4月14日、都市問題公開講座「地域を豊かにする文化の力」を受講しました。
基調講演で、東大名誉教授の佐藤一子氏より、地域と文化をめぐる問題についてお話があり、併せて、御自身の直接取材に基づき、遠野市、飯田市の具体的な地域文化振興の事例について伺いました。
パネルディスカッションでは、全日本郷土芸能協会理事の小岩秀太郎氏、沖縄文化芸術アドバイザーの平田大一氏、慶応大学教授の渡辺靖氏をパネリスト、サントリー文化財団の小島多恵子氏が司会者となりディスカッションがありました。官と民、両方の立場で活動されてきた、平田氏の「ひとづくりのために文化芸術を活用する」との主張は、御自身の実践例に基づいており大変に説得力がありました。
文化の薫り高い地域づくりは、住民の地域への愛着を生み、誇りへと繋がることを実感したフォーラムでした。

鳥取市の中核市移行記念式典と因幡但馬麒麟のまち連携中枢都市圏連携協約締結式に出席しました。
来賓で出席の総務省海老原様のお話しで、中核市・連携中枢都市圏とはパソコンの世界のOSの意味合いであり移行自体に具体的メリットはなく、中核市という枠組みを活用してどのような具体的取り組みが行われるのかが重要であるとのことでした。
また来賓の兵庫県但馬県民局長のお話しの中で城崎~米子の直通列車を検討中とのお話がありました。2月議会の代表質問でも触れましたが、7月運行予定の観光列車「あめつち」の但馬圏域での運行は麒麟のまち圏域の一体感を醸成する新bるになると考えます。実現を強く望むところです。
今日は、鳥取市の歴史の新たな1ページ。明るい未来へのスタートです。
圏域の皆様が、喜んで頂けるような取り組みとなるよう、議員活動しっかりと展開して参ります。

災害医療フォーラムに出席しました。
3項目にわたって講師の先生よりお話がありました。お話しがすべて充実した内容であり、大変有意義なフォーラムでした。
1.鳥取大地震について(鳥取県立公文書館 総括専門員 伊藤康 氏)
1943年9月10日に発災した鳥取大地震は、鳥取市に甚大な被害をもたらした地震ですが、伊藤氏の本心は、鳥取大震災と名付けたいとの思いであるとのことです。私も当時の資料を見させていただき、そのように感じました。死者1210名負傷者3860名全壊家屋13295戸半壊家屋14110戸全焼287戸半焼10戸、死亡原因は家屋の倒壊に伴う圧死が多かったようです。被害総額は1億6千万円とのことです。
また、半年前の1943年3月に、鳥取沖地震が発生しており、この地震被害の復旧がこれからという時に鳥取大地震が発生し、ダブルの地震で大きな被害となったのではないかとの見解を話されました。この地震の最大の特徴は戦時下に発生したということです。働き盛りの男性の多くは戦場に駆り出されており、死亡者の多くは乳幼児とその母親であったようです。死亡者全体の約3割が0~9歳、また全体の63㌫が女性であったようです。
当時、20世紀ナシの出荷前の時期で、食料が豊富にあったことと、陸軍による復旧支援により比較的スムーズに復旧作業が行われたとのことでした。隣組・町内会もうまく機能したようです。
本市も自主防災組織が立ち上がっていますが、人間関係の希薄化と共に、組織力の低下が懸念されています。防災教育・訓練を丁寧に継続して行うことが地道ではありますが大切なことではないでしょうか。
2.鳥取市保健所について(鳥取市保健所準備室参事 坂本光隆 氏)
鳥取市は4月の中核市移行に伴い、保健所業務を担うことになります。また災害時に、県東部圏域の市町で災害対策本部が立ち上がった際には、医療対策部災害医療班として、広域的災害医療対応を行うことになります。
医療コーデイネーター配置、医師会等関係団体との連携協力、広域災害医療救急情報システム(EMIS)の活用、医薬品医療資器材の確保などの業務を行い災害対応の準備を行うとのことでした。
3.県立厚生病院の鳥取県中部地震の対応について(鳥取県立厚生病院救急集中治療室部長 浜崎尚文 氏)
平成28年10月21日14時7分に発災した鳥取県中部地震での厚生病院の災害対応について、よかった点と問題のあった点を分かりやすく具体的に話を聞くことができました。
(1)良かった点
①エコノミークラス症候群が発生しなかったこと。
「避難所が混み合っていなかった。」「家屋の倒壊が少なく、昼間は家のかたづけに自宅に戻る人が多かった。」「保健師にエコノミークラス症候群発生の危険性が認識されていた。」「自宅前避難者(車中泊)への注意喚起が保健師よりなされていた。」「段ボールベッドが利用された。」「エコノミークラス症候群予防検診の実施」これらの点を理由として挙げられていました。
②耐震工事が完了していたこと。
③災害対応の準備が時期を得たこと
平成27年11月14日、中国地区DMAT連絡協議会実動訓練で職員90名が参加している。また平成28年4月の熊本地震にもDMAT2チームを派遣している。その半年後の中部地震であり、訓練が現場に相当活かされた。
(2)問題点
①院内放送について
院内放送を通じた、職員・患者への情報提供がなかった。そのために、職員・患者の不安が増幅した。原因として災害対策本部が院外からの患者受け入れの方に意識が向いてしまい、院内対応への意識が薄くなってしまった。発災時には誰が院内放送をするのか決めておく必要がある。「強い余震の発生に備えて、カーテンを閉め窓から離れてください」「当院の建物は耐震基準を満たしております。倒壊する恐れはありません・」などの情報発信をすべきであった。
災害対応で一番大切なことは、「いつ災害が起こっても不思議ではないという意識」「行政・病院・消防・警察等の連携」「発災後の検証を次の災害に活かすこと」であると感じました。これからも防災減災対策の知見を深め、仮に発災したとしても被害を最小限にできるよう尽力したいと思いました。
こんにちは、2月19日より始まった、鳥取市議会2月定例会ですが、今日で公明党市議会議員5人全員の一般質問が終了しました。
2月22日、58年前のこの日、公明党創立者が初来県されました。私たち公明党議員にとって大切な日に代表質問をさせていただきました。
この度の公明党を代表質しての質問は、私が担わせていただくことになり、先輩議員に深く各感謝いたします。
私は、登壇で、今年が明治維新より150年を迎え、鳥取市も今年4月より中核市へ移行することから、新たな歴史を刻むこの時に、「鳥取らしさ」を踏まえたまちづくりについて主張した次第です。「鳥取らしさ」という文言は「鳥取市教育大綱」「鳥取市のシティセールス」にも使用されていますが、何を意味するのか不明確ではないでしょうか。市民の中で共有された概念とはなっていないように感じます。首長が変わるごとにまちづくりの方針が変わったのでは地に足の着いた持続可能な「まちづくり」は困難です。20年30年のスパンで一貫した「まちづくり」を行うことが鳥取市の将来像「いつまでも暮らしたい。誰もが暮らしたくなる。自信と誇り、夢と希望に満ちた鳥取市」の実現につながるものと考えます。
私が現在考えている「鳥取らしさ」とは、「素朴さ」「やさしさ」「人のつながりの豊かさ」の3点であります。人の気質に大いに関係するのではないかと感じます。鳥取市河原町在住の陶芸家であり人間国宝の前田昭博様は「鳥取の雪の温かさを白磁として表現している」と話しています。「鳥取らしさ」は何かを具現化した取り組みではないでしょうか。鳥取市は「すごい鳥取市」のキャッチフレーズでシティセールスを展開していますが、「鳥取らしさ」をもっと追求し、それを市民と共有することが、本市の「まちづくり」に今一番求められているように感じています。
1月17日、日本経済新聞社東京本社会議室で、日本政策銀行地域企画部の中村郁博氏によるセミナーに出席し、DMO(Destination Management/Marketing Organization)について知見を深めることができました。
平成29年、鳥取県東部北但西部1市6町で広域観光グランドデザインを策定し、この中でもDMOが位置付けられており、いよいよ4月1日より始動することになります。圏域観光の司令塔として位置づけられていることは理解していましたが、DMOで何を追及していくのか、といった根本的なところについては理解が不十分でありました。
中村氏のお話は、日本国内のモデルとなるDMOが積み重ねて生きたもの等も紹介され、大変有意義なものでありました。
また、公的資金を投入する意義、マーケティングとブランディング、ロングテールとシステムアプローチ、パブリックとコンセンサスなどのお話を伺う中で、頭の中が整理されたように感じます。
新たにスタートする鳥取のDMOが成果を生むことができるよう、見守り、後押しをしていきたいと考えています。

1月15日、公立鳥取環境大学で中橋教授と鳥取砂丘砂盛&砂像コンテスト実行委員会(以下、実行委員会)のメンバーが、平成30年の砂像をベースとした地域おこしの取り組みの打ち合わせを行いました。
昨年は、環境大学の大学生の作品が鳥取砂丘観光地の一角に初めて設置され、砂像の前で多くの観光客が写真撮影を行う姿を見受けました。本年も大学生の豊かなアイデアでより魅力的な砂像が鳥取砂丘に現れることを期待しています。
鳥取砂丘砂の美術館の入館者が、昨年の台風の影響で減少したことがマスコミで報道されていました。私たち実行委員会は、地元の中学生にもイベントのシンボル砂像の制作を依頼しています。ふるさと鳥取の代名詞でもある鳥取砂丘の砂を使用した砂像を若者が製作することで、鳥取の地に砂像文化を定着させ、県内外の方が楽しむことのできる鳥取砂丘にしたいと考えています。
砂像製作に携わった大学生・中学生の中から日本を代表するようなプロの砂像彫刻家を輩出できるよう取り組んでまいります。
※写真は昨年の公立鳥取環境大学生の作品です。






