#ウクライナ危機 と国際秩序「力の論理」から #ソフトパワー に/日本総合研究所 #寺島実郎 会長に聞く(公明新聞2022/04/09 4面 より)
#ウクライナ危機 と国際秩序「力の論理」から #ソフトパワー に/日本総合研究所 #寺島実郎 会長に聞く(公明新聞2022/04/09 4面より)
ロシアのウクライナ侵攻は、国際秩序の世界史的な転換点になる―。2003年から07年に日本経済団体連合会の日本ロシア経済委員会ウクライナ研究会委員長を務めるなど、両国の情勢にも精通している日本総合研究所の寺島実郎会長は、こう指摘する。国際社会において「力こそ正義」という「力の論理」は限界を迎えており、社会的正当性(レジティマシー)に基づく「全員参加型秩序」が不可欠であると訴える同氏に、ウクライナ危機への見解と今後の国際秩序のあり方を聞いた。
■(世界史的な転換点)権威主義国家の限界を示唆
――ウクライナ危機をどう見るか。
寺島実郎会長 国際秩序の世界史的な転換点にあることを自覚することが大切だ。それはつまり、旧来的な「力の論理」で物事を進めることのできない時代になっているということだ。
今回の侵攻は「ウクライナの悲劇」であると同時に、国際社会からの孤立という「ロシアの悲劇」でもある。ポスト冷戦期に入ってから、自由貿易や人権の尊重、法の支配といったことを基調とした国際秩序の枠組みの中で、経済のグローバル化も急速に進んだ。そうした状況下で、「力の論理」を振りかざしながら国際社会に関わり続けることには限界があるということを示唆する出来事になっていくだろう。
――これまでの国際秩序について。
寺島 現在の情勢を見る上で押さえるべき二つの大きな転換点がある。一つは約100年前の第1次世界大戦後を起点とした社会主義と資本主義の対立によるもの。もう一つは約30年前の1989年に、半世紀続いた東西冷戦が社会主義の敗北をもって終焉宣言に至ったことによるものだ。こうした歴史の流れを経て、20世紀末には米国が「唯一の超大国」として既存の世界秩序をリードしていった。
しかし、21世紀に入ってすぐに情勢は一変した。2001年の「9・11」米同時多発テロが起こったからだ。米国のイラクやアフガニスタンにおける対テロ戦略の失敗などによる中東の不安定化の影響を受け、原油価格の指標である米国産WTI先物で00年に1バレル=25ドル台だった原油価格が08年に1バレル=145ドル台まで高騰した【グラフ参照】。この追い風をまともに受けたのがエネルギー輸出大国のロシアだ。国際市場に売れる液化天然ガス(LNG)と石油の価格が跳ね上がったことで、ロシア経済は大きな恩恵を受けた。
そうした中で、プーチン大統領はエネルギー産業の国有化にかじを切るなど、国内における自身の立場を強固にすることができた。建前上は民主主義国家ではあるが、強権的な政治による権威主義の国家運営がなされている。「力の論理」で物事を進めようとする体質は、今回のロシアによるウクライナ侵攻からも見て取ることができる。
■(進む経済の相互依存)孤立すれば社会維持できず
――国際社会におけるロシアの孤立化をどう見るか。
寺島 今回の侵攻を受け、これまでロシア国内で事業を展開してきた外国企業が事業を停止あるいは縮小するケースが相次いでいる【左図参照】。ロシアが自ら切った「侵攻」というカードは、自分の足をピストルで撃ったようなものだ。国際社会から孤立して、市場から排除されることの怖さを思い知らされる状況になりつつある。
ロシアは軍事大国だが、昨年の国内総生産(GDP)は世界全体の1・6%ほどで、経済基盤はあまりにも小国だ。ところが、ロシアは「9・11」により一次産品で豊かになったことで、21世紀に入ってグローバル経済に参入した。モスクワやサンクトペテルブルクの都市部にはショッピングモールができ、食や生活雑貨に至るまで欧米や日本のブランドが庶民に浸透している。プーチン大統領は大衆消費社会を構築して国民の支持を得たが、ロシアをグローバル経済の相互依存の中にはめ込んでしまったともいえる。
――国際秩序にとって経済が果たす役割は。
寺島 冷戦が終わったことで米国流の金融資本主義などが世界化した。マネーゲームが加速化し、格差と貧困が拡大して、人間の幸福が置き去りにされたとのマイナス面もある。しかし、そういった影の部分を持ちながらも冷戦後の世界を席巻していく中で、経済の力による一定の国際的な秩序が生み出されたのも確かである。こうしたグローバル経済においては各国の相互依存が浸透し、その過敏性によって「力の論理」を抑制させる働きがある。ロシアで起きている外国企業の対応がその一例だ。
北朝鮮のように、もともと国際社会・グローバル経済から排除されているような国であれば、自給自足の社会に回帰していけるかもしれない。しかし、ロシアのように一度でもグローバル経済に参入した国は、他国と相互依存していかなければ社会構造を維持していくことは困難となる。
■(全員参加型の合意形成へ)正当性ある主張と行動を
――今後、国際社会がめざすべき秩序のあり方は。
寺島 相互依存が浸透した現代だからこそ、大国主導の秩序ではなく、国や国際機関、団体など多様な主体による「全員参加型秩序」の構築をめざしていくべきだ。
先にも述べた通り、われわれは「力の論理」の限界を目撃している。それにもかかわらず、ロシアが腕力でウクライナをねじ伏せようとしているために「力対力」による秩序をつくろうとの考えも出てきている。日本でも核の共同保有などの議論に誘惑を感じている人がいるが、もっともらしく見えて間違いだと断言したい。
先月2日に行われた国連の緊急特別総会では、193カ国中141カ国がロシアに対する非難決議に賛成し、採択された。特筆すべきは、旧ソ連諸国で構成されてロシアの親衛隊といえる独立国家共同体(CIS)において、ベラルーシを除く各国がロシアから離反したことだ。これは、各国が国際社会から孤立することを恐れた表れでもある。さらに、国際司法裁判所では同16日に、ロシアに対して直ちに軍事行動をやめさせる暫定的な命令が出た。
このように、国際社会にあってレジティマシーを発信する意義は非常に大きい。主張の根拠が正しいと認識されないと動けないからだ。全員参加型秩序を実現するためには、その根拠の中に説得力と納得力、理念性があることが不可欠といえる。
――日本が果たすべき役割は。
寺島 国際秩序が、よりソフトパワーによって保たれていくようにしていくべきだ。平和主義に立った国際協調への合意形成をしていく努力が求められている。日本は国際社会に経済力で貢献していくことを基本的な性格としているからこそ、発信する主張には明確な根拠と国際秩序に対する配慮を怠ってはならない。
レジティマシーといっても、口先だけで行動が伴わなければ多数の合意を得ることはできない。日本自身が民主主義を大事にしながら、蓄積してきた産業基盤をさらに世界に貢献できるような基盤にしていくことが重要だ。
てらしま・じつろう 1947年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了後、三井物産入社。米国三井物産ワシントン事務所長、三井物産常務執行役員などを経て2016年から現職。多摩大学学長、寺島文庫代表理事も務める。著書に『人間と宗教 あるいは日本人の心の基軸』など多数。













