岡山市議会議員・竹之内則夫 OFFICIAL WEB SITE

人をつなぎ 未来をつくる

9月19日、祝・敬老の日

未分類 / 2011年9月19日

市議会議員として2期目、敬老会のご案内をたくさん頂戴した。
今日は、地元小学校区での開催日。かくいう私も実行委員会のメンバーの一人として4回の協議を重ね、昨日は関係者が会場設営に集い、最後の確認を行った。
セレモニーに続いて、アトラクションが5演目。約1200世帯となった城東台学区には、実に多くの「達人」がいらっしゃる。
テナーサックスの演奏、バルーンアート、日本舞踊、腹話術、そして学童クラブ「レインボー」のけん玉と、客席からの反応も上々。
学区単位の開催に変更になってから今年で2回目だが、集まるにも、集まった顔ぶれも距離感が良い。
終了後の反省会では、今後の、地域での高齢者サロンについて話の花が咲くなど、実り多い敬老会。
実行委員会のみなさま、お疲れさまでした。

9月18日、台風の合間、岡山市東区民体育大会を開催

未分類 / 2011年9月18日

台風15号が迷走し、開催が心配された区民体育大会だが、蒸し暑いとはいえ、雨の心配がない天気となり、神崎山公園で予定通り開催されました。雨に洗われた競技場はくっきりと美しく、特にフィールドは、岡山市では初めて採用されたティフトン(バミューダスラス)が色鮮やかでした。いままで岡山市のグラウンドでは野芝を使っていたので、管理上、グラウンドの使用制限を厳しくしなければならず、多くの利用者にご迷惑をかけていましたので、改善の第一歩となりました。
参加者はみなさん意気盛んでしたが、ひとつ気になったのは、以前からの「西大寺」の枠がなかなか外れないことです。今回は「瀬戸」からの参加がありましたが、依然「上道」5小学校区からは参加がないままとなっています。東区全体の交流を深め一体感を醸成するためにも関係者の一層のご努力に期待したいところです。

9月6日、定例市議会、18回連続で初日に質問

未分類 / 2011年9月7日

13年ぶりに岡山を直撃した台風12号は、岡山市内だけでも浸水家屋4500棟を超える大きな被害をもたらしました。東区では山南地域で浸水がありましたし、多くの道路が冠水しました。
また砂川も5mを超え危険水位に達し、改めて河川堤防と排水機能の脆弱さを浮き彫りにした台風でもありました。9月議会の冒頭、しっかり対策に取り組むよう申し上げ、個人質問に入りました。
以下、その報告をいたします。

1.公有資産の管理・運営と市民視点の行政

(1)岡山市デジタルミュージアム
市長から岡山市デジタルミュージアムへ、戦災資料の常設展示を行うと表明がありました。「戦災資料の展示には、デジタルミュージアムが望ましい」という判断は、「デジタルミュージアムは戦災資料の展示に使うのが望ましい」という判断とイコールではありません。前者はあくまで「部分最適」です。「全体最適」の視点、つまりデジタルミュージアムという、岡山駅に隣接する好立地の56億円かけた施設を最も有効に活用するための議論こそ先行するべきだったと私は考えています。端的に言えば「もったいない」ということです。
平成28年までは起債の償還という足かせがありますが、しっかりと煮詰めた議論で再設計ができた暁には、戦災資料の展示の移設もありうるとの答弁に矛を収めました。
(2)新規コンベンション施設
次に、㈱林原の所有地に、新規コンベンション施設を建設したいと市長が表明した件です。今の施設は規模が小さく、思うように誘致が進まなかったことを思えば、いい判断だと思います。ただ、コンベンションの経済効果やメリットが、市民にもっと伝わるよう努力を求めました。
また、林原駐車場が再開発された場合、既存の機能が欠落する恐れがあります。例えばバス駐車です。現在、観光バス22台分の駐車スペースがありますので、リスクヘッジも含め対応を求めました。
(3)指定管理者制度
岡山市は「岡山コンベンションセンター」「ママカリパーキング」の初の指定管理者公募で、候補者に第3セクターであり外郭団体である、株式会社岡山コンベンションセンター(以下OCC)を選定しました。
選定を行った検討委員会のメンバーは、全員市の職員です。今回のように、市との関係が浅からぬ企業が選定されれば、いくら適正に審査が行われていても、疑いの目で見られます。
「市の施設の管理者を市の職員が決める」、一見何事もなく通り過ぎそうなルールですが、公平・適正に審査するのと同じくらい、市民が公平だと感じられるかどうかが重視されるべきです。
透明性を高める改善を求めたところ、「できるだけ早い時期に結果を出すように努めたい」と、前向きな答弁がありました。

2.地域で支えあう仕組みづくり
今秋、2010年国勢調査の数値が発表されます。今回は5年前の数値を使いましたが、高齢化や孤立化(単身化)が速いスピードで進んでいます。
例えば、10年間で高齢者の単身世帯は2倍近くに増加し、人数では1万人近くの増加となっています。
また、晩婚化・未婚化及び離婚増で、35歳から64歳まででは男女とも4人に1人近くは配偶者がいません。結果、世代間扶養(家族内扶養)の基盤が崩れているのが見て取れます。
では、どうやって支えるのか。データから見る限り、支えあう解決策は家族をつくること。でなければ住まいを家族型・開放型にすることです。他人をつなげるのは行政の仕事だからです。
(1)住宅政策について
待ったなしで「お一人様」が増えているということと、それを支える住環境がどんどんミスマッチを起こしてくる、というのがこれからの社会の課題です。行政が民間をリードしないと、こういう構造的な大きなカーブは、舵を切れません。
集合住宅の中に、ダイニングキッチンや庭など、相互に交流し、支え合うことのできる共有スペースを設けるには財政支援が必要です。また戸建て住宅の多いエリアには交流拠点となるコニュニティスペースが必要です。整備するよう求めました。
(2)地域での支えあい事業について
社会福祉協議会が概ね月に一度、高齢者サロンを開いています。ありがたいのですが、こうしたイベントを日常(例えば週5日)へと拡大していかなければ、これからのお一人様社会は介護でパンクします。なぜなら、在宅介護が成立しないからです。
その予防事業が、「自宅で、一人で過ごさない日常を提供する」サロン事業です。だからといって、それを地域で頑張ろう、というのは負担が大き過ぎて現実的ではありません。どうしてもある程度の専門性や事業という仕組みが必要になってきます。だからNPOなんです。それをやってる灘崎の「なんだ村」を紹介しましたが、ここは別格です。よほどしっかり支援してあげないと、「なんだ村」の後には続けません。
サロン事業を行うには、居場所、つまり、集まって半日過ごしていただく「おうち」が必要ですが、NPO法が改正されたとはいえ、NPOの運営は資金面が厳しいのが現実ですから、それが利用料に跳ね返ったら本末転倒になってしまいます。
そこで、空き家の改修費を補助しませんかという質問をぶつけました。「集会所を作る補助を活用していただきたい」という答弁でしたが、それじゃあダメに決まってるじゃないですか。今までやっていない、そして、これからは必要になってくる事業ですので再度、副市長に迫りました。「福祉部門と地域部門が連携して検討していきます」と、一定の認識はしていただいたようです。

3.道路まわりの維持管理
(1)道路脇、法面
各町内や農家では道路脇や田んぼの畦の草刈りは頭痛の種ですが、行政も政令市移行で国県道が増え、手を焼いています。そこで、維持管理の負担を軽減する手法として、県内でグランドカバープランツ(地面を植物で覆う)事業を視察してきました。
センチピードグラス(和名:むかで芝)などの種子を吹き付けるのですが、草丈が低く(センチピードグラスだと伸びても10~15cm)、水遣りや施肥がほとんど不要、地面を覆う力が強いので2~3年でほとんど他の雑草の侵入を許さないなど管理が楽に済みます。ただ、吹き付け前の除草と、最初の1~2年は侵入した草の高刈りなどの管理が必要です。

効果の検証と併せ、やり方のノウハウを岡山市の職員が取得できるよう、試行的な取り組みを求めたところ、前向きな答弁が返ってきました。成果を期待しています。
(2)側溝、排水路
側溝や排水路の掃除も労作業です。地域が高齢化していること、蓋をしたり暗渠が増えたことなどで掃除されずに放置されたままの個所が増えています。このままでは豪雨の際、排水の障害になります。
特に東区は支所時代から地域のみなさまに清掃していただきましたが、他の区は仕事として掃除する部署を持っており、格差構造が今も続いています。
これを予算実績面から指摘するとともに、これまでの経緯に鑑み、今後の側溝、排水路管理のあり方を改善するよう求めました。

8月21日、公明党中国夏季議員研修会が岡山市で開催

未分類 / 2011年8月21日

恒例の夏季議員研修会が今年は岡山(プラザホテル)で開催されました。
「晴れの国おかやま」は皮肉にも雨でしたが、178名の議員が集い合い、午前中は3つの部会に分かれて、午後からは合同研修を行いました。
私は、午前は拓殖大学地方政治センターの竹下譲先生を講師に迎えての「議会改革」の講義を受講しました。
「議会報告会が行政報告会になってしまわないように」、「議会基本条例をはじめとした様々な議会改革を断行したのに議会は何も変わらなかったということにならないように」と、事例を通してアドバイスをいただきました。
まさに「議会改革等推進会議」の委員として取り組みの渦中にあるだけに、「議会が住民に行政の問題点を提示する」必要があるという指摘は、今行っている議論を立ち止まって再検討する必要性を痛感させられました。どうやらステレオタイプなマニュアルに乗っかって議会改革という工程を消化することに流されていたようです。
また午後からは斉藤鉄夫幹事長代行、石井啓一政調会長を党中央から迎え、2013年に向け新たな決意で出発の会合となりました。

8月20日、わが地域では夏祭が真っ盛りでした。

未分類 / 2011年8月21日

岡山市での区づくり推進事業(交流部門)の補助を受け、昨年から小学校区単位での開催が増えた夏祭りですが、わが地域ではこの20日が真っ盛りでした。
12時半からは、第26回を数える「ぶどうの里・古都ふれあいまつり」、15時からは「第2回平島振興まつり」、16時からは「第2回うきだ振興まつり」、そして17時半からは「2011城東台夏まつり」が開催されました。
岡山市内は前夜から涼風が寝苦しさを和らげてくれましたが、当日は午後からの降水確率が50%と開催を危ぶむ声も聞こえ心配しました。しかしありがたいことに大きな崩れはなく、それぞれの実行委員会や関係者の苦労が報われて、むしろ過ごしやすい交流のひと時となりました。
また会場では、山陽新聞社のご協力で「さん太号外」がその場で作成され、即配布となり参加者にも大変好評を博していました。
ご年輩からは「こんなにたくさん子供たちがいるんだなあ」といった声が聞かれるとともに、多くの子供たちが世代間交流を楽しんだ一夜でもありました。

8月18日、和気町へ芝生吹き付けによる環境整備事業を視察

未分類 / 2011年8月20日

河川の土手や道路の法面の草刈りに要する行政コストが次第に増加していることから、解決策としてグランドカバープランツによる法面等の維持管理手法を調査することにしました。
今回はその1回目として、センチピードグラスを利用した環境整備事業を行っている和気町を視察させていただきました。

和気町では、上下水道局所管の排水機場3か所の空き地の維持管理(雑草対策)として、従来はシルバー人材センターに委託して年2回の草刈りを実施していたが、年2回では実態は伸び放題であり、近隣住民からの苦情、空き缶等ゴミの投げ捨てが散見されていたため、維持管理及び環境整備の手間とコストの低減方法について検討した結果、
①芝生の中でも雑草を被圧する効果が高く、また乾燥に強いため水やりに手のかからないという理由で「センチピードグラス(ムカデ芝)」を採用。
②また、植え付けるよりも簡易な吹き付け法を採用。
2010年6月に、曽根、本荘第二、初瀬の3排水機場(計4600㎡)で実施されていました。
種子吹き付け作業は愛媛県西条市の㈲だるま製紙所、経費は1000㎡当たり35万円とのこと。
拝見したのは、本荘第二、初瀬の2排水機場の約1年たった状態の芝生です。
遠目からはきれいに生育しているように見えましたが、排水機場に入ってみると、まだ地表を覆うまでには至っておらず、一部では雑草が芝に勝って伸びているところもありました。
経緯をお聞きし判ったのは、種子の吹き付けの前後で思った以上に準備・管理が必要なこと。
まず準備では、前年秋、春、吹き付け直前と、3回にわたり多年草の雑草を除去するための除草剤の散布が必要(前年秋と春の除草後は焼却も)。事後には、1年目と2年目はセンチピードグラスより背丈の高い雑草が繁茂した場合は高刈り。そしてセンチピードグラスが地表を覆うまでは春先・梅雨時期・秋雨前の施肥が有効との情報(手間がかかるということです)。
成果をどう見るかですが、コスト面だけで見れば従来手法よりもコストダウンとなるには10年以上のスパンで考える必要がありますが、課題解決の視点で言えば、順調に生育すれば、明らかにメリットがでてきそうです。
これを岡山市でやるとすれば、同様の広場や空き地については検討しても良いと思われますが、視察目的である河川の土手や道路の法面への整備事業となると、すでに生えている雑草や低木の処理などの課題が(平地よりも)あるため、法面での事例等の調査・研究が必要と感じて帰りました。また、視察の道中で教えていただいた同町都市建設課の事業で、河川の法面の除草に際して、和気町が乗用草刈り機を購入し、区(自治会)に貸し出して刈っていただいている現場と草刈り機を見てきました。ボランティアですので、今後地域にお世話になりながらということではありますが、こういう事業もベンチマーキングの価値があると思われます。

8月3、4日、岩手県大船渡市へ

未分類 / 2011年8月13日

①被災地
レンタカーで一ノ関から大船渡へ(約76km)。山越えが続き、残り18kmでスギ林の一列目が上部を残して茶色く枯れているのと、その先の平地が一面の瓦礫になっている光景が同時に目に飛び込んできた。陸前高田市である。建物はほとんどなく、たまにコンクリートの構造物が壁面を残して無残な姿を晒している。
しばらく走ると海沿いに出た。水没したままのスタジアム(野球場)と5階建てのうち4階までが破壊された雇用促進住宅が津波の高さと凄まじさを物語っていた。
大船渡市に入る。津波浸水想定区域の看板が目に入る。信号は復旧しておらず、警察官が交通整理をしていた。

②大船渡市
佐藤議長、三浦議会事務局長より、市民が撮影した「3.11」映像を15分ほど見せていただく。当日は議会中だったとのこと。
スピーカーから市民に津波を知らせるアナウンスは「3m」。あまり緊迫感のない声。しかし間もなくスゴイのが来た。自動販売機が浮き、家屋が浮く。映像とともに、悲鳴が収録されている。高齢者の男性の声。「止めてくれ」「止めてくれ」と何度も叫び声。引き波の頃には「防波堤が何だ!防潮堤が何だ!」と力ない声に変わる。
実際、8/3の海には湾口防波堤は影も形もなかった。
続いて生活福祉部のお二人に状況をうかがう。
津波浸水想定区域は概ね逃げた。しかし過去被害を受けずに済んだ区域が犠牲になった。
避難は家族・近所でなされた。行政が行ったのは、まずは避難所での飲み食いの手配。保健センターも地域包括支援センターも、医療や飲食などのそうした緊急的な役割を担った。
高齢者などの安否確認は約1週間後。主に担ったのはケアマネージャー(担当の30~40人を確認して歩いた)。
医療については、市内の医療機関は診察できない状態だった。しかし、全国の自治体から医療チームがどんどん入ってきたおかげで助かった、薬の手当てもできたとのこと。透析患者も最悪の事態は免れた。
また、約3000人いる障がい者については、安否確認と居場所確認は相談支援事業所(8/4訪問)に委託。自治体の判断でリストを出したとのこと。
避難所等での状況は保健師さんが対応。聞けば、やはり車や自宅へと移った方がいたとのこと。
災害弱者支援についての課題をお聞きした。
ひとつは個人情報保護法の壁。災害救助法の適用で、初期医療の際には個人情報の提供が可能だったが、心身両面にわたりボランティアの支援が入る際に、より効率よく支援する上で必要な情報が出せないこと。
もうひとつは福祉避難所。震災後指定し設置したとのこと。事前に指定あるいは民間との協定などしておく、あるいはいざという時に運営してくれるNPOを確保しておくべきだったとの感想をうかがった。(事前に指定していると、すぐに埋まってしまうことがリスクにもなるので、避難所に行って、そこでは難しい方を福祉避難所に、という方が実際的かも知れない)
③社会福祉法人典人会
応対してくれた熊谷所長。自宅も実家も流された。明治29年三陸地震、昭和8年三陸地震そして昭和35年チリ地震、大船渡の人間は海の近くに住んでいれば覚悟はしていた。それでも漁業を生業としている以上、高台という訳にはいかなかったとの言葉が胸に迫り痛々しい。(昨日の志田主幹も家を流され娘を亡くされていた)
さて、この地域密着ケアホーム、グループホームと小規模多機能ホームからなっており、普段から夜間の防災訓練なども実施していた。また運営推進会議を活かし、地域の盆踊りを復活させるなど、ホームを拠点に地域とのつながりを構築してきた。
この震災では、ライフラインが寸断され情報はラジオだけ、生きていることさえ伝えられなかったという。施設はオール電化だったためお手上げ。
しかし、今までの地域密着サービスが力を発揮し、ご近所が釜持参で炊き出しに来てくれる一方、定員を越えて罹災要援護者を緊急受け入れ。地域の避難所となった。
ここでも課題をお聞きした。
ひとつは、情報についての行政の対応の鈍さ。
例えば、ケアマネージャーも保健師もよくやっているが、タテ割りで情報の共有ができない。また、現場の声、課題をすくい上げに来ない。結局、市長に現場から懇談会開催を要請したそうです。
もうひとつは、政府が震災後に出した特別措置。施設サービスのみが対象となっており、地域密着型サービスが外れているため、食費や居住費などの利用者負担に格差が生じており、特に、震災で利用者もその家族も収入が激減していることから、困っているとのこと。
④社会福祉法人大洋会
こちらは障がい者について。
前述したが、こちらは相談事業所として安否確認などに当たった経験からいくつか課題を指摘していただいた。
まず避難所については、学校がバリアフリーになっていないこと、また集団の中で災害弱者への配慮が不十分との指摘。
次に、情報収集と情報共有についての行政の課題。
漏れた点では、避難所は学校だけではないこと、支援にはいろんな団体が入っていること。こうした認識が不十分と見えて、例えば行政が開く連絡会から福祉事業者や民生委員などが漏れてしまった。
また加えて、調整・コントロール機能にも注文が。例えば仮設住宅には、今日は○○、今日は○○、今日は○○と連日同じ所に別のNPOが入っていく。これには入所者がうんざりしている。

岡山市には、15万人の高齢者、3万人の要介護・要支援者、3万5千人の障がい者が暮している。こうした災害弱者と目される方々の支援をしっかりと行うためには、ひとつは「ご近助のパワーアップ」、もうひとつは行政の情報能力の向上が重要。大船渡市での課題を本市で検証しながら対策を講じたい。
尚、大船渡市議会の森みさお議員(公明党)には大変にお世話になりました。ありがとうございました。

同級生が地域再生への取り組みに汗を流す

未分類 / 2011年7月31日

道端の田んぼにのぼり旗がたなびいている。のぼり旗には「笑顔あふれる矢津(やづ)の里」と染め抜かれている。
炎天下に麦わら帽子で首にタオル。しばらく会わないうちに日焼けした顔で(以前よりスリムになって)笑う。
彼は旭東中学・西大寺高校の同級生。企業で広告や営業に携わったのち、今は起業し、一方でぶどうやワインをつくりつつ、今また手探りで地域起こしに取り組む最中とのこと。
農業あるいは田畑を資源とし、外に向けてモノを売るのでなく、矢津を発信し矢津に来ていただく仕掛けをさぐってのトライのひとつが写真のひまわりだ。
ロシアひまわり。ロシアではひまわりが放射能汚染を20日で95%除去したという記録が残っているそうだが、これは今回の原発事故の話ではない。私たちの世代でロシアひまわりといえば、ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニの「ひまわり」のオープニング曲。
彼の植えたひまわりの種は、5月の長雨でほとんど腐ってしまったそうだが、生き残ったヒマワリの花(顔)にはシュールなのから愛嬌のあるのまであって可愛いと彼は云う。種が枯れた田んぼではナツアカネが舞っており、里山と畑と田んぼが、これからの彼の頑張りを支えてくれるかも知れないと、根拠のない想念にかられてしまった。
しかし、感傷ではなく、頑張ってもらいたいと強く念じた。
普段、私のブログは自分の活動だけを報告しているが、今回は、確かに彼が「笑顔あふれる矢津(やづ)の里」を創めたことの証人として紹介させていただいた。ちなみに彼の名は石村正彦君。頑張れ!

7月31日、「市政フォーラムin東区」を初開催

未分類 / 2011年7月31日

7月31日、朝10時半から、西大寺の百花プラザで「市政フォーラムin東区」と銘打って市政報告会を開催しました。
東区選出の公明党議員は私一人ですので、運営は第二総支部の笹井県議、中原市議、林市議にお世話になりました。
また応援弁士には則武岡山市議会議長と谷合参院議員に駆けつけていただきました。
一方、ご来賓として地元東区選出の岡崎県議(自民党)と兼松・岡山市連合町内会長にご臨席を賜りました。
当日は、党員のみなさまをはじめ、東区内の連合町内会長、単位町内会長、瀬戸町の区長、交対協、青少年育成協議会など地域で貢献されている方々が出席して下さいました。
一つには議会改革が論点になりましたが、則武議長が改革の意欲を示しつつ議会の役割について見識を披露され、私は、岡山市内でも真っ先に高齢化を迎える東区の課題や学区別の健康づくりなど、行政・議員・地域がどの役割を担っていくのか、貢献できるのかをデータを示しながら話させていただきました。
今後2回3回と回を重ねつつ、より地域へと広げてまいりたいと思います。

7月26日、清家塾長をお迎えし、岡山県三田会が開催されました。

未分類 / 2011年7月27日

7月26日、ホテルグランヴィア岡山で、岡山県三田会(会長武田修一先輩、30年経済学部卒)が開催されました。
今回の講演で清家篤塾長は、東日本大震災に言及され、福澤先生が明治の地震や津波の災害にいち早く義捐の活動をされた史実を紹介され、実学・公智・徳心により、日本の復興と再生のために慶應義塾が貢献していかなければならないと訴えられました。以下がその要旨です。
◆実学
福澤先生は実学ということを強調しましたが、サイヤンス(中津弁でなまっていますがサイエンスのこと)とルビを振ったことからも分かるように、実証可能な科学ということでありました。実証的な学問にもとづき考える能力を養うことをなによりも大切にしたわけです。
大きな変化のときには過去の延長線上でものを考え、問題を解決することはできません。その意味でも、実学はこれからの日本の経済社会の回復とさらなる発展のためにも不可欠です。
◆公智
社会や組織のリーダーとなるような人たちには、そうした自分の頭で考える知力によって、社会や組織を正しい方向に導く間違いない判断力が求められます。どんな場合にも希望的観測や精神論などに走らず、冷静、合理的にものごとを判断することのできる知的強靭さです。福澤先生はこれを公智と呼びました。つまり知と徳をさらに私と公すなわち「わたくし」と「おおやけ」に分け、私智、私徳、公智、公徳の四つとしたとき、私智というのは勉強ができるといった私的な知、私徳というのは律儀といった私的な徳であるのに対して、公徳というのは人に対して公平であるといった対外的な徳義、そして公智というのは、重要なことを先にそうでないことを後にするような、ものの軽重大小を見分ける判断力であるとして、この公智を聡明と大智ともいえると言って重要だと述べています。
◆徳心
困難な状況を乗り越え、あらたな発展を目指すためには、実学にもとづく人の知力、そして公智の判断力が重要であります。しかしそれだけでは十分ではありません。もうひとつ大切なのが災害などにあって困難な状態にある人を思いやる同情心で、福澤先生はこれを「徳心」として強調しています。明治の時代にもやはり三陸沖で起きた地震で大津波の被害がありましたが、そのときにも福澤先生は『時事新報』などで救援のキャンペーンをはり、大々的に義捐金などを募っています。興味深いことに同時に福澤先生は、合理的に考えれば、本格的な政府の出動が無ければ被災者を救うことはできないと冷静に判断しています。にもかかわらず一方で義捐活動を積極的に展開したのは、福澤先生がそれを「人の徳」の問題、つまり人を思いやるモラルの問題であり、それなしには人間社会は成立しえないと考えたからです。
◆まとめ
このように福澤先生の示された実学・公智・徳心を紹介され、
最後に、イギリスの経済学者アルフレッド・マーシャルの「Cool Heads & Warm Hearts」を引き合いに、実学・公智はクールヘッド、徳心はウォームハートであり、全く符合していると、労働経済学がご専門の立場から指摘をされたうえで、これからの日本の発展への塾生、また卒業生への期待で話を結ばれました。
尚、東京から山本博司参議院議員(52年、政治学科卒)が出席されました。