「土曜特集 新型コロナどう向き合うか 長崎大学熱帯医学研 究所教授 山本太郎氏に聞く」(公明新聞2020/04/04 4面より)
「土曜特集 新型コロナどう向き合うか 長崎大学熱帯医学研究所教授 山本太郎氏に聞く」(公明新聞2020/04/04 4面より)
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が止まらない。なぜヒト社会に突如、現れたのか。終息への手だては。人類の脅威ともなっているウイルスとどう向き合えばいいのか。アフリカやハイチなどで感染症対策に従事した経験を持つ、長崎大学熱帯医学研究所の山本太郎教授に聞いた。
■(なぜ出現したか)“野生”への人間進出が原因/グローバル化、世界的大流行を加速
――新型コロナウイルスとは。
山本太郎教授 野生動物が保有しているウイルスの一種だ。今回、たまたまヒトに感染して広がり、発熱やせきなど呼吸器系の疾患を引き起こし、重症例では肺炎に進行している。多くは軽症や無症状のようだが、感染者のせきやくしゃみなどの飛沫や接触感染で、一気に流行する性質が顕著になっている。
ヒトに感染するコロナウイルスは、これまで6種類が知られていた。4種類は風邪の原因となるウイルスで、重篤な肺炎を引き起こす2種類として、2003年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)ウイルスと、現在も中東で小規模流行が見られるMERS(中東呼吸器症候群)ウイルスが確認されているが、今回、7種類目が出現したことになる。
――なぜ、ヒト社会に出現したのか。
山本 野生動物が暮らす生態系に人間が進出したのが大きな原因だ。新たな感染症は、基本的に動物からやってくる。長い人類史の中で繰り返されたことが、今回また一つ起きた。最近のSARSや鳥インフルエンザ、エボラ出血熱なども同様だ。
背景には、自然環境の止めどない開発や、地球温暖化による野生動物の生息域の縮小などがある。近代的な行為の結果といえよう。
私たち研究者は、感染症が流行する原因を一生懸命に突き止めようとしてきた。しかし、近年、本当は逆ではないかと思うようになった。人間の目には、ウイルスなどの病原体が自然と勝手に流行しているように映るが、そうではない。実は人間社会のありようが、感染の広がり方などを決定付けていると。
現代はグローバル化が格段に進んだ時代だ。地球の隅々まで交通網が発達し、人やモノが短時間で激しく移動する。それを物語るかのように、新型コロナウイルスは、昨年12月に中国の湖北省武漢市での発生が報告されてから、わずか2カ月ほどでパンデミック(世界的大流行)に至った。拡散スピードは、かつてないほど速い。
■(闘いの行方は)集団の免疫獲得で終息/ワクチン開発までは「三密」回避し医療崩壊防げ
――感染拡大に対する手だては。
山本 現時点では、治療薬やワクチンがない。しかし、かつてのように疫病の正体が分からないままに人が倒れるのではなく、新型コロナウイルスの性質や広がりを科学的に認識しながら対策を講じている。
そうした中で、例えば感染リスクの要因として「三つの密(密閉空間、密集場所、密接場面)」が明らかになっている【図参照】。これらを避けるといった一人一人の行動を通じて、患者急増による医療提供体制の崩壊を防ぎつつ、重症者や死亡者を増やさないようにしなければならない。
――流行は終息できるか。
山本 人間が集団として、一定以上の割合が免疫を獲得すれば流行は終わる。反対に、それがないと、爆発的な感染拡大が起きるリスクが残る。免疫獲得に向けたワクチンの開発まで、感染の広がりをいかに緩やかにできるかが重要だ。
■「スペイン風邪」は第二波が高致死率
――一説には、流行の第二波が危ないともいわれている。
山本 パンデミックの間は、新型コロナウイルスが強毒化するか弱毒化するか、どちらに転ぶかは分からない。ウイルスという存在の実態が詳しく解明され始めたのは1940年ごろで、未知のことは多い。
ただ、1918年から19年にかけて世界を席巻した「スペイン風邪」(インフルエンザ)は、多くの地域で第二波の方が致死率が高かった。原因は不明だが、その歴史を頭の片隅に置いて警戒し、感染防御策を備えておく必要がある。
■(感染症と人類)ウイルス撲滅は不可能/被害抑えつつ共存・共生を
――今後も新型ウイルスは、出現し続けるのか。
山本 数年後に、とは考えにくいが、長い期間で見れば、常に出現し続ける。生態系の中で人間が生きる限り、これは避けられない。私たちの社会には、いつも、さまざまなウイルスが入り込もうとしているし、人間が持つウイルスが野生動物に感染することもある。
ウイルスは人間にとって脅威だが、マイナス面だけではない。人間はこれまで、さまざまなウイルス感染症を経験してきたことで免疫力が高まり、生態系由来の感染症から、ある程度身を守ることができている。
――人類はウイルスとどう向き合えばいいのか。
山本 ウイルスは、動物や人間に寄生しないと生きられない病原体だ。その意味から、ウイルスにとって人間は大切な宿主。もし宿主をすぐに死なせる強毒な存在なら、感染を繰り返す前に自らも死んで、やがて社会から消滅してしまう。
多くの感染症は長い目で見れば、人間に広がるにつれて、潜伏期間が長期化し弱毒化する傾向がある。ウイルスに何か意思があるわけではないが、あたかも人間との共存をめざすように進化している。故に、感染の広がりを緩やかにしていくことが、弱毒化の方向に進めるための力にもなり得る。
感染症が全くない社会がいいように見えるが、未知のウイルスが流行してしまえば、その被害や社会的インパクトは図りしれない。やはり、多くの感染症に直面し、さまざまな免疫をつけてきた人間の社会は強靱だ。流行を許容するわけではないが、ウイルスの撲滅は事実上、不可能だ。被害を最小限に抑えながら共存・共生をめざしていくのが望ましい。
やまもと・たろう 1964年生まれ。長崎大学医学部卒。京都大学医学研究科助教授、外務省国際協力局勤務などを経て、現職。医師。専門は国際保健学、医療人類学。著書に「新型インフルエンザ」「感染症と文明」など。
■(これまでのパンデミック)大きな社会変化の要因に
人類は幾度も感染症のパンデミックを経験してきた。活発化する交易や戦争と共に広がり、社会に大きな影響を与えてきた。
例えば、14世紀に欧州全域に波及したペストでは、欧州の人口の4分の1から3分の1の人を失った。領主の下で働く農民が急減し、農業労働に対する賃金が上昇。農民の立場が強くなった。ペストの脅威を防げなかった教会は権威を失い、中世の封建的身分制度は解体に向かったという。
また、第1次世界大戦末期の1918年ごろに世界中で猛威をふるったスペイン風邪は、増大する物流や、動員を含めた人の移動が流行を加速させた。死者は世界で推計数千万人に上り、国内では40万人近くが亡くなっている。その甚大な被害から、大戦の終結が早まったともいわれる。
今回の新型コロナウイルスが、社会にどんな変化をもたらすのか注目されている。
