先日、ある山手の地域の方から、年に一回行なわれる小溝清掃、いわゆるどぶそうじが高齢化により出来ないとの相談があった。昭和40年代に造成された住宅地だが、コンクリート製で厚さ10cmの側溝のふたが大変重く、開ける事が出来ないとの理由だった。
私の住む地域も実は同じような状況で、年に一度のどぶそうじの日は朝一番、少ない男手で、二人でないとさげられないふたを開けてまわり、掃除をして、終わった所から順次閉めていく。それでも人手がないので、毎年全部をやる事は出来ない。何年か前に、意地になって私ともう一人とで全部をやろうとしたが、二日かけても出来なかった。市内にはこういう所が多くあるのだと思う。
視線を近くにすれば、この相談を頂いた地域や私の住む地域のどぶそうじをどうするかという問題で、それを解決する方法を考えなければならない。遠く将来を見ると、この高齢化や、市街地過疎化を政策としてどう解決するかという問題となる。
この件は解り易いが、一つの事柄に対し、目の前にある状況を明日、どうするかという事と、根本的な解決のために十年、二十年先にどうあるべきかを理解する事、両方をしっかりと持ち合わせなければと最近、痛切に感じる。簡単な事のようだが、政治に関わる人の中には将来に対し無責任な人が多いと思っている。又、自分自身もどこまでわかっているのだろうかと思う。
必要以上に世の中の不安をあおって自分達の存在意義を作ろうとするやり方や、日本という国家のみ栄えれば良いという思想が、将来に対し、責任を負っているとは思わない。世の中でおこっている様々な論争やマスコミに振りまわされずに、目の前の事にベストの手を打ち、又、将来に責任のある態度で臨む。自分を含めて、そうありたいと本当に思う。
昨年6月に成立した医療制度改革関連法を受け、H20年度より75才以上の高齢者を対象とした医療制度が都道府県単位で運営される事となっている。この後期高齢者医療広域連合に議会も設けられ、県下30市町村から代表の議員が参加することとなった。田辺市議会としては総務企画委員長が参加するとのことで、和歌山市での初議会に出席した。
私の田辺市での総務企画委員長の任期はこの6月までなので、この広域連合議会への参加は実はこの一回で終わる。しかし、今回は運営のための条例案の採決や、この議会の議長、副議長等を選出するというような内容で、ほとんど形式的なものだった。今後は、制度運営のH20年を控え、保険料や医療給付についての議論を重ねる事となり、意義ある議会になっていくだろう。なんだか、一回だけの参加というのが残念だ。
今回は老人医療という分野での広域連合だが、国としてこのように、市町村単位で行ってきた施策を県一本でやらせるというのは初の試みだと思う。果たして県全体を一本化した制度運営がどこまでできるのか、又各市町村の代表議員で構成するこのような議会は機能するのか、国は市町村合併が落ち着いた後の道州制に向けて、この運営をひとつのモデルとしているのではないだろうか、いや、考えすぎか、などと思っているうちに、その形式的な議会が終わった。
本庁4Fで人権教育推進懇話会があり、現在市が策定中の人権施策基本方針案に対する審議があった。
今回もそれぞれの分野で人権闘争に関わってきた委員さんたちから様々な意見が出たが、文言一つとっても慎重に扱わなければならないこの基本方針について、5回の会議を経て審議終了となった。
今までさまざまな分野の市の基本計画が策定されてきたが、策定自体が目的となってしまっていると感じた事が何度かある。今回の内容は特に、個人の経験によって感じ方の違う、又、非常に抽象的な文言がほとんどで、具体論の難しい分野だと思う。しかし今後、この方針に沿って、実際どういう施策が打たれるのか、その評価、修正を市が行える体制にあるのかが重要だと思う。
10時より総務企画委員会があり、委員会での予算審議の内容を午後の本会議でどう報告するかの打ち合わせ、後、11時より議会運営の委員会、そして13時より本会議、各委員会の報告の後、3月議会にあがっている全ての議案の採決があった。
今議会は政務調査費の問題があり、多くの方と会い、様々な議論をした。又、市民の方からも大変多くの電話もあった。結果として月額一万円を上げるという条例改正案が取り下げとなった事は本当に喜んでいるが、マスコミ報道等、納得のいかない事も多くあった。自分の質問の原稿も進まず、会期中の前半はじりじりするような日が続いたが、調査費問題が決着し、自分の一般質問が終わるとH19年度予算案の審議に集中する事が出来た。終わってみればあっという間でした。
朝、9時より第一小の卒業式に来賓として参加した。今年は例年にも増して本当にいい卒業式だった。
議員になって初めて卒業式に参加したのはH15年だったが、その時、第一小の講堂に入ったのは自分自身の卒業式以来、24年ぶりだった。なつかしさがこみあげ、小学生当時の思い出が鮮明に蘇った事をよく覚えている。以来毎春、卒業式と入学式に参加させて頂いてきたが、いよいよこの講堂を含めた管理棟の建て替えとなり、今回がこの場所での最後の卒業式だそうだ。私が卒業してからでも、28年が経つがその時間が短いのか長いのかはわからない。単なるノスタルジーではなく、目の前の光景を焼き付けておかなければと思った。
まちの外観の、一つの建物が新しく生まれ変わるだけかもしれないが、建設当時は画期的と言われたこの講堂が無くなるという事は、そこに関わってきた多くの人のひとつの歴史が終わるのだと認識しなければいけないような気がした。時と共に、目に見える物全ては変わっていくのだろうけれど、政治という分野に身を置く者として、それらを簡単に扱うべきではないという事を肝に銘じなければなどと考えた。
卒業式から飛躍しすぎたかも知れません。又、何が言いたいのか、文章もまとまりませんでした。
2日間のH19年度当初予算案に対する委員会審議が終わった。午前中、総務部所管の防災に関する予算について質疑が集中した。ここまでやれば大丈夫というような性格のものではないので、当局の意見と、それで大丈夫なのかという議員の意見にギャップがある。担当職員の方々が大変、頑張っておられるが、来るべき震災を考えると、議員側の要望がきつくなるのは止むを得ないと思った。
1年前の予算審議、秋の決算審議で委員会として要望を出していたいくつかの委託業務の契約金額の見直しについて、今回の予算にどう反映されたかの説明があった。4つの行政局(旧町村役場)でバラバラにやって来た事だったが、本庁総務課に音頭をとって頂き、大きく経費削減となった。担当された職員さんは相当苦労されたと思います。有難うございました。
3月議会は27日朝、委員会を行い、午後の本会議での採決で閉会となる。