解説ワイド 「核のない世界」と公明党党 核廃絶推進委員会の15年/禁止条約加盟への環境整備急ぐ 公明新聞2024/10/02 4面より
解説ワイド
「核のない世界」と公明党
党核廃絶推進委員会の15年/禁止条約加盟への環境整備急ぐ
公明新聞2024/10/02 4面より
2009年12月の初会合から15年――公明党の核廃絶推進委員会は核廃絶をめざすNGO(非政府組織)と対話を続け、その成果をさまざまな提言【別掲】にまとめ、行動につなげてきた。設置の背景には自公政権が09年8月の衆院選で下野したことがある。「公明党らしさを見つめ直そう」と、平和の党として核廃絶を考え、また、NGOと政府の橋渡しをして“対決型ではない議論のプラットフォーム(共通基盤)”作りをめざした。現在は21年1月発効の核兵器禁止条約(核禁条約)を巡り対話を深めている。これまでの議論を紹介し、成果と展望を谷合正明委員長(党参院会長)に聞いた。
■(市民社会の力)違法化求めた民衆の声が時代を動かした
核兵器を国際法違反の非人道的大量破壊兵器と定めて廃絶を迫る――この「見果てぬ夢」とも思われていた核禁条約の実現を後押ししたのは、核の非人道性を訴え続けてきた市民社会と呼ばれる多くのNGOの運動だった。
国連総会で核禁条約が採択された17年のノーベル平和賞にICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)が選ばれたことは、核廃絶運動に市民社会の声が不可欠であることを雄弁に物語る出来事となった。
日本の被爆者は原爆の悲惨さを世界に訴え続け、欧米でも長年、反核運動が起きていた。1992年には「核は国際法に反することを国際司法裁判所(ICJ)に宣言してもらおう」というアイデアに基づき、国際的な反核NGOや市民らが「世界法廷運動」をスタートさせた。それが96年7月のICJ核違法勧告として実現した。しかし、勧告は核について「一般的には武力紛争に適用される国際人道法の原理に反する」と違法性を指摘したものの、自衛目的での使用は「合法か違法か明確な結論を出すことはできない」と判断を回避した。
そこで、自衛での使用も含め核は違法とする国際法規範の実現をめざす運動が広がっていった。
公明党は推進委の設置に当たり、核廃絶の運動を国際的に展開する創価学会の担当者とも意見交換した。世界のNGOが核禁条約の実現をめざしている姿を聞き、公明党としてNGOの意見を尊重して運動を進める方針を固めた。
■(車の両輪を重視)「非人道性」の宣揚と「安保の新構想」必要
推進委は、主要なNGOから参加者を迎えるだけでなく、外務省の軍縮不拡散・科学部も招き、核不拡散条約(NPT)の再検討会議に関する報告や国連での軍縮論議など時々の課題について説明を求めている。
初会合では、その直前に公表された日豪政府主導の国際賢人会議「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」(ICNND)の報告書についてNGOから意見を聞いた。
NGOは、報告書が核禁条約の必要性に言及したこと、また、核保有国に「先制不使用」宣言を求め、さらに核の役割を核攻撃の抑止に限る「核の役割限定」を訴えたことを評価しながらも、核ゼロへの過程と時間枠が明記されていないことを批判した。
これら核禁条約、先制不使用、役割限定、核ゼロへの道程は、その後の核廃絶論議で主要な論点になっている。
推進委スタートの2009年は、米国のオバマ元大統領がプラハで核廃絶をめざすとの演説をしてノーベル平和賞を受賞した年でもある。初会合では、NGOの中心者から「核廃絶の機運が高まっている中で、公明党が推進委を立ち上げられたことを心強く思う」との激励を受けた。
17年に核禁条約が国連で採択されて以降は、米国の“核の傘”の下にあるため核抑止も禁じた条約に反対せざるを得ない日本政府と、早期締結を迫るNGO、条約に賛成だが与党である公明党の三者の意見交換は毎回、緊張感が漂っている。
公明党は、NGOが核禁条約の実現以降、核に依存しない新しい安全保障の議論も進めるとの姿勢を示していることから、「非人道性」の宣揚と、「安保の新構想」のための議論を車の両輪として進める考えである。
■党の政策活動のモデル/谷合正明委員長
推進委の一番の成果は、NGOとのネットワークの場を構築することができたことだ。公明党としてNGOから学んだことは計り知れず、NGOからも毎回、「意見交換に参加させていただき感謝する」との声をいただいている。
初代の浜田昌良元参院議員から委員長を引き継ぐ時「NGOと協力する推進委のスタイルは変えない」ことを私は決めた。このスタイルは、公明党が政策活動を展開するプロセス(過程)として重要なモデルになっていると思うからだ。
NGOとの意見交換に基づいて策定した公明党の政策によって、政府も核禁条約を意識せざるを得なくなったことも確かな成果である。
核禁条約採択の17年以降、公明党は与党として国会で条約を評価し「日本の条約締結に向けた環境整備を進める」との立場を明確にしている。21年には岸田文雄首相(当時)も核なき世界への「出口」として重要な条約と発言した。
今後は、来年3月をめざし、意見交換を続けながら「平和創出ビジョン」の策定を進める決意である。
<関連1>
■公明党の主な提言から
核廃絶推進委員会の初会合直前の09年12月5日、党全国県代表協議会で、山口那津男代表(現・常任顧問)が「山口ビジョン」を発表。平和に関し「人間の安全保障の考え方に立脚して核兵器廃絶めざす」との基本姿勢を示した。
14年8月には「8・6提言=核兵器のない世界に向けた法的枠組み構築へ積極的貢献を」を発表。政府に対し法的枠組み(核禁条約を想定)実現への合意形成に努め、実現を見通して日米安保を検討し「新たな安全保障」を発信するよう求めた。
核禁条約発効直前の20年10月、発効後に開催される締約国会合に日本がオブザーバー参加するよう外相への緊急要望で求めた。
23年5月開催の広島サミットへの提言では、政府にオブザーバー参加をして「核保有国と非保有国との橋渡し役」をするよう主張した。
<関連2>
■核の存在すら許さない史上初めての国際規範
核禁条約は「核兵器の存在すら許さない」との考えに基づく唯一の国際法。山口那津男代表(現・常任顧問)は「ヒバクシャの強い思いの結晶であり、核兵器の実験や開発、保有、使用などを初めて全面的に禁止した画期的な国際法規範」(21年1月22日 参院本会議)と高く評価した。
しかし、核保有国や米国の核に安全保障を依存する日本や韓国、北大西洋条約機構(NATO)諸国は条約反対であり、核保有国と非保有国の溝が深まった。日本は対話の“橋渡し役”を担う考えで、双方の有識者からなる国際賢人会議を22年から開催している。
【写真】山口代表(当時=中央)が来日したICANのメリッサ・パーク事務局長(右から3人目)と会談=24年1月18日 衆院第2議員会館