土曜特集 がん患者の5人に1人 希少がんの対策は 国立がん研究センター希少がんセンター長 川井章氏 公明新聞2025/09/27 4面より
土曜特集
がん患者の5人に1人 希少がんの対策は
国立がん研究センター希少がんセンター長 川井章氏
公明新聞2025/09/27 4面より
患者数が極めて少ないがんの総称である「希少がん」。それぞれの症例が少なく、一般的ながんと比べて治療方法の確立などが進んでいない。一方で、全ての希少がん患者を合わせると、がん患者全体の5人に1人を占める数となっている。そんな希少がんの対策について、国立がん研究センター希少がんセンター長の川井章氏に聞いた。
■(どんな疾患?)個々の発生頻度は1%未満/小腸や骨、「原発不明」「小児」など
――希少がんとは。
川井章センター長 日本での定義は、年間の発症数が「人口10万人当たり6例未満」のがんとされている。2015年に厚生労働省の検討会で初めて定義された。がんの発生数が少ない部位のがんやまれなタイプの悪性腫瘍のほか、がんが最初に発生した臓器が分からない「原発不明がん」や、発生頻度の低い「小児がん」なども希少がんに含まれる。
一つ一つの希少がんの発生頻度は、がん全体の1%にも満たないが、全ての希少がんを合わせるとがん全体の約20%に達する。
――どれくらいの種類があるのか。
川井 従来は日本できちんと検証された希少がんの分類方法がなく、欧州で発表された方法を基に希少がんは約200種類程度とされていた。しかし、分類の原則が不明確であったり、古い組織分類が使われていたりと問題があったことから、今年6月、最新の世界保健機関(WHO)の分類に即した新たな分類方法を発表した。
新たな分類では、小腸や骨などがんが発生することが少ない31臓器のがんや、がんの発生が多い臓器であっても腫瘍のタイプで見ると発生頻度が少ない消化管間質腫瘍(GIST)や中皮腫など364種類の腫瘍が希少がんに分類された【表参照】。
最新の分類に基づく希少がんの種類がはっきりしたことで、日本全国の患者数なども正確に把握できるようになった。
■(直面する課題)症例少なく、診療に難しさ/全国7地域にセンター「拠点病院」と連携へ
――課題は。
川井 症例が少なく、治療成績がなかなか向上しないことが挙げられる。17年の欧州の報告では、全がん患者の5年生存率が63・5%であるのに対し、希少がん患者の5年生存率は48・5%と低いことが明らかになっている。
要因としては、大学病院のような大きな病院でも、年間に1例あるかないかという現状の中、医師が診察や治療の経験を十分に積めず、最新・最適な診療を患者に届けることが難しいという状況がある。診断に関しても、初めて見るような症例を迅速、正確に診断することは困難を伴う。
加えて、患者数が少ないことから、治療薬の開発や臨床試験が進まず、新たな治療薬・治療法の開発が遅れるという問題も重要だ。
一方、患者や家族にとっては、どこで適切な診療が受けられるか分からないという状況も大きな問題だ。骨肉腫を例にとると、大きな総合病院でも診療が困難な所が大多数で、東京都内でも十分な診療経験を有する病院は五指に満たない。
――必要な対策は。
川井 診療の質を向上させるには、希少がんの診療をある程度少数の医療機関に集める方法(集約化)が有効ではあるが、同時に、患者がどこに住んでいても適切な医療機関につながれること(均てん化)も重要だ。集約化と均てん化という相反する対策を進めなければならない。
そこで現在、推進しているのが希少がん全国ネットワークの構築だ。北海道から九州まで全国7地域に「希少がん中核拠点センター」【図参照】を整備し、それぞれが各都道府県のがん診療連携拠点病院などと連携して、希少がんの患者がどこにいても、そのネットワークを通じて十分な情報を得て、最適な診療を受けられる体制づくりをめざしている。
中核拠点センターを中心に、各地の希少がん患者や医師・医療関係者らが情報提供や相談支援を受けられるようにする。さらに、拠点となる医療機関において診療を行い、経験を積み重ねることで、質の高い診療体制が確立できると考えている。
――治療薬の開発促進などは。
川井 希少がん患者を対象とした「MASTER KEYプロジェクト」を17年から実施している。産学官民が連携して、治療薬の実用化に向けた臨床試験の機会を増やす。これにより、同プロジェクトへの参加という形で、多くの患者に新たな治療の機会を提供できるとともに、抗がん剤投与後の経過に関する正確な情報の蓄積も進められ、希少がんに関する治療開発の基盤整備が進むことが期待される。患者登録数は、今年7月末時点で5000例を突破している。
■(当事者らに向けて)ホットラインなどで情報提供
――患者や家族への支援については。
川井 国立がん研究センターに希少がんセンターが設立された14年から、患者や家族、医療従事者などに向けた電話相談窓口「希少がんホットライン」を開設している。現在は全国7地域の中核拠点センターにも「希少がんホットライン」が設置されている。「希少がんと診断されたがどの医療機関にかかればよいか分からない」など、患者や家族が抱える悩みに寄り添い、必要な情報を提供し、診療支援を行う役割を担っている。
「希少がんの病院を探す」というウェブサイトも今年2月から公開しており、代表的な35種類の希少がんに関して、全国の病院の診療実績などが調べられる。
また、患者や家族が最新の正確な希少がんの情報を得られるよう、希少がんの診療・研究に携わっている専門家が、さまざまな希少がんについて解説するオンラインセミナー「希少がん Meet the Expert」を開催している。過去のセミナー動画は希少がんセンターのホームページで公開しており、ぜひ活用してもらいたい。
――今後の取り組みは。
川井 5大がんなどの一般的ながんと比べて、希少がんの診療や受療にはいまださまざまな課題、不利な点が多く存在している。希少がん患者が、他のがん患者と遜色ない治療や情報提供の機会を得られるようにすることが、希少がん対策の最初の“ゴール”と考えている。
現在進めている対策をさらに前進させるとともに、多くの人に希少がんについて知ってもらえるよう、周知や啓発に力を入れていく。
かわい・あきら 1961年生まれ。岡山大学卒。医学博士。国立がん研究センター中央病院骨軟部腫瘍・リハビリテーション科長。2014年より希少がんセンター長。
■夫が原発不明がんに、闘病の「百六十日の記録」つづる/書評家の東えりかさん
それまで健康だった夫が突然、腹痛を訴え入院した。「腸閉塞」であることは分かったが、原因がつかめず検査が繰り返される。主治医は当初、「がんではない」と語っていたが、3カ月後にがん細胞が見つかった――。
書評家の東えりかさんが、希少がん患者家族の視点で描いた『見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録』(集英社)が来月24日に発売される。
東さんの夫・保雄さんは、希少がんの一種「原発不明がん」だった。がんは通常、最初にがんが発生した臓器(原発巣)を特定し、治療方法を決定する。そのため、原発巣が分からなければ、適切な治療を進めることが難しくなる。保雄さんは抗がん剤治療なども行ったが、功を奏せず、最後は在宅での緩和ケアに移り、息を引き取った。
「もっとできることがあったのでは」。東さんは、保雄さんが亡くなった後も希少がんに関する情報を集め、診断や治療の難しさを痛感する一方、「希少がんセンター」などが情報発信や診療体制の構築に取り組んでいることを知った。その経験からこう語る。
「夫が“聞いたことのないがん”であると分かった時の不安は大きかった。希少がん患者やその家族が、必要な情報や適切な治療にいち早くつながり、安心できる環境が整ってほしい」
