解説ワイド
求められる認知症高齢者施策は
公明新聞2024/05/29 4面より
<解説>
■厚労省研究班が将来推計
国内の認知症の高齢者数は、65歳以上の人口がピークを迎える2040年に584万人を超えるとの推計結果(以下、22年調査)を、厚生労働省の研究班が発表した。12年の前回調査では40年に802万人に達すると推計されたが、大幅に減少した。ただ40年には高齢者のおよそ7人に1人が認知症になる見込みで、予防や治療体制の拡充が引き続き求められる。22年調査の概要を解説するとともに、今後の課題や求められる施策について、認知症が専門の大阪公立大学大学院生活科学研究科認知症ケア・施策学講座の中西亜紀特任教授に聞いた。
■40年584万人、60年645万人/健康意識向上で前回より減少
22年調査の推計によると、認知症高齢者は25年に471万6000人、40年に584万2000人、60年には645万1000人へと増加する。
ただ、前回の12年調査では、25年に675万人、40年に802万人、60年に850万人と推計されており、今回はいずれも200万人以上減少した【グラフ参照】。全高齢者に占める認知症の人の割合(有病率)も下がった。
有病率が低下した主な要因について、厚労省研究班の考察によると、▽栄養管理や身体活動など健康意識の向上▽全世代にわたる喫煙率の低下▽減塩の推進や降圧薬の普及による平均血圧の低下▽新たな高脂血症薬による治療の普及▽50~60歳代女性の糖尿病の減少――などが挙げられている【表参照】。
今回の調査は、島根県海士町や福岡県久山町など全国4地域で実施。65歳以上の住民を対象に、専門医が訪問診察をするなどして、有病率を算出し、推計した。
併せて、認知症の前段階とされる軽度認知障害(MCI)の高齢者数の推計が初めて公表された。25年には564万3000人、40年には612万8000人、60年には632万2000人に上るとしている。
◇
政府は1月施行の「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(以下、基本法)に基づき、施策を総合的に推進するための経費として今年度予算に約134億円を確保。相談支援体制の整備や治療の研究などを着実に進めるとともに、中長期の支援策強化へ国の基本計画を今秋までに策定する方針だ。
これに先行して23年度補正予算では、支援の実施主体となる自治体の計画策定を後押しする経費も計上。認知症の人たちが安心して、自立的に暮らせる地域づくりを加速させる。
公明党は基本法制定をはじめ認知症施策を強力に推進している。
<インタビュー>
■大阪公立大学大学院生活科学研究科認知症ケア・施策学講座 中西亜紀特任教授に聞く
―今回の推計の意義は。
中西亜紀・大阪公立大学大学院特任教授 認知症の人数などの実態を把握し、それに基づく将来推計を行うことは、さまざまな施策を立案し遂行していく上で欠かせない。
前回調査はおよそ10年前で、当時と比べ認知症に対する取り組みも強化され、国民の健康意識も高まっている。認知症を取り巻く実態の変化を把握し、これまでの施策の効果を検証していくことが大切だ。
■“予備軍”のデータも重要
―推計の特徴は。
中西 認知症の人だけでなく、認知症予備軍とされる軽度認知障害(MCI)の人の推計が公表された。今後、MCIの人たちを含めたきめ細かな施策作りで重要な基礎データとなろう。
今回、厚労省研究班の二宮利治・九州大学教授を中心に丁寧な研究が行われており、特定の市町村で住民の高齢者を全数調査し、より正確なデータを得たことにも注目したい。
―前回の推計より200万人も減少した。
中西 研究班の報告にもあるように、健康に関する情報や教育の普及による国民の健康に対する意識の向上や、喫煙率の低下、糖尿病、高血圧など生活習慣病に対する医学の進展に伴う管理方法の改善などにより、認知機能の低下が抑えられた可能性がある。
血管性の認知症は血管障害が原因で発症し、認知症の中で最も多いアルツハイマー病も生活習慣に関係する。そこのコントロールが十分にできれば、発症を減らすことができる。
ただ、ほかの認知症や、若年性認知症などで見られる遺伝的なものなどでは、生活習慣病の改善が必ずしも抑制につながらない点には留意が必要だ。
―今後の課題は。
中西 前回と比べて認知症高齢者数の推計が減っていても、これだけ多くの人が認知症になり得るということをしっかり受け止めなければならない。取り組みを弱めず、対策を拡充することが必要だ。
以前は、認知症そのものの実態が分からず、当事者は施設に入所するという対応が考えられやすい頃もあったが、地域のさまざまな人や組織が支える社会づくりが求められている。
■自治体はきめ細かい対応を
―施策をどう進めるべきか。
中西 基本法で掲げられているように認知症の人が希望を持って暮らせる共生社会の実現へ、重要になるのは自治体だ。
自治体においても計画を作り、各種施策を強化していくことが大事になる。任意ではあっても基本法に基づき計画を策定する方向だ。自治体が主体的に、地域の事情に応じたきめ細かな対応を進めることが求められる。
例えば、小さな市町村では保健師らが住民の状況を把握しやすい一方、住民の多い大都市はそうはいかない。近所付き合いも少なく、高齢者の一人暮らしも多い。そこでSOSが出れば、例えば医師を含めて早期に対応する「認知症初期集中支援チーム」などのサポートが有効になるだろう。
支援のための地域づくりでは、地域包括支援センターのような公的組織が要になる。ただその際に大切なのは、当事者に配慮した緩やかなネットワークをどうつくるかという視点だ。
■社会交流の活性化、官民で
その点で、地域活動の仲間や宗教上のつながりなど多様なネットワークや、民生委員らとの関係構築などは、人間関係が苦手な人も、いざという時のセーフティーネット(安全網)になると考えられる。官民が相互に補完し合って社会交流を活性化し、下支えしていくことが重要だ。
―そのほかは。
中西 認知症に誰もがなり得るという認識を持つことが必要だ。
今回の推計によると、90歳になったら認知症の割合は5割だ。認知症を少しでも早期に発見し、早期に対応することや、生活習慣病などの危険度を下げる「リスク・リダクション」といった予防に力を注ぐことが大事になる。栄養、睡眠、運動に配慮し「脳の健康」にも心掛けてほしい。
認知症の人や家族を手助けする「認知症サポーター」は、3月末時点で全国に1535万人近くいる。認知症サポーターの取り組みは日本が先進国だ。草の根レベルにおいても認知症を理解し、互いに支え合える社会をつくっていかなければならない。
なかにし・あき 1989年、福井医科大学(現・福井大学)医学部医学科卒。99年、大阪市立大学(現・大阪公立大学)より医学博士号取得。大阪市立弘済院付属病院副病院長、厚労省老健局認知症施策・地域介護推進課課長補佐(医系技官)などを経て、現職。日本認知症学会専門医・指導医ほか。