ソーシャル・シネマ マイク・リー監督・脚本『ハード・トゥルース母の日に願うこと』 ある女性の心情に思い寄せる 公明新聞2025/09/26 5面より
ソーシャル・シネマ
マイク・リー監督・脚本『ハード・トゥルース母の日に願うこと』
ある女性の心情に思い寄せる
公明新聞2025/09/26 5面より
「あなたを理解することは出来ないけれど、それでも、私は愛してる」。重く、深い言葉である。作品の中で妹が姉にかける言葉だ。それは家族ならではの言葉かもしれない。
英国を代表するマイク・リー監督(82歳)。ケン・ローチ監督(89歳)と並んで巨匠と呼ばれる映画作家だ。その新作はある一家の姿を、人生とは、人間とは、家族とは、そして愛とは……と問いかけつつも、英国人らしいユーモアを交えて描いた。
パンジーは配管工の夫、22歳の息子と共にロンドンで暮らす。彼女は優しい母親ではない。いつも何かに対して怒りをぶつけている。この日も朝から無職の息子に「夢とか希望はないの」と激励ではなく怒りをぶつける。また、夫に対しても「役立たず」と容赦ない。街に出れば、家具店のスタッフ、客にまで毒づく。スーパー、かかりつけの病院でも同様だ。怒りの根源はなんだろうか。
そんな彼女には、シングルマザーで美容院を切り盛りし、二人の娘を育てる妹シャンテルがいる。彼女は姉とは対照的によく笑い、仕事を持った娘とも良い関係を築いている。
母の日(英国の母の日は毎年変わり映画では3月10日頃のようだ)が近づいたある日、シャンテルは姉を母の墓参りに誘う。パンジーは乗り気ではない。秘められた何かがありそうだ。墓参りの日、墓石の前で二人は母の思い出を語るが、パンジーは、自分は妹とは違い疎まれていた、そして「もう疲れた」と心情を吐露する。その時にシャンテルが発したのが冒頭の言葉である。そこに我々はパンジーの長年に渡る孤独感や悲しみを知ることになる。そして謎めいたラストに向かう。
マイク・リー、ケン・ローチは共に労働者階級へ光を当てるが、ケン・ローチは体制と社会制度に翻弄される人を描く一方、マイク・リーは個人のありようを深く見つめる。注目のヒューマンドラマの誕生だ。(映画評論家 浅野桂二)
◆10月24日より新宿シネマカリテほか全国順次公開。
