音楽ホール複合施設賛成派として討論
「仙台市音楽ホール×震災メモリアル複合施設」について議論されています。
建築費が高騰し多くの市民の批判もあります。議会で初めて複合化を訴えたのも、民主音楽協会出身の私です。でも別々に建設されたら、それこそ倍のような費用がかかるはずでしたし、複合化に対する私なりの意義も含めて議会で訴えました。
音楽ホール賛成派として、ニュースにもなっていましたので、賛成討論を全文掲載します。
【賛成討論】
公明党仙台市議団の竹中栄雄です。
議長のお許しを頂きましたので、第14号議案 令和8年度仙台市一般会計予算に対し、賛成の立場から討論を行います。
政令市100万人を超える都市の中で、「2,000席」クラスの劇場を持たないのは、全国で唯一、この仙台市だけという問題があります。尚、仙台サンプラザは多目的アリーナなので除外します。
翻って、浜松・岡山など人口規模が仙台より少ない政令市、また規模がもっと小さい東北6県の主要都市までもが、2,000席クラスのホールを既に整備しています。
東北のリーダーを自負する仙台が、政令指定都市の中でも、東北の中でも、最も低いスペックのまま立ち止まっている。これは、都市としての「深刻な停滞」であります。
しかしながら、建設工事費336億円という試算がここ数年で548億円、そのほかこれまで入っていなかった費用を入れて646億円に修正されたことに対し、一納税者として怒りや戸惑いを感じるのは当然のことです。最後の最後までコスト削減に挑戦することを求めたいと思います。また、入っていなかった費用があとからあとから追加されたことが市民の不信を買ったことに対しては、反省を促すものであります。
その上で、2021年音楽ホール最初の試算時、為替は1ドル110円。議会で建設工事費336億の数字が示された時も130円。それが今では159円であります。
ホールの命である世界最高峰の音響反射板などは、海外からの調達が必須です。さらには国内の「建設資材物価指数」「2024年問題」による人件費が垂直に高騰しています。
建設費に限って比べると、新しい宮城県民会館(宮城県立劇場)は2021年当初予定250億円、現在は面積拡大もありますが、503億円と約2倍を予定しています。国立劇場の建替えは2021年当初800億円から2回の入札不調が続き、現在の試算1550億の約2倍まで来ています。日本の大規模な公共建築は、本市並み以上の修正を余儀なくされています。本市の建設費は、これらの情勢と比べれば抑制的であり(336億→548億)、品質と安全性を、今の日本で死守するために必要なやむを得ない費用と考えます。
ここで「高いから」と立ち止まればどうなるか。
5年後にはさらに物価高騰が進み、「さらなる高額な請求書」が届くことは、火を見るより明らかです。
「今」が、これから先の未来において、この施設を最も安く手に入れられる「最後の日」なのです。
「県も建てるのだから一つでいい」という議論もあります。しかしながら、複合施設が開館する2031年には、仙台市民会館は築58年を迎えます。
戦災復興記念館は築50年。さらにイズミティ21は築44年、日立システムズホール築41年、仙台サンプラザ築40年。これらは、いつまでもつのでしょうか?楽都・劇都仙台から、主要な文化施設が次々と消えていく。この文化の空白をどうするのでしょうか?
政令指定都市の多くは2,000席クラスのホールを複数持ち、見事に使い分けています。過剰な「二重投資」などではありません。むしろ、多様な市民活動や国際公演の需要を考えれば、これこそが「東北の首都」として最低限必要な、文化のセーフティネットであると考えます。
さらに、仙台市が目指すホールは決定的に「質」が違います。サラウンド型で有名なサントリーホールも、札幌キタラも最高の音響ですが、実は本格オペラもバレエもできません。舞台装置を設置できないからです。それがクラシック専用ホールという宿命なのです。
しかし、本市が予定しているこのホールは最高峰の響きを放つコンサートホールでありながら、同時に、プロセニアム型という世界のオペラやバレエを完璧に上演できる巨大な可変機構を併せ持つのであります。この規模では国内初の挑戦であり、世界でも極めて稀です。世界中の芸術家が「仙台でしかできない表現がある」と注目する場所になり得ます。
さらには、ルーブル美術館、世紀の大規模改修プロジェクト「ルーブル新ルネサンス」ファイナリストにもなっている藤本壮介氏の建築という磁力と相まって、仙台のブランド価値を世界基準へと押し上げる。これは数百年の価値を生み続ける「投資」なのであります。
最後に、本事業の核心である「震災メモリアル」と「音楽ホール」の複合化についてです。
人類最古の楽器は、数万年前の埋葬地から発見されています。言葉で処理しきれない「不条理な死」に直面したとき、人類が編み出した最古の精神的なテクノロジー、それこそが「音楽」でした。
古代ギリシャ悲劇のコロス、モーツァルトの『レクイエム』、我が国の『挽歌』、そして東日本大震災の被災者に希望を送ったのもジャンルを問わない音楽・舞台芸術であったことはご存じの通りであります。
また、震災メモリアルにおいて、「記録(アーカイブ)」は、時間の経過とともに客体化され、風化を免れません。しかし、そこに日常的に音楽が鳴り響き、人々が集う空間が重なれば、震災の教訓は単なる知識としての「脳の記録」から、共鳴を伴う「身体の記憶」へと転換されます。
鎮魂の場と、文化芸術の場を融合させること。
それは、悲劇を「過去のつらい記憶」として封じ込めるのではなく、明日を生きる「能動的な希望」へと昇華させるための、文明が生み出した高度な知恵であると確信いたします。
「1000年に一度の震災と、芸術、建築、文化が一体となった施設」が将来の市民から称賛されていることを信じ、賛成討論といたします。
※名前の表記は間違いです×秀夫→⚪︎栄雄ひでお

