■東日本大震災から6年
多くの尊い命が犠牲となり、我が国に甚大な被害を
もたらした東日本台震災から6年が経過しました。
お亡くなりになられた方々のご冥福を祈ると共に、
今も避難生活を余儀なくされている方々に、
心からお見舞いを申し上げます。
本日(3月11日)付の公明新聞の一面に、
山口 那津男公明党代表の声明が掲載されて
おりましたので紹介させて頂きます。
震災6年 風雪を越えて
「人間の復興」へ希望育む
多くの人命と日常を一瞬にして奪った東日本大震災から6年が経過した。改めて亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに、今なお避難生活を続けている方々に心からお見舞いを申し上げたい。
4日に宮城県を訪れ、震災遺構になった石巻市立大川小学校に足を運んだ。津波が校舎2階にまで及び、瞬く間にコンクリートの壁や床を破壊。児童74人、教職員10人が犠牲となった校舎の惨状は、津波の恐ろしさを生々しく伝えている。教室に残された子どもたちの名前のラベル‥‥。なぜ、多くの子どもの尊い命が、学校で奪われなくてはならないのか。そう問い掛けているように思えた。
その後に伺った東松島市立宮野森小学校の木造新校舎は、「森の学校」と呼ばれる新たな復興のシンボル。木のぬくもりを感じながら子どもたちの希望を育むことができる環境だ。
震災の体験を風化させることなく次代に継承すると同時に、将来への希望の種を蒔き育てる。先に触れた二つの小学校は、今の被災地の課題を映しているように思えた。
一方、原発事故から、ようやく立ち上がり、前へと進み始めた福島の方々が、いじめ問題に象徴されるような誤解や偏見の冷たい風にさらされる状況を、断じて看過してはならない。インフラなど物理的な復興だけでなく、被災者が生きがいを感じ、前向きに生きることができるよう、同僚議員と手を携えて被災者に寄り添い、「心の復興」への道を切り開く覚悟だ。
震災では、2万人弱の方が犠牲・行方不明になった。志半ばで人生を奪われた人々に思いをはせつつ、公明党は風化と風評と闘い、ネットワークの力を結集して復興へ走り抜く。全ての被災者が「人間の復興」を成し遂げるその日まで。
私も流山市の防災力強化に、全力で取り組んでまいります。
