己斐小学校「ピースメモリアルセレモニー(己斐小慰霊祭)」
2000年から毎年行われてきた母校の広島市立己斐小学校での「ピースメモリアルセレモニー(己斐小慰霊祭)」が、コロナの影響で記帳のみとなりました。
広島への原爆投下後に仮の救護所となった己斐小学校(当時:己斐国民学校)の校庭では、約2,000体の方が荼毘にふされ、そのまま校庭に埋められところです。
このセレモニーに21年間、関わり続けて来られた教員の堀江丈人先生。堀江先生は、セレモニーが初めて開催された2000年の時に、己斐小学校で6年生の担任をされており、校庭で亡くなった方々への慰霊祭をしようと企画された中心者のお一人です。
セレモニーは、6年生106名の子ども達を中心に初めて行われ、私と米国人画家のベッツィ・ミラーキュウズも応援参加させていただき、その時、ベッツィが校庭に描いた絵の白線の上に、児童が手作りのピースキャンドルを並べての開催となりました(※写真2000年8月6日)。
また、そのときに、この地域で被爆した方々が、子ども達からの声がけに応えて、多く方が参列してくださり、「原子爆弾が落ちた時、私はこの校庭のプラタナスの木の横に居たんです」「校庭で遺体が焼かれたときににおいが、未だに忘れられません」などと、初めて被爆体験を語ってくださいました。そのときの声が今も耳朶に残っています。
米国人画家のベッツィ・ミラーキュウズは、父親がマンハッタン計画に携わった物理学者で、ベッツィの生まれ故郷は原子爆弾製造が行われたニューメキシコ州のロスアラモス。被爆二世の私は、ベッツィと1999年から共同作品制作を開始。ベッツィは毎年8月6日にメッセージを送ってきてくれます。米国時間の8月6日、そのロスアラモスで、小さなピース・セレモニーが行われるとのこと。
平和の懸け橋となれるように、尽力してまいります。


