検索結果: あきひろ日記
  • Home
  • あきひログ
  • プロフィール
  • 政治信条
  • 政策づくり
  • 安全実績
  • 安心実績
  • 議会活動
  • 地域活動
  • 応援song
  • 自由帳
  • ごきんじょニュース
  • +プラス
  • 広報活動
  • あきひろ物語
  • Home
  • あきひログ
  • プロフィール
  • 政治信条
  • 政策づくり
  • 安全実績
  • 安心実績
  • 議会活動
  • 地域活動
  • 応援song
  • 自由帳
  • ごきんじょニュース
  • +プラス
  • 広報活動
  • あきひろ物語

お見舞いに

2018年9月16日

あきひろ日記 台風被害の山間部

20180916_052152959_iOS台風21号の影響で市の山間部が大変な状況だと聞いていましたので、府道6号・枚方亀岡線をオートバイで上がり、原・樫田の知人のお見舞いに。途中、小雨が降ってきたのでカッパを装着。

併せて、台風被害の状況確認のため樫田トンネルを超えて杉生まで。走行中、府道から見えるのは出灰周辺の広範囲に渡る倒木。大変な状況でした。

交通規制について、枚方亀岡線は交通規制解除になっていましたが、まだ、来週から道路維持修繕工事をされるところや、市道樫田2号線(出灰)は倒木等により通行できない状況のようです。

地域の生活が第一。適切な対応を願うところです。自宅から杉生まで263kmの距離。市域全体の一日も早い復旧をお祈りして

月齢17・7

2018年8月30日

あきひろ日記 今夜のお月様

20180829_125657619_iOSこの夏、大阪市立科学館のプラネタリウムを見学した時に、自分でつくれる35mmの望遠鏡を。簡単につくれました。昨晩は、この望遠鏡の初使用。団地のベランダへ。火星は場所の問題で見れず、星も。

望遠鏡を洗濯機の上に乗せるとちょうど角度的にお月様が。(あきひログ:今夜の星空は)

子どもの頃のようにワクワク感いっぱい。月のクレーターが黒く、感動のお月様でした。調べてみると、この日のお月様の月齢は17・7だとか。

月齢って? 資料によると、月の満ち欠けの状態を知るための目安になる数字だとか。新月から何日経過したかを表しているそうです。

新月を0として、翌日が1、翌々日が2と、1日に1ずつ数が増えていくそうです。月齢の数値を見ることによって、月齢が7前後であれば上弦、15前後であれば満月、22前後であれば下弦、30に近い数字であれば次の新月が近いということを知ることができるようです。

また、新月というのは太陽と月が同じ方向になった瞬間のことで、〇月の新月は〇日の〇時〇分とすると、それから何日経過したかが月齢の数値にあらわれます。

一方、ある日の月齢を表すときに、普通は正午月齢といって、その日の正午の月齢で代表されるよう。しかし、月齢を数え始めるのは新月の瞬間からですので、正午における月齢を計算しようとすると、24時間未満の端数が出てきてしまいます。1日を1としてその端数を表現するために、月齢の値に小数をつけるということのようです。

簡単にいうと、三日月、半月、満月、半月、三日月の変化ですよね。ちなみに、満月の瞬間の月齢は13・8から15・8の間。変動するそうですが。

会合の帰り道に見た、赤く大きなお月様。満月が過ぎて右の方が少し欠けているようでした。地球からの距離は384,400 km、人類はアポロに乗って着陸したんですね。

もっと知りたくて

2018年8月21日

青空がいっぱいの日に自然史博物館へ

先日の「あきひログ」でご紹介させていただきましたが、あきひろ日記「夏の自由研究」大阪平野は海だった・・・けど「水の都大阪の歴史」で旧石器時代から弥生時代くらいまで、大阪平野の地形の変化を調べました。今回は、もっと知りたくて、先日、大阪市立自然史博物館(大阪市住吉区長居公園)を見学してきました。

20180817_034752285_iOS博物館、入口の「ケヤキ」が印象的で。「槻」のこと。

地球誕生からの生命の進化、大阪を中心とする地形の変化、現在の大阪の自然等々、興味深い資料がいっぱい。この、“あきひログ”では気になった資料を年代ごとに整理してみましたので、よろしければご一読を・・・

46億年前
地球の誕生から

1500万年前
この頃、西日本では今の東海地方に浅い海が。中国地方には、ところどころ湖が。山陰地方から東海地方にかけて瀬戸内海のような浅い内海が広がっていた暖かい海。

260万年前
南極大陸などを氷河が広くおおう氷河時代。寒い氷期と暖かい間氷期を80万年の間は10万年周期で寒暖の差が激しくあったよう。氷河の量が増えると海水が減少、陸地が増え島と島が陸続きに。間氷期には海水が増え、陸地が狭く。生き物も気候や地形の変化で分布を変化。

大氷河時代には人類が出現。

20180817_045630107_iOS43万年前
氷期、ナウマンゾウ(2万年前滅びる)、中国大陸から日本列島に、津軽海峡が一時的に凍ってできた「氷橋(ひょうきょう)」を渡って。

15万年前
旧石器時代、上町海。気候は寒、涼、暖を繰り返す。

12万5000年前
間氷期、上町台地は海の底。上町層が堆積し、その後、上町断層(西側に上町断層、南北にのびる)の活動により東側の地形が高く。

7万年前
最後の間氷期。最も暖かかった12万5000年前は海水が現在よりも5~7m高く。枚方や生駒山地のふもとまで海。上町台地にこの時代の海にたまった地層が発見されていることから「上町海の時代」と呼ぶこともあるとか。

2万3000年前
最終氷期の中でも最も寒かったころの大阪平野は、古大阪平野と。現在よりも起伏に富み、丘陵や小高い大地・段丘の中を古淀川、古大和川が流れていました。海岸線は、紀伊水道あたりで、旧石器人は陸地だった大阪湾でゾウやシカ狩りを。

寒冷な氷期、現在よりも平均気温は7℃くらい低い、当時の海面は、今より120m低く、大阪湾も瀬戸内海も陸地。ナウマンゾウやヤベオオツノジカ生息。

20180817_042835164_iOS朝鮮海峡や津軽海峡は陸続き、大阪湾や瀬戸内海は陸地。

1万年前
縄文時代。古河内平野。最温暖。

5500年前
縄文時代には、現在の河内平野の奥まで海が。河内湾。海は退き、川が土砂を運びこんで、河内湾を埋めていく。河内湾の入口は狭くなり、弥生時代中ごろ(2300~2000年前ごろ)には、河内湖と呼ばれる湖に。人々は水田をつくるため低地に進出。たびたび洪水に。

弥生、古墳時代へ

古河内平野の時代
気候が暖かくなるにつれて、しだいに海面上昇。上町台地より西は海、大阪湾に。東の古河内平野は陸地。

河内湾の時代
現在よりも暖かく、海面は少し高い。古河内平野にも海が侵入、河内湾へ。

5000~6000年前、海面が高く、大阪平野は上町台地を半島状に残して海に。この時、海の波で半島の西側は削られ崖に。(現在の天王寺周辺に上町台地の崖がみられるとか)、断層によってできた「海食崖(かいしょくがい)」

河内潟の時代
上町台地の先端から北へ砂州がのび、河内湾の入り口が狭く。湾の奥は淡水化して潟に。淀川と大和川が運んだ土砂がたまって低地に。稲作が行われる。

河内湖の時代
砂州は北へ。海水が入らなくなり河内湖に。その後5世紀、洪水対策で難波の堀江が掘られる。河内時代のなごりは、江戸時代まで。深野池、新開地として残る。

20180818_021252594_iOS現代(進み過ぎ?)
1800年代の高槻市の古地図を発見、高槻村、高槻城を発見。2000年代と比較してみて密集度合が大きく変化してきたことがわかります。

感動の連続。地球誕生から気が遠くなるような時間の経過。温暖や寒冷の気候による海面と陸地の変化、繰り返し、生命の誕生と移動、ヒトの生きる知恵など。そんな環境の変化の上に今があると思うと。

未来はどう変わっていくのか。どうすべきなのか。守ることが・・・

今夜の星空は

2018年8月16日

あきひろ日記「赤く明るく輝く火星」

20180810_054443158_iOSお盆を過ぎれば暑さは和らぐ? 猛暑のピークは越えたといわれていますが、予想では、9月中旬ごろまで平年より気温の高い日が続き残暑は厳しいそうです。引き続き、熱中症には気をつけていきたいと思います。

先週、大阪市立科学館のプラネタリウムを見学してきました。何年ぶりかな?

題名は、「眠れなくなる宇宙のはなし」と「注目! 火星大接近」、暑い夏の夜は、星空を見上げて夢を広げるのもいいかもしれませんね。

会場内の風景は、通天閣やあべのハルカスが見られ、南の空となっていました。太陽が沈むと、火星、土星、木星、金星が一堂に。この日の夜8時頃も、4つの星が一堂に見れると説明されていました。

注目は火星の大接近。およそ2年2カ月ごとに地球に接近し観察の好機を迎えるそうですが、それが、先月の7月31日夜の9時頃だったそうです。

赤く明るく輝く火星、地球の間の距離は5,759万キロメートル、2003年以来15年ぶりの大接近。今は少しづつ離れていってるのでしょうけど、9月上旬まで観察できるとか。

太陽を中心に、地球の公転周期は365日、火星は687日。2年2か月、地球が追いつき追い越す瞬間が、今年は7月末だったようです。ちなみに、今年一番遠かったのは1月1日、3億万キロメートルだったとか。楕円を描いて回っているんですね。わずか8ヶ月で約6千キロメートルまで。思わず頭の中は、水・金・地・火・木・土・天・海と・・・

火星は、硬い岩石の地表を持った惑星で、赤く見えるのは、その表面に地球のような水の海がなく、地表に酸化鉄(赤さび)が大量に含まれているためだとか。また地球と同じように太陽に対して自転軸を傾けたまま公転しているので、火星には季節があるらしいですね。生命体は???

夏の夜空には、はくちょう座、こと座、わし座の夏の大三角、また、天の川をはさんで一年に一度会うことを許された、こと座の織姫、わし座の彦星なども。他にも、さそり座、へびつかい座、いて座、てんびん座など南の空いっぱいに。

この日は、帰宅後、ベランダに出て眺めてみましたが、たぶん火星だと思います、明るく輝いていました。他の星々は、残念ながら見れなかったですが。

今夜はどうでしょうか・・・雨でした。残念。では明日。

追伸、宇宙は広がり続けているそうですね。夢も広げて。考えると眠れなくなります。

ゴロゴロと雷鳴が

2018年8月13日

あきひろ日記 夕立でしょうか

20180813_022523968_iOS新しい月曜日、午前中はいい天気でしたが、夕方には雷鳴が。天気予報を見直すと18時頃は雨マーク。皆さんお気をつけくださいね。

辞書を見ると、雷鳴とは、雷の電光に沿って大気が急激に膨張するために発生する音だとか。

一瞬の間に温度は 3万℃程度にまで上昇し、その結果気圧の衝撃波が発生し、空中を伝播する。これが雷であると。雷がよく聞こえるのは稲妻から約 15kmの距離までで、普通は 25kmで聞こえなくなり、最大でも 40kmまでしか達しない。

15kmだと北は京都市、西は箕面市、南は四條畷市くらいですかね。スマホのアプリでは、大阪府北部の可能性があると。雷放電そのものは 0.5秒以下というごく短時間の現象だとか。

ところで、「地震、雷、火事、親父」と、世の中で特に怖いとされているものを順に並べたことばがありますね。地震の次に恐れられてきたのが雷。さらに火事、親父と続きます。確かに昔は怖かった。

また、最後の親父は、台風を意味する「大山嵐(おおやまじ)」が変化したという説もあるそうです。俗説とも。現在、台風15号が日本に接近しているようですが。

親父の代わりに女房や津波など、怖いと思うものに置き換えて使われることもあるらしい。自然現象は本当に恐ろしいものですが、親父や女房は優しさの裏返しでは・・・

水の都大阪の歴史

2018年8月11日

あきひろ日記「夏の自由研究」大阪平野は海だった・・・けど

20170802_015605008_iOS大阪平野は、大阪府の大部分と兵庫県南東部を占め、大阪湾沿岸に広がる近畿地方最大の平野。面積約 1600平方キロメートル。

「大阪湾環境データーベース」に、古代の大阪湾は、大阪平野の奥深くまで入り込み、東は生駒山西麓にいたる広大な河内湾(約7000~6000年前)が広がり、上町台地が半島のように突き出ており、現在とは大きく異なる地形であったと。

昔の地形図を見ると、私が生まれ育った四條畷や今住んでいるところも海だったようです。枚方市辺りが北限とも。

この上町台地北側の砂州は、その後も北へ伸び、縄文時代中期には潟(約3000~2000年前・縄文時代「河内潟」)の部分の淡水化が進んでゆき、弥生時代には大きな湖(約1800~1600年前・弥生時代「河内湖」)ができあがったそうです。

そして、古墳時代(3世紀中ごろから7世紀末)に入り、この湖は人間の手によって大きく変貌することに。すごく興味深い歴史です。

データーには、仁徳天皇(290年~399年)が行った堀江の開削は、洪水対策と水運発達に役立ったと。大阪は、645年に始まる「大化の改新」により歴史の表舞台へ。中でも、難波津(なにわつ:古代の港湾施設の名称で、現在の中央区付近)は国家的な港として外交の基地、献納物の中継点・集散地、国家的水上交通のターミナル、警察、軍事の拠点として発展。初期の遣唐使船もここから出発していったそうです。

20180726_031903340_iOSさらに、「水都大阪」の資料を見ると、河内湾の時代は縄文時代前期前半と記されており、海水面が現在の水位より1~2m高く上昇し、河内平野を覆った水面が、東は生駒山麓、南は八尾、北は高槻付近まで広がっていたと。たぶん、高槻の中心市街地辺りまでは海だったのでしょうね?

高槻市のホームページ、旧石器時代~縄文時代(郡家今城遺跡)には、2万年前の旧石器時代、人々はゾウやシカなど獲物の群れを追い、移動する生活を送っていたよう。1万2千年前になると土器がつくられ、煮炊きして食事できるようになり、集団でムラを営む縄文時代の幕開けと。弥生時代には、大陸から伝わった稲作は短期間に日本列島に広まり、生産の拡大が富と権力を生み出したと。そして有力なムラが多くのムラを従え、やがて邪馬台国のようなクニが各地に出現したと記されています。

郡家、安満、古曽部、芝谷辺りで、私たちの祖先は生活していたようですね。

他の資料では、邪馬台国の時代(3世紀後半、古墳時代ですね)に築造されたとみられる安満宮山古墳から出土した青銅鏡が魏の国から海を渡り卑弥呼に贈られた物のひとつとみられ、当時この地が海運を通じて外交の重要な役割を担っていたものと推察されています。

また、時は思い切り進み、安土桃山時代(1573年から)、海や川を活かして守りの堅固な大坂城を築いた豊臣秀吉。城下町を整備し治水対策まで力を入れ町が整備されていった。整備された町は商人が行き交うようになり大阪は繁栄。

大昔から現在まで、大阪は水とともに発展してきたのですね。「水の都・大阪」といわれる所以ですね。

夏の自由研究、いっぱい調べて、好きなことを勝手に書き綴りました。長い長い歴史の中で、大阪の地は、形や風景、生活を大きく変えてきました。自身が暮らす地域の歴史にも感動しています。

そんな思いの中で、たぶん変わっていないものも。昔々、祖先が見ていた同じ空と雲を、今、私も見ているのかなと想うと、何だかワクワクしてきます。

・

石器 縄文 弥生 古墳 時代

被害が広がらないように

2018年7月26日

あきひろ日記 うちの温度計は36℃

20180726_031903340_iOS全国的にも30℃を超える所が多く厳しい暑さとなっています。ただ、天気予報では午後から大気の状態が不安定となるため、急な激しい雷雨や突風などに注意が必要と呼びかけられ、さらに台風情報では12号が発生し、29日頃には日本海に達する見通しとのこと。

まだ屋根にブルーシートを掛けているお宅もあり、心配をしています。

本市の25日現在の、大阪北部地震やその後の大雨の被災状況は、罹災証明書の発行は1万3000件を超え、全壊4件、半壊107件、一部損壊13,595件とのこと。震災による避難所も、現在も2施設が開設されており、支援窓口等には他市からの応援(感謝)も継続されています。 

先日の大雨による被害から、府道・萩谷西五百住(はぎたににしよすみ)線等では片側交互通行がまだ続いている様子。どうか皆さん、お気をつけください。 交通規制について

西日本豪雨で被災された地域については一日も早い復旧を願うところですが、猛暑や台風等の影響で厳しい状況が続くのではないかと。被害が拡大しないことをお祈りしています。

・

大阪北部を震源とした地震の情報

せみしぐれ

2018年7月23日

あきひろ日記 新しい一日のはじまりは

20180723_092355042_iOS一句、「夏の朝 けやきにとまる セミの声(≧∀≦)」、いや~「せみ時雨」の方が良かったですかね。

登庁すると、市役所の庭園内にある、市民の木 『けやき』にとまる蝉の声が騒然と。

けやきは、古名を「槻の木」「つきけやき(強い木の意味)」と。室町時代(1390年頃)この地に大きな「槻」の木があり、その高さは20丈(約60メートル)にもおよび、昼間も暗いほど繁茂していたところから、地名も「高月」から「高槻」になったとか。たぶん室町時代の蝉も・・・

蝉の鳴き声を、時雨の降る音に見立てるところは風流だと思いますが、でも今朝は騒音にも感じました。「暑い~暑い~」と。

新しい一日が「せみ時雨」とともにはじまりました。それでは貴重な声を。午後からは民間のブロック塀撤去に関する市民相談から、他にも。生涯学習センターの玄関口には、キレイな花とともに「ひと涼みしましょう」の熱中症対策や、「2025年・国際博覧会をの大阪・関西へ」のノボリも・・・次の市民相談へ

受け止めるべき「声」を大切に。今週もしっかり頑張ろうとの決意。

妻といつもの交差点

2018年7月18日

あきひろ日記 今日も一日がんばります。

20180717_234825000_iOS皆さんおはようございます。暑い一日がはじまりました。天気予報では、この時間31℃、毎日子どもたちの見守りをされるセーフティボランティアさんによると場所や高さによって40℃超だとか。

妻といつもの交差点、立礼してると汗。皆さん、熱中症などご注意を

いつもお会いする高齢者の方が、いつも通り病院へ、小柄な方ですが背筋がまっすぐ、笑顔がステキでお元気そう。

エレベーターのない団地の5階にお住まいなので、妻が「この季節は暑いでしょう」とお声かけ。

「そんなことないわよ、窓を開けるとカレンダーが風で揺れるくらい気持ちがいいのよ、扇風機もいらないわ」と。

日頃から自宅まで上がり降りされていて、ポジティブな気持ちの方のようで、元気の源でしょうか、お会いするだけで元気をいただける感じ。

さぁ、今日も全力でがんばります。

歴史が物語る事実

2018年7月15日

あきひろ日記「地震の種類」 地震災害に、改めて備えをするために

2018-07-15約1か月前の6月18日、大阪北部を震源地とする震度6弱を記録した「大阪北部地震」が発生しました。今までも40回の余震が続き、今後も予断を許さない状況といわれながら、本日18時36分に41回目、震度1(M3・1推定)の余震がありました。

再び大きな地震が? 南海トラフ大地震は? と気になります。

ある報道資料を見ていますと、東西に走る「有馬高槻断層帯」やその南側で南北方向に伸びる「生駒断層帯」との関係性が気にかかりながら「南海トラフ大地震」と関係する根拠はないような内容。南海トラフの前兆かどうかは今のところわからないと記されていました。

さらに資料によりますと、大きな地震のあとには必ず余震があり、周辺に活断層が多くある地域では地震が起こる可能性が高くなるそうです。一旦、大地震が起こると地震が起こりやすくなるということは一般的らしく、周辺50キロ圏程度の範囲では、通常よりも地震に気をつける必要があるとも記されています。

2016年の「熊本地震」の時、最初マグニチュード6.5の地震があり、翌々日にマグニチュード7.3の地震が。1つの地震がさらに大きな地震の引き金になるという可能性はゼロではないといわれています。

iwai_01_農業・酪農地震災害に対して、改めて備えをするために調べてみましたが、地震の種類にはプレートがぶつかり合うところで発生する「海溝型地震」と、プレート内部の断層がずれることによって起こる 「内陸型地震」の2種類があるそうです。

海溝型地震は、陸側のプレート(岩板)の下に海側のプレートが沈み込む境界で発生する地震で、一般に内陸の活断層で起きる直下型地震より発生間隔が短く規模も大きいらしいです。2011年3月11日の「東日本大震災」や、過去に起こった1923年の「関東大震災」も海溝型の地震とのこと。

南海トラフ沿いの東海地震や東南海地震、南海地震は、100年程度で繰り返し発生といわれており、これも「海溝型地震」といわれています。

もう一つの直下型地震は、今回の大阪北部を震源地とする地震(震度6弱)で、内陸部にある活断層で発生し震源の浅い地震とのこと。人の住む土地の真下で発生する地震で、1995年1月17日に発生した「阪神・淡路大震災」や、「新潟県中越地震」などが同種とのことです。

活断層で言えば、「阪神・淡路大震災」の震源となった「六甲・淡路島断層帯」が東北東に延びるかたちで「有馬・高槻断層帯」が存在し、今回の地震は、その「有馬・高槻断層帯」の一部で断層運動により生じたものと考えられています。

今後危惧されるのは、「南海トラフ地震」。この被害想定によれば、南海トラフ巨大地震がひとたび発生すると、静岡県から宮崎県にかけての一部では震度7となる可能性があるほか、そこに隣接する周辺の広い地域では震度6強から6弱の強い揺れになると想定されています。

また、関東地方から九州地方にかけての太平洋沿岸の広い地域に10mを超える大津波の襲来が想定されていることも気にかかります。

日本列島周辺には、ユーラシアプレート(アムールプレート)、北米プレート、太平洋プレート、フィリピン海プレートがあり、各地域には断層帯があるように、「地震」の歴史が物語る事実を無視することはできません。そして、終わりなき取り組みだと感じます。だからこそ、どのような備えが必要なのか。

追伸:近いうちに「地震の歴史」を調べてみたいと思います・・・弥生時代くらいから?

・

大阪北部を震源とした地震の情報

  • 前へ
  • 次へ
キーワードで検索
あきひログ 毎日ブログ
  • 避難所になる体育館のエアコン
  • 瞬間的に強風の芝生交差点から
  • 明日の希望を
  • 日に日に寒く
  • 市民避難訓練と伝達訓練、そして防災体験
  • 年収の壁 支援強化から1年
  • 春日山城跡の整備と公開について
  • 学校図書館支援事業について
  • 一人一人の暮らし豊かに
  • プラごみ削減
カレンダー
2024年11月
月 火 水 木 金 土 日
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  
« 10月    
カテゴリー
バックナンバー
あきひろ Twitter
@yoshidakihiro からのツイート
公明党Twitter
@komei_koho からのツイート
モバイルサイトQRコード
QRコード対応の携帯電話をお持ちの方は画像を読み込んでいただくことでモバイルサイトにアクセスできます。
サイト管理者
高槻市 吉田章浩
yoshida-akihiro.takatsuki@osaka.zaq.jp

Copyright c 2010 吉田 章浩. All Rights Reserved.