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バックナンバー 2012年 9月

今日は午後から台風17号が直撃するとの事ですが、午前中は青空が広がっております。

 

地域挨拶にまわり、午後は次第に雲行きも怪しくなる中、「とりでアートギャラリーきらり」へ。

 

何と!室内にニジマスが床に、天井に!

 

 

何とも楽しい空間でのライブでした。

 

その後台風を心配されるご婦人の対応を地域の方と行い帰宅。

 

外の暴風を心配しながらブログを書いてます。

 

それにしてもものすごい風です。

取手市立六郷小学校と六郷公民館合同の運動会が開催されました。

お天気は台風18号と17号のちょうど間のお天気に恵まれ、大勢の地域の皆さんも参加されての運動会です。

 

各学年1クラスで全校生徒も160人を切っております。

 

種目も親子競技が多いのは他校と違います。

 

準備に動く教師もクラス数が少ないので一人何役もこなします。

 

6年生の障害物競争では、カードに書かれた内容に沿って相手を探して走りますが

 

結構学校の先生の名前が多く、その先生を探すのに一苦労の生徒が目につきました。

 

これも一つの競技の面白さなのかもしれませんが・・・・・。

 

地区・高齢者クラブ参加の紅白玉入れに参加。

 

高齢者???

 

いやいや地区?

 

ということで・・・・。

 

紅組の勝利に少~し貢献できたようです。

 

6年生団体競技の親子競技はバトン代わりに、次の親子を記念のカメラに収めてパチリ!

 カメラでパチリ!  

 

なかなか工夫されています。

 

恒例(6年目とのこと)500人参加の大パン食い競争です。

 

 

この競技は公民館主催で行われ、小学生、地域の皆さんが参加されて大いに盛り上がっておりました。

 

小学校と地域が一体となっての運動会はとってもいいものです。

 

合併前までは小学校区単位の公民館で地区運動会が行われておりましたが、合併後は公民館の設置単位が違っていたこともあって、徐々に地区運動会も無くなっていく中で、このように地区運動会と学校の運動会が合同で開催されることは、支えあう社会の中で大切なことなのかもしれません。

 

昼前まで参加し、午後は地域の挨拶回り、夕方からは『取手JAZZ DAYz!2012』 を聴くため市民会館へ。

 

23年度から始まった取手市の音楽の祭典。

 

多くのファンの皆さんが詰めかけておりました。

 

明日も開催されます。

 

今日は一日小雨、曇りの空模様。

 

公明党取手市議団、齋藤久代、染谷和博、落合信太郎、あべ洋子の4人で市内を一日回りました。

 

ドライバーは染谷議員、落合議員が担当し、4人交代でマイクを握り遊説いたしました。

 

10月5日に開催の時局講演会のお知らせや

 

日本の柱公明党

 

大衆福祉の公明党

 

日本再建の先頭を走る公明党

 

増税先行に歯止めをかけるために3党協議に参加し

 

福祉、子育て支援の拡充、介護、年金制度の拡充を進める公明党

 

原発0を目指す公明党を訴えました。

 

ネットワークを生かしながら政策実現に全力で取り組んでまいります!!

双葉団地バス停での朝の挨拶からスタートです。

 

日差しが嬉しい朝です。

 

挨拶を終えて団地内の要望個所終了の確認をして帰宅。

  

 

昨日終えた市議会報告を兼ねて、

 

今日は一日市内を挨拶にまわりました。

 

要望を受けたり、国政に対するご意見をいただいたりと有意義な一日となりました。

 

めっきり秋めいて、肌寒い一日です。

 

夕暮れの茜色の空に感動しながら帰宅となりました。

今議会はウエルネス議会と言われるほど

 

一般質問もその動向を問う質問が多く

 

建設経済常任委員会に付託された補正予算の審査結果は否決

 

最終議会で可決となりましたが、討論は賛成、反対それぞれ主張があり大変多くの議員が論戦を繰り広げました。

 

ケアホーム建設を望む陳情の行方を見守る提出者の皆さんが午後1時からお見えになっておりましたが、その採決が行われたのが夕方となり、お子さんの関係で一人、二人と帰らざる終えない中、賛成多数で採択され、見守っていた関係者の涙を浮かべ、喜ぶ姿が印象的でした。

 

ケアホーム建設は多くの課題を抱えていると思いますが、動かなければ何も始まらないということを関係者の皆さんは強く感じて帰られたと思います。

 

取手市はウエルネスタウン構想に一歩進んだ今議会でした。

 

いつもの会派の部屋から見える景色。

 

帰りはすっかり暗くなっておりました。

24日から開催されている展示会に行ってきました。

 

午後1時から議員全員協議会が開かれるので、何とか午前中に見学したいと思い10時オープン前に会場に到着しました。

 

会場の科学技術館までの道のりは、緑に囲まれた北の丸公園を抜けていきます。

 

公園入口の桜の木の枝ぶりは、アートです。

 

今日は曇りの少し肌寒いくらいのお天気でしたので、大変助かりました。

  

 

会場には除染関係の企業から、測定器関係、廃棄物処理に関するブースが設けられておりました。

 

ちょうどお話を聞く機会のあったブースは、株式会社フローベルさんで、放射線強度の可視化を実現した企業の放射能可視化ガンマカメラを見せていただきました。

 

まだ完成したばかりで、実用事例がないそうですが、環境放射能除染活動の作業効率向上と、ガレキ等の除染廃棄物の選別効率化をあげておりました。

 

また染色体画像解析システムによる染色体異常検査を見せてただきました。

 

昨年購入したいと思っていた、エステー化学さんの家庭用放射線測定器がバージョンアップして販売開始となったそうです。

 

AIRCOUNTER EX お値段は19,800円

 

時間がないので1時間で失礼しました。

 

帰りにふと会場の入り口を見上げると世界の「ありがとう」の文字が掲げられておりました。

いいな~。

 

かなり専門的な展示でしたが、勉強になりました。

 

ぎりぎり議員全員協議会に間に合いました。

 

内容は、「取手駅西口歩行者経路の確保に関する基本協定者書」締結による報告でした。

午前中は市内を挨拶にまわり、午後からは会派の打ち合わせです。

 

夜は近隣市の市議団打ち合わせを行い、意見交換をしました。

 

9月13日には公明政治連盟第一回全国大会から50年を数えます。

 

「民衆とともに」との原点を確認しあいました。

お互いに原点を確認しあいました。

 

急に寒くなって、一日雨。

 

午前は地域の会合で昨日の党大会の模様をお話しさせていただきました。

 

会場で見たDVDでは、陰で頑張る皆さんの姿が。

 

正にこの地域の皆さんこそ、公明党を陰で支えて下さっているとしみじみ思いました。

 

党費納入や取手市公明党の打ち合わせの一日となりました。

 

「日本の柱公明党・大衆福祉の公明党」

 

肝に銘じて頑張ります!!

品川インターシティーホールにて開催された党大会。

 

全国から代議員として376名が参加し盛大に開催されました。

 

 

代表選挙管理委員長報告があり、山口代表が再任されることの報告がありました。

 

併せて

 

新本部役員の発表

 

代表挨拶

(結びの部分)

『公明党は、この半世紀、「日本の柱 公明党」「大衆福祉の公明党」の闘いを全力で推し進めてまいりました。

結党50周年をめざして、さらに立党精神を熱く燃え上がらせ、まずは次の衆院選、そして来年夏の参院選と東京都議選の大勝利に向けて、本日より怒涛の前進を開始してまいりたい。

他党の追随を許さぬ、ネットワークを生かしたチーム力に、さらに磨きをかけ、日本再建へ「公明党ここにあり!」の闘いを展開していこうではありませんか。

私自身、先頭に立って命懸けで戦い抜くことをお誓いし、ごあいさつとさせていただきます。

さあ、出陣です!

闘いましょう!

勝ちましょう!』

 

幹事長報告

 

政調会長報告

 

質疑

 

衆・参予定候補者紹介

 

代表決意が北海道10区から立候補する稲津候補よりありました。

 

広大な地で戦い、断じて勝利するとの雄叫びに胸が熱くなりました。

 

参加者全員で勝どきを挙げ閉会となりました。

障害者スポーツ文化センター横浜ラポールにて開催の研究大会に参加してきました。

 

21日・22日と2日間にわたって開催ですが、本日の午前のみの参加となりました。

 

特別報告として

 

「障害者に関わる法制度の動向」と題し

 

藤井克徳 日本障害フォーラム幹事会議長による報告

 

1、障害関連の政策水準をとらえる視座

 

2、到来した障害者制度改革の新たな潮流

 

3、推進会議の特徴と成果

 

4、障害者基本法の改正と評価

 

5、成らなかった障害者総合福祉法、成立したのは障害者総合支援法

 

6、障害者差別禁止法(仮称)の制定へ向けて

 

7、残る課題と関係者に問われるもの

 

 

資料をもう一度よく見直したいと思います。

 

次に

 

「総合リハビリテーションの視点から見た障害者制度改革の動向」

 

と題して

 

パネルディスカッションが行われました。

 

コーディネーターを藤井氏がつとめ

 

パネリストとして

 

早瀬 憲太郎(映画監督)

 

大野 更紗(作家)

 

早瀬氏は自身も聾者として、映画「ゆずり葉」の監督をされ、現在は東日本大震災において、災害後に何が生死を分けたのか、を問う映画の作成に取り組んでいるそうです。

 

生まれてすぐ聴覚に障害を抱えたが、障害を意識したのは中学校2年生の頃だったこと。

 

それまで障害があるからと言って、何をしてほしいのかわからなかった。

 

逆に言うと、困っていなかったのかもしれません。

 

飛行機で移動しますが、韓国に行った時に、キャビンアテンダントの方が、機長の話したことを紙に書いて持ってきてくれたそうです。

 

今まで飛行機乗っていて、アナウンスがあることを知らなかったそうです。

 

なぜこのとき紙に書いて持ってきてくれたのか聞くと、彼女の弟さんが聴覚障害者だったからなんだそうです。

 

障害者の多くは、これでいいのかなって思っている(妥協)、また今更言っても仕方ないという心もある。

 

手話が法律上言語に含まれた、そこには「可能な限り」という文言が付きましたが、手話ができる聴覚障害者は数%。

 

小・中・高と年齢はまちまちで、土台がどこにあるのかわからないのが現状。

 

今回制作中の映画の取材で陸前高田市を訪れ、市長と福祉課の担当者と話をした時に、新しいまちづくりの中で、ノーマライゼーションという言葉を使わなくていい、障害者も健常者もともに暮らせるまちづくりという視点でのまちづくり、との話は印象的でした。

 

友人がサウジアラビアに住んでいた時の話が、このような内容だったことを思い出しました。

 

早瀬さんの手話はとってもきれいな手話だったことも印象的でした。

 

また、彼の前にマイクが置いていたことに触れ、実際には必要ないものなので下に下そうとしましたが、あえて横に倒しました。

 

このことで、より障害を知ってもらうきっかけになればとの話も印象的でした。

 

彼の話を伝えるために、ステージの下に手話通訳の方が2名おります。

 

一人は質問内容を手話で伝える人、もう一人は彼の手話を言葉で伝える人。

 

なるほどです。

 

もう一人の大野さんは

 

26歳の時に難病を発症し、車いす生活を送る中作家活動を通し障害とは・・・。と伝える活動をされております。

 

それまでは、障害者がどういう世界にいて、どうゆう感覚の中にいるのかわからなかった。

 

学生の時はミャンマー等で難民支援を行っていたそうですが、突然の発症により支援される側になったことで、「制度の谷間」にいる希少性難治性疾患、難病の当事者として見えることを皆さんと言葉を介してシェアできればとの思いを話されてました。

 

彼女の書籍「困っているひと」を購入してきました。

 

コーディネーターの藤井氏は16歳から視覚障害者となったそうです。

 

講演内容にしても記憶力にただただ驚きでした。

 

藤井氏の問いかけに大野さんが答えながら藤井氏に視線を向けても視線が合うこともなく、まして早瀬氏は手話通訳の方を注視しているので登壇者が壇上でお互いを感じあうも、通常のパネルディスカッションとは違うんだということをあらためて感じた次第です。

 

新たな気づきをいただきました。

 

午後から開催の公明党大会に参加のため急ぎ品川に向かいました。

 

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