明日出かける宮城県災害ボランティアの準備で買い出しに出かけました。
今回は水戸市にあります、石塚観光さんと茨城県社会福祉協議会の共催での
バスで東松島市内でのボランティアに参加してきます。
この企画は・・・以下朝日新聞4月28日の記事より
震災で甚大な被害を受けた宮城県へ、茨城県民の力を届けようと企画された「災害ボランティア」バスツアーに、日本中から参加者が殺到している。水戸市の旅行会社、石塚観光が現地で救援活動にあたった経験から発案、県社会福祉協議会と共催する。同社は「『役立ちたい』という日本人の心を感じる」と、黄金週間の企画を8月まで延長することにした。
「宮城県災害ボランティアバス」は水戸(一部は取手・鉾田)を出発し、宮城の被災地で泥のかき出しやがれき撤去などを手伝う。29日~5月7日に15便を予定したが21便に増便。宿泊(80人)、日帰り(920人)とも満員で、200人以上がキャンセルを待つ。
県民向けを想定したがツイッターで話題を呼び、現在は6割が首都圏や愛知、石川、広島、長崎、熊本など県外からの参加。「力になりたくても場が無かった」などと、皆、茨城へ自費で来て、合流する。18歳以上の体力ある人が対象の厳しい作業だが、70歳近い人や親子連れ、インド人の9人グループもいる。
企画は同社の救援活動を通して生まれた。綿引薫社長(48)はひたちなか青年会議所(JC)の元理事長で、姉妹都市の宮城県石巻市のJCと15年来交流してきた。震災後にJCメンバーと自転車、ガソリンなどの救援物資を何度も届けた。石巻の仲間が何人も亡くなり、行方不明になったと現地で知る。相互訪問した子供たちの安否はまだ確認しきれていない。
社員たちも偶然、石巻でボランティアをしていた。顧客のキャンセルが続き、出来た時間をあてたのだ。その1人、岡村崇矢さん(24)によると、茨城でボランティア登録を探したがいっぱいで、石巻が県外者を受け入れていたという。被災家屋の土砂かき出しは、大人6人がかりでも1日に1軒がやっと。眼前に埋もれた光景が延々と続く。「いったい何人がきたら終わるのかと気が遠くなりました」と話す。
「何とかしたい」。社長も社員も同じ思いだった。個人での活動の難しさを感じ団体企画を発案。県社協に相談すると、ボランティア希望者が多い状況がわかり、共催となった。
「運行は私たちの本業の利害と絡む懸念があり、悩みました。社福協の皆様に背中を押していただきました」と綿引社長。
ツアーは、県社協がバス代補助や県民分の保険費用を負担し、宮城側の受け入れ窓口も手配。日帰りで昼弁当付き3千~4千円など、格安で実現できた。同社には神奈川県庁が手法について問い合わせてきた。「被災地の茨城でできる企画がなぜないのかと意見が殺到している」という。
黄金週間以降も、土日祝日の運行を計画。当面、6月までの共催が決まり、8月までは同社単独でも継続する。問い合わせは同社(0120・317・055)へ。(吉村成夫)・・・とあります。
29日に行かれた方の情報によると、10人ひとグループになって個人宅の泥かき等を行うようです。
新たにスコップ、ゴム手袋等購入し、明日に備えます。
水害ボランティア作業マニュアルを参考に、自己完結で作業に臨みます。
3時に取手を出発して水戸でバスに乗り込みます。
少しでも役に立てるよう頑張ってきます。
今日は朝から一日あるご夫婦に関わることとなりました。
「○○がいなくなった」との電話を受け、急ぎお宅に向かい
以前住んでいたお宅まで車を走らせましたが早朝でもあることから
街は静かで何事もない様子。
社会福祉協議会の担当者の方と連携を取りながら交番に行って、
取手警察署と連絡を取ったところ、警察に保護されて
本人が自宅だと言うところへ送ってくださっているところでしたが
住所があいまいで困っているところでした。
無事自宅に戻る事が出来たのですが、ご主人が目を離したすきにまた
いなくなったとの連絡があり、急ぎご自宅へ。
今度は一番で交番へ行くと、救急車がとまっておりましたので中をのぞくと
○○さんが額にガーゼですわっているではありませんか。
ご主人を迎えに行って病院へ。
そんなこんなで自宅に戻ってからも何度も外へ出ようとして、一緒に公園に何度
も散歩をしながら気分転換。
このご夫婦と関わることになった一日でした。
夕方車を走らせふと田んぼに目をやると、田植えがもう始まっておりました。
福島県飯舘村では稲作はできません。
米農家の方が稲作が出来ないことは本当に大いなる苦痛であり、生きがいを
なくしてしまうことであり、心が苦しくなります。
今期限りで6期24年の議員を勇退される、豊橋市議会の伊藤秀昭さんの
24年間の活動展に行ってきました。
議会の度に発行し地域に配り続けた「ひであきレポート」 NO86号までの足跡を期ごとにまとめて展示。
この展示のキャッチコピーは
『昭和62年春、ブルドーザの営業マンが市議会議員になった。
以来、豊橋の大地を駆け抜けて24年・・・。
それは、高橋、早川、佐原の3代の市長の時代。
そして、作り続けられ、配り続けられた「ひであきレポート」。
ひとりの地方議員が、目指したものは何であったのか
議会の場で、訴えようとしたものは何であったのか
人生かけて残そうとしたものは何であったのか
創刊号から最終号(第86号)までの「ひであきレポート展」。
表現しようとするのは、
「人間の詩」であり、「青春譜」です。』
24年間の試行錯誤が見て取れる、とても人間味あふれる1号1号のレポートが丁寧に展示されておりました。
今回の展示に行く事を決めた最大の理由は、『24年前に議員になった直後から、「自分が議員生活を終えるときには、絶対に”ひであきレポート”展をやるぞ」と決めて、24年間活動してきました。そのために、残す資料、展示する写真も用意してきました。「ひであきレポート展」は我が人生の総括です。』との思いを知ったからです。
そして、勇退後も後輩の為に学びの場を提供しようとされている心に動かされました。
引退したら…と言う方はいますが実行に移される方は多くはありません。
自分は果たしてどうか?と言われたらどこまで貢献できるかわかりません。
だからそれを実行されようとしている先輩の姿に学びたいとの思いが込み上げ、電車に飛び乗り行って来ることとなりました。
手作りの温かい展示でした。
明日からも議員を慕う全国の地方議員が会場にいらっしゃるようです。
24年間陰で支え続けた奥様、お疲れ様でした。 選挙が終わって間もないのに、宮沢さちこ議員も合流して下さり、交流できました事に感謝いたします。 ありがとうございました。
午前は取手市議団の打ち合わせを行い、いったん自宅に戻り再度市役所に向かい打ち合わせを行っている最中に、空が暗雲に覆われ始め異様な空模様になってきたのを見て、3月11日の空模様と同じように思え、不安になりましたが車に乗り要望聴取の為車を走らせようとしたところに、もの凄い地響きをともなう雷とあられまじりの雨が降り出し、何事が起きたのかと思うほどの天候の変化でしたが、あっという間に青空が見え始め車を走らせました。
後で知った事ですが、その時刻に取手市白山で竜巻被害が発生していたなんて。
取手消防本部からのFAXで知りました。
被害にあわれた皆さんに心よりお見舞い申し上げます。
とにかくこの異常気象は何なんでしょうか?
3月11日の東日本大震災発生から44日。
4月24日は私たちにとって忘れてはいけない誓いの日。
今日は統一選挙の後半戦の投票日となりました。
1263名(うち30名は無投票当選)が選挙戦に挑みました。
茨城県内も大変激戦の中大勝利することができました。
応援で入っていた牛久市も3名が大勝利することができました。
ご支援いただいた皆さまには本当にお世話になりました。
全国の公明党の開票状況は東京都と北海道は未だ開票が終わっていませんが
他は全員当選となりました。










