず、宮城県南三陸町や福島県南相馬市・双葉町の67名が避難している中新田交流センターにおいて、東日本大震災日本大震災の支援物資を届けてきました。

①女性用衣類(50枚)②タオル(150枚)③マスク(1ケース)など。

中新田交流センターの鈴木所長や南三陸町の文化財保護委員の後藤一磨氏と面談しましたが、生活支援物資持参の御礼と3点の要望を伺った。【1】家もなく、仕事もない状態の中で「希望」を与えていただくことが一番うれしい。仮設住宅も2年経過すると出て行かなければならず、ずっと住み続けられる家が欲しいし、義援金100~200万円いただくよりも、何といっても生活を支える仕事を与えてほしい。特に農漁民は収入が無く、「わかめ」・「牡蠣」の水産業で生活している人々が南三陸町では半数近くいる。特に、南三陸町は人口17000人中1700人余りが亡くなった。また地盤沈下も1mしている。【2】縄文遺跡や神社が存在するところは比較的安全と言える。先人の知恵から由来するものと思われる。また南三陸町に「波伝谷」という地名があるが、地震から20分してから津波が襲ってきたが、75世帯中、1軒のみ残して全壊してしまった。昔の地名は簡単に変えるものではないことが判った。【3】この人に任せておけば大丈夫と言える「リーダー」がほしい。政府の対策が後手後手に回っており、信頼ができない。以上。

また、大崎市内では電信柱が垂直になっていなく、家も傾いたままであり、農道の下水管の真上が地割れを起こし、下水桝が飛び出しており、まだまだ復旧が必要です。ただし津波の被害はありません。

(2)南三陸町においては、翌日早朝から視察しましたが、海岸沿岸部より、5~6㎞入ったところに船があったり、瓦礫の山という状態で、街全体が焼け野原という悲惨な状態で、声も出なかった。大崎市の伊藤市長の紹介で南三陸町の佐藤町長のもとへ行ってきましたが、町役場全てが破壊されており、南三陸町スポーツ交流村の総合体育館 ベイサイドアリーナ(南三陸町志津川字沼田56・℡0226-47-1131)で避難住民とともに生活されており、すぐ横で仮設の役場を建設して、住民自治の取りまとめをされておられました。挨拶の際には、町長の名刺さえもなく、手書きの名刺でありました。「とにかくこの被災状況を時の経つのに任せて風化させてはならない」と言われました。復旧には、富山市からもパッカー車3台いただき、感謝されていました。また全国の支援についても役場の職員を送っていただき、感謝されておりました。

Twitter
ブログバックナンバー
サイト管理者
富山市 吉田勉
yosidatutomu@mb.infoweb.ne.jp