カテゴリー(未分類)

5月の臨時議会が開会、新議会の人事等を決定する会議が始まった。新しい顔ぶれを含めて、全22人の議員が揃い、いよいよという雰囲気だ。

市議選を終えて一カ月が過ぎたが、今回の選挙の疲れは予想以上で、心身の状態がやっと上向いて戻ってきたという感じだ。とはいえ選挙中、小さな事から、大きなテーマまで、多くの相談や要望等を頂いており、市当局とのやりとりに追われている。6月定例議会への準備もあり本当に忙しいが、応援していただいた皆様の気持ちに応えるべく、4年間、全力でやろうと思う。

この場をかりて再度、お礼を申し上げます。お世話になった皆様、本当にありがとうございました。

3月議会が開会、11日より一般質問がスタートしているが、今日は自身の出番があり登壇した。

今回は、木造住宅の耐震改修や空き家への定住促進、市庁舎建て替えなどを踏まえて、東日本大震災以降、大きく概念が変わってしまった沿岸部市街地のまちづくりの将来についてと、和歌山国体のあと、その施設を利用してのスポーツ合宿誘致などを含めての取り組みについてを質問した。

特に沿岸部まちづくりについては、自身の議員としての活動のなかでも大きなテーマであり、その思い入れをしっかりと主張する事ができたと思う。

3月に入り、議会、市民相談、又、4月の選挙に向けての準備と、とんでもなく忙しい日が続いている。タフに、全てを全力で乗り越えていこうと思う。

新年、明けましておめでとうございます。本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。 

昨日は商工会議所主催の年賀会と、町内会の祈願祭と新年会を兼ねた懇親会があり、今日は消防出初め式に出席した。毎年この4日と5日の行事から議員活動がスタートするといった所だが、今回の年末年始は、伺った相談が例年よりも多く、役所の仕事初めの昨日、その内容の問い合わせに時間をとられて本当にバタバタとしたスタートとなった。

4月には市議選があり、これから本当に忙しくなってくるが、しっかりと地に足を付け、物事一つずつを丁寧に頑張っていこうと思う。

今回の衆議院選挙、ご支援、応援を頂いた皆様、本当にお世話になりました。有難うございました。

公明党としましては、全国9選挙区、比例代表と併せて、31議席の当選となり、大きな勝利となりましたが、特に、関西においては、6選挙区、比例4議席と完勝させて頂きました。短期間での選挙戦ではありましたが、自分自身も悔いなく終え、そして多くの事も経験しました。又、平素の活動にもどっていきますが頑張っていこうと思います。

重ねてお礼申し上げます。お世話になった皆様、本当に有難うございました。

10月9日、10日とH23年度の決算審議の為の産業建設委員会が開催された。

予め質疑をしようと考えていた、都市計画、中心市街地のまちづくり政策や駅前広場の改修に関わる事、休耕地になっている農地への補助政策、漁業振興の為の稚魚放流事業や水道料金体系の将来の事等々、意見を述べ又、政策要望も行った。

この、建設土木や農林水産業、観光、水道事業などを所管する委員会に来て、二回の決算審議、一回の予算審議を終えたが、自身が今望んでいる政策を要望する作業はある程度終え、出来るかどうかは別にして、市当局にその意図は伝わっていると感じている。

まだまだ、現場を歩いて、さらにそれらに確信を持ち、実現の為に頑張ろうと委員会終了後に思った。

議員になって、本当に驚くような早さだが10年が経った。全く政治の世界を知らずにスタートする中、悔しかった事や、反省すべき事、達成感で感動した事等々、本当に多くの事を経験した。

10年が経ち、自身が立派な議員になったなどとはとても言えないが、ようやく、議会や市当局の状況をしっかりと落ち着いて理解し、どう動くかという事に自分なりに確信が持てるようになってきた。

とはいえ、10年選手となると今度は慣れとの戦いもある。慢心も起こさず、着実に現場を歩いて、一つずつ、一歩ずつ、目標を達成していこうと思う。

田辺市主催の町内会中部ブロックを対象とした、津波避難訓練の防災ワークショップ第2回の会合があり参加した。

7月29日に中部ブロックで大規模な避難訓練が行われる予定になっているが、その前段として、各町内会の役員、自主防災会の役員、民生委員や消防団の代表などが集まり、3回にわたって、避難の場所や経路、問題点などを机上に広げた市街地地図に書き入れながら話し合うというものだ。

市の避難に対する考え方の投げかけは、15分で津波の浸水地域外の高台に避難することを最優先とし、それが間に合わなければ、近くの津波避難の指定ビルに逃げるというものだ。

自分達の「上屋敷、片町、本町グループ」はこの中部ブロックの中でも、最も高台に遠い地域だが、15分での高台避難場所については、多くの方が悩んだ末、会津川をわたって上野山に登る事は避け、闘鶏神社のうらの山からか、つぶり坂から東山を目指すべきという意見だった。そして、15分という時間では間に合わないと判断する多くの方が、避難ビルである、紀南文化、第一小、NTTに行かざるを得ないだろうと予想している。

6月の第1回のワークショップの後、地元上屋敷町内会としても、8つある各区の役員の方を集め、同じ内容の会議を行ったが、それぞれの地区、それぞれの環境のもと、皆さん、相当悩んでおられた。

これだという答えがない作業を、地域現場が行うのはやはり大変な事だ、しかし、こうやって悩む事そのものが大事なんだろうなとも感じている。喧々諤々しながら、意識を高めていきいざ、本番に対処できる力をつけて行くしかない。29日は大事な訓練になると思う。

今日は6月議会の一般質問初日で、午前、自身の出番があった。

今回は3点、避難所としての学校施設機能についてと、津波被害が予想される沿岸部の保育所の将来について、介護保険の保険料返戻サ―ビスについて を質問した。

新しい質問方式が今議会から導入されたため、時間配分がうまくいかず、用意していた原稿を急きょ削るなど、すこしバタバタしてしまった所はあるが、概ね、自分の主張は理解してもらえたのではないかと思っている。

先日、旧市内、西部地域において、大規模な防災訓練があったが、沿岸部保育所の中でも、最も津波被害の危険の高い牟婁保育所が上野山の第三小学校に避難する訓練があると聞き、市、保育所に無理を言って参加させてもらった。1歳児、2歳児などの低年齢児保育を行う保育所がどのように避難するのかをどうしても見ておく必要があると思ったからだ。

朝9時、地震発生と想定、園長がマイクで地震発生を伝えると、保育士が全ての子供を机の下にもぐらせる。保育士さんたちは本番さながら、体を抱えてやり、机の下からはみ出さないように大声で「動いたらあかん」と叫んでいた。マイクで揺れが収まったと伝えられると、すぐに、防災ずきんをかぶせた後、1歳児は保育士がおんぶ紐で背負い、2歳児、3歳児は大きめの避難用の乳母車に乗せ、順次、上野山に向けて出発。

第三小学校下の坂道は狭くて、本番は通れない可能性が大きいため、江川町内から御所谷団地横の整備道路を避難路としており、乳母車を先頭にその坂道を一気にかけのぼっていった。

第三小学校へ全員到着まで11分という道のりだったが、その光景は相当な臨場感で、又、実際の本番、こうスムースに行くものだろうかとの思いも強くした。そして、又、他の沿岸部保育所にいる、生後半年の0才児を避難させる事は、並大抵ではないとも想像した。

終了後、保育士さんや園長とも懇談したが、私が感じたのと同じように、実際、本番でもこうスムースに行くかどうかの不安や、普段の業務中から、いつ起こるかもわからない地震を思うと、いつも大きな荷物を背負っているような不安感があるなどの話もあった。

幼稚園や保育所に通う子供たち、特に低年齢児を含む保育所については、いざ本番、大人が子供を守る以外にないという状況にあり、果たして、保育士さんがその責任を全て負う事が出来るのだろうかと強く思った。

この訓練を見た事は大変、意義が大きかったと思っている。

今日の質問では、低年齢児を含む市内保育所に通う子供の安全を確保するため、又、沿岸部保育所で勤務する保育士さん達の、平素からの、大きな荷物を背負っているような不安感を払しょくするために、行政としては、思い切って高台移転をさせる所や、又、安全を確保できる保育所との合併、又、その入所可能数を他の保育所に振り分け、閉所を考えなければならない所など、将来計画を持つべきだと投げかけた。

昨日、6月議会が開会した。今日は一般質問の通告日だったが、質問内容に確信がなかったり、議会質問としてとりあげるべきか迷った項目が何点もあったりと、通告締め切りの16時ギリギリの提出となった。

今回の質問は、避難所としての学校施設の機能、備蓄などの充実についてや、沿岸部の保育所の今後について、介護保険事業の返戻制度の要望等とした。それぞれ、ここ何カ月か、地域でお話を聞いたり、資料を取り寄せたり、アンケート調査をしたりとその必要性からの取り組みを行ってきたものだ。結局、最も確信のもてる3点について聞くことになった。

先日、田辺市街地の西部地区防災訓練の中で、江川沿岸部にあり、最も、津波被害が心配される牟婁保育所の、うえの山高台への避難訓練があるときき、市当局と保育所に無理をいって参加させて頂いた。0歳児、1歳児を含む子供たちを懸命に避難させる保育士さん達を見ながら多くの事を感じ、その後、他の沿岸部保育所を訪問し、お話を聞いたりもした。沿岸部保育所の今後をどう考えて行くかは喫緊の課題だと感じている。

他の2点の質問も含め、又、今から組み上げようと思う。出番は、22日になりそうです。

津波の被害が予想され、かつ避難するべき高台がない沿岸部にある、民間の建物6棟から、市との協議の上で津波避難ビルの指定を頂いているが、先日、上屋敷にあるNTTのビルで上屋敷、片町、本町の町内会の代表、鍵を預かる役の方、市の防災担当が集まり、実践として門扉を開けたうえ、室内階段を登ってその屋上まで上る機会があった。

NTTには精密機器や守るべき情報が多く、普段は出入りができないのだが、特に、鍵を預かる事となった方達の、自身が門扉を開けるのが遅れる事で、助からない方が出るかもしれないという不安は大きく、特別に今回の実践となった。しかし、とはいえ、地域の誰かがこの役を担わなければならない。

海抜18Mの屋上で、市街地沿岸部をぐるり、360度見回すと、なるほど、ある程度の高さのある建物が良く分かった。アルティエホテル、紀南文化、新しい紀陽銀行、第一小等々・・。しかし、東北で見てきた光景と重ね合わせると、この地域も最悪の場合は、こころもとないとふと思ってしまったが、いやいや、どうあれ、ベストをつくすべきだ。一人でも多くの方に「逃げる」事を啓発し、「逃げない人」を無くさなければならない。

屋上では防災担当課長を囲んで質問会となり、多くの疑問が投げかけられたが、課長はその多くについて毅然と答えていた。昨年の3.11、9月の台風12号を乗り越え、担当は本当にたくましくなったと思った。

まだまだ、地域で取り組むべき事がたくさんある。自分も頑張らねばと思う。

先日、静岡県、浜松市に地震、津波防災について視察研修にいってきました。報告いたします。

静岡県庁

静岡県当局危機管理部より、その取組内容について、予め問い合わせていた、市町村との連携対策、学校防災教育、災害時要援護者対策、地域訓練の実情、災害情報の発信、集団移転の考え方等々について研修を受ける。東海地震、津波に備えての取り組みをはじめてから長く、防災先進県と言われるだけあり、その意識の高さには感心する所が多かったが、やはり、県内各地域の特徴にあわせた具体論には入りにくそうで、地震津波災害に対する防災、減災の主体者は末端自治体にあるとあらためて感じる。

静岡県地震防災センター

平常時には災害に対する啓発、県、市町村職員の研修施設、災害時には災害対策本部の後方支援基地となる防災センターを視察。

津波の脅威を実感できる大きなスクリーンの映像設備や阪神淡路大震災クラスの揺れを体験できる設備、耐震補強の具体的な技術について理解を深められる展示等々、相当な規模の建物だった。この日はちょうど、義務づけられている新人県職員の防災研修を行っていたが、皆、真剣そのものだった。

同行説明をするガイド役の職員さんの情熱も相当なもので、ここにも長年の危機感や、この施設に対する自負を感じた。

浜松市役所

危機管理課より、予め問い合わせていた、避難所、経路、避難ビル等について、避難所の備蓄について、災害時要援護者対策、学校防災教育、県との連携等について研修を受ける。

地震発生からすぐに津波が来るとの想定のもと、長く防災対策を行ってきた事もあり、その施策、メニューの多さ、又、それぞれ一つ一つについてもその規模が大きく驚いた。沿岸部で休校となった学校敷地に、大きな「マウンド」と呼ばれる盛り土による丘を作る計画など、耳にした事の無かった先進地事例などもあった。田辺市での対策施策として参考になる事もあり、今後、いろいろ調べてみようと思う。

2日間の視察研修は有意義なものだったが、先進地がどのように取り組んでいるか最も知りたいと思っていた災害時要援護者対策については、田辺市の状況とさほど変わらないと感じた。

災害時、自身では避難する事が困難な高齢者、障害者の方達をいざという時に地域がその避難を助けるという事を目的とし、その方達の名簿等情報を町内会などに配付、各地域で避難支援を考えておくという事が各自治体でおこなわれている。

個人情報をどこまで守るかなど、相反する議論がありながらも、昨年の東北大震災以降、この対策が定着してきている。

行政側の仕事とすれば一旦、ここまで達成したという事になるのだろうが、しかし、ここにきて、これが地域、町内会などの大きな悩みになっている印象をもっている。

大地震が発生し、津波が来るという時に、自分の命をまもる事を優先するのか、人を助けに行く時間があるのかなどについて、町内会という地域組織が答えを出す事はできないだろう。

本当に難しい問題だが、もっと行政と各地域との考え方に対する議論や意志の共有が必要ではないかと思う。

静岡県でも浜松市でもこの事を掘り下げて伺ったが、担当のかたも大変大きな悩みであるとの事だった。

Twitter
ブログバックナンバー
サイト管理者
田辺市 小川浩樹
ogawahiroki_66_1016@ybb.ne.jp