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新たな学校防災教育の取り組みについて

2018年5月29日

視察二日目、仙台市のテーマは

00928仙台市は、宮城県の中部に位置しており、同県の県庁所在地かつ政令指定都市。面積は786・30平方キロメートルで、総人口1,083,148人の東北地方最大の都市です。

会派視察としては、今回2回目の訪問。平成23年の震災10か月後、「南蒲生浄化センターの被災及び復旧状況と蒲生搬入場での震災廃棄物の処理について」というテーマで視察させていただいたのが平成24年1月26日。

心からのご冥福とお見舞いを申し上げながらも、津波の恐ろしさとその威力を改めて感じ、「私たちに協力できることは何だろう」と痛切に感じた瞬間でした。

東日本大震災から7年目、震災被害を風化させないためにも、今回は「新たな学校防災教育の取り組みについて」を学ばせていただきます。

予習として、仙台版防災教育の基本的な考え方は、自分の命を守り、安全を確保する自助の力、そして災害後の対応や地域の復興に協力して参画する共助の力を児童生徒に育むことを目指し、実践するもので、防災対応力を育むために学校・地域の特性を踏まえ、各教科等の防災に関わる指導内容を相互に関連付けた年間指導計画を作成し、教育活動を展開、効果を検証するとされています。また、仙台版防災教育の充実のために、平成27年度から、1年間で区ごとに約5~6校ずつ指定し、平成32年度までの6年間で、市内すべての小中学校が研究推進取組発表校になるとされています。

私たちのまち、高槻市の取り組みは、第八中学校・磐手小学校・奥坂小学校の3校を、防災教育研究委嘱校に指定(平成26年4月~平成27年3月)、代表児童生徒による岩手県大槌町の視察訪問等を通して、『たかつきの防災教育-子どもたちの命を守り抜くために-』で研究委嘱校の実践をまとめ、学校における実践的な防災教育の充実を図るために作成し、全小中学校に配付しています。

私も平成25年の3月定例会の一般質問で、「地域の防災計画について」(2013年3月28日/ 平成25年3月28日 地域の防災計画について・会議録)で、地域防災計画の内容が市民に理解されて、はじめて防災の準備ができること、見直しの際は高齢者や女性、子どもの目線をしっかりと反映していただきたいこと、避難所運営の個別マニュアル策定の加速化、様々な創意工夫をする中での市民への周知徹底、防災指導員の育成についても、さらに進めていただきたいことを申し上げさせていただきました。

また、他市では将来の防災リーダーとして中学生等の防災ジュニアリーダーの育成などもされており、本市でも検討してはどうかと申し添えました。

それぞれのまちでの、防災・減災対策、次の世代に伝える重要性、本当に大切な取り組みだと感じます。

安全・安心・元気のあるまち 亘理

2018年5月28日

公明党議員団 会派視察「宮城県亘理町」

20180525_035806417_iOS本日、5月28日(月)からの二日間、会派で視察をさせていただきます。一日目は「亘理町(わたりちょう)」を。東日本大震災から7年、懸命に復旧・復興に取り組んでこられたまち。視察のテーマは「震災復興と防災減災の取り組みについて」です。

資料によると亘理町は、面積73・60平方キロメートルで、総人口33,110人、宮城県南部の太平洋沿岸で阿武隈川の河口に位置するまち。高槻からですと、新幹線等を使って約6時間かかります。

予習として、亘理町の「復興のあゆみ」を事前に読ませていただきました。東日本大震災が平成23年でしたので、5年目の平成28年に策定されたものです。

本書の町長のごあいさつに、基幹産業のひとつである農業においては、いちご(名産)団地の整備やほ場整備が実施され、水産業においては、漁獲高が震災前の水準まで回復、観光においてもわたり温泉鳥の海の日帰り入浴が再開、かつての賑わいを徐々に取り戻しつつあり、商工業においては商店街のオープン、工業団地への企業誘致が進んでおり、住環境においても災害公営住宅が完成し入居が進んでいるとのこと。

内容は、被害の状況から、平成23年3月11日(金)、14時46分に地震発生(震度6弱)、49分に大津波警報発令、15時52分頃、津波到着。まちの47%が浸水したようです。

亘理町震災復興計画では、平成23年度から32年度までの10年間を計画期間とし、復旧期を平成25年度まで、再生期を平成27年まで、発展期を平成26年度から平成32年度と計画され、今日に至っています。

復興の基本理念は、「安全・安心・元気のあるまち 亘理 ~亘理らしさを守り・生かした町民が主役の 復興まちづくり~」を掲げて取り組んでおられ、これらのことを踏まえて、しっかりと、亘理町の懸命な姿勢を学ばせていただきたいと思います。

二日目は、仙台市、テーマは「新たな学校防災教育の取り組みについて」です。各自治体の関係者の皆さま、何卒、よろしくお願いいたします。

それぞれの、ご報告は後日に・・・

何のために、誰のために

2018年5月24日

あきひろ日記 潮5月号【対談】「天災と人災」-先人の知恵を語る(下Part4)を読んで

20180424_083354497_iOS地震大国に住む日本人が本来もつ人生観、共生する知恵、震災がもたらした教訓とは。中西進氏(国文学者)×磯田道史氏(歴史学者)が語る。

政治家と行政官は哲学と知性をもて・・・

(磯田氏)話題に挙がった「安達ケ原」で、含蓄深い逸話が。明治政府成立。安達ケ原のような未開の荒野に革新的な官僚を送り込んで開墾と開発を急速に進めた。福島県令(県知事)、安場保和(やすばやすかず)

安場が危篤に陥った時、「医者送れ」と電報を。小さい文字は電報にならないので「イシヤヲクレ」と表記。医者を求めているのに、石を砕いてまで土地を開発してきた石屋がやってきた。医師に看取られることなく、石屋に囲まれて。

(中西氏)角倉了以(すみのくらりょうい・江戸初期に活躍した京都の豪商)、水害を引き起こす大堰川(おおいがわ)、高瀬川、開削して自然の流れを変え、安全になった水路を使って物資を運搬。乱雑な宅地開発と対照的。

行政のトップに立つリーダーは、国家百年の計を考える確固たる哲学をもたなければいけない、ソクラテスやプラトンのような。

(磯田氏)「官僚知」と「哲学知」同じ知識でも大きく違う。機械的に使えば効率的に行政を進めていける。しかし、前提条件が誤っていたり、入力の情報や当てはまる公式そのものが不適切だったりすると、とんでもない結果になる。昭和の戦争が。日本国民を幸せにする(題目的)→戦争に勝つこと(目的)→戦争で死ぬこと(英雄視)、官僚知だけに頼っているとこうした間違いを起こしかねない。

何のために国があるのか、人はどう生きるべきなのか、大局的な哲学知、歴史や古典に立ち返って物事を判断する視点が重要。

(中西氏)万葉集をはじめ歴史や古典は人類の経験知と人生哲学の宝庫。大伴家持は聖武天皇の政治を「おのがじし こころだらいに」と詠んでいる。「人それぞれの心が満たされるように」との意味。政治の目的はこの一言にいきつくのでは。

(磯田氏)佐佐木信綱(ささきのぶつな・国文学者)、「広く、深く、おのがじしのまえに」、「おのがじし」即ち「一人の多様性」を認める社会を希求。

・

(中西氏・磯田氏)原発には反対

(中西氏)天文学的数値の原子力を活用する発想は天上世界の話し

(磯田氏)原子炉は天体レベルのエネルギーで動かす装置。炭素結合でできた有機物の人間が死ねば、土の一部と一緒にバラバラに分解される。そういう緩やかな物質の結合体である人間が、原子力と同居できるわけがない。

原発は人口が密集するこの火山国には向かない。核のゴミ問題も未解決。

(中西氏)原子力発電という悪夢を追い求める愚かな生き方は、そろそろ終わりにしなければ。それが東日本大震災から日本人が得た、最大の苦い教訓。

◇◆◇◆◇

「何のために、誰のために」、人の役割、人のために。政治の役割、目的・目標は。大局的な哲学の重要性、先人の残した言葉の重要性。最大の苦い教訓。

何を学び、何を伝えるのか。責任感・・・

「天災と人災」-先人の知恵を語るを読んで、すごく勉強になりました。政治的な判断も時には大切だとは感じていますが、本当に大切なことは、理念や目的、繰り返しになりますが「何のために、誰のために」

◇◆◇◆◇

「天災と人災」-先人の知恵を語る(上・下part)を読んで[バックナンバー]

潮4月号
⑴「災間」を生きている
⑵天災は忘れたころにやってくる
⑶「it」は「天」
⑷生老病死

潮5月号
⑴なゐふる
⑵先人がつけた地名
⑶のぞみ

おわり

先人がつけた地名

2018年5月17日

あきひろ日記 潮5月号【対談】「天災と人災」-先人の知恵を語る(下Part2)を読んで

20180424_083354497_iOS地震大国に住む日本人が本来もつ人生観、共生する知恵、震災がもたらした教訓とは。中西進氏(国文学者)×磯田道史氏(歴史学者)が語る。

東海道五十三次の被災と高台移転

(中西氏)宅地開発をやるべきでない地域に建物を建てたせいで、東日本大震災の被災地では被害が拡大。

(磯田氏)震災直後、宮城県沿岸部・南三陸町にある小さな防災庁舎。亡くなる間際まで防災無線放送を続け、逃げ遅れて殉職された。この防災庁舎が建っている場所の地名が「塩入」という。海抜1メートルの場所。

大量の海水が入ってくる「塩入」という場所に防災庁舎が建てられていた事実。後世の教訓に。

(中西氏)福島県二本松市の安達ケ原、昔から鬼女が人をさらって食べるという伝説。安達ケ原はもともと荒涼とした荒地。阿武隈川しばしば氾濫。過去、水位が上がったのかを示す棒。人の身長を超えて。水害から身を守る知恵、後世にも。

(磯田氏)宝永4[1707]年、地震と津波をきっかけ、東海道五十三次に出てくる宿場町がまちごと高台移転。

白須賀宿(しらすかしゅく・現在の静岡県湖西市白須賀)、津波によって、宿場町全部が流出。藩が公的資金を出して宿場町ごと高台に移転。全員移住。津波にやられるような場所に、大勢の人が寝泊まりする宿場町を置くのはおかしいと英断。

2014年8月、広島での土砂災害。(中西氏、大雨で山の傾斜地が崩落、住宅地が丸呑みされた痛ましい事件)

(磯田氏)最もひどい被害を受けた広島市安佐南区・八木地区、かつて「八木蛇落地悪谷(じゃらくじあしだに)」と。

(中西氏) 宅地開発するべきではなかった。(磯田氏、今思えば)、「比地(ひじ)」「泥江(ひじえ)」という地名、泥地の当て字。「坍」「崩岸」「小豆」(いずれも「あず」)という地名には注意しなければ。

先人がつけた地名は、過去に発生した災害の警告文。

(磯田氏)有史はじまって以来、日本人が自然に対して最も傲慢になった時期は19960年代の高度経済成長期。たまたま、地震と火山活動の静穏期。「人間は自然を克服できる」という科学信仰。宅地開発と大衆消費社会化が急速に進んだ。

1970年生まれ、小さいころ見たテレビアニメは、科学技術が社会問題を解決する物語ばかり。「宇宙戦艦ヤマト」「ドラえもん」(中西氏)最近は少し変わってきた。

2010年コミックスの第一巻発売「進撃の巨人[諌山創(いさやまはじめ)氏]、だいぶ様相が異なる。老朽化した壁の向こうから巨人が。綱と刀だけで生身の人間が戦う。科学技術信仰とは対極的。

◇◆◇◆◇

長い歴史の中での先人の知恵は、地名や伝説などにより、後世の人たちへ語りかける、注意を促す伝言のよう。今を生きる私たちは、これからも謙虚な姿勢で、後世に何を残すことができるのかと、考えさせられるパートでした。

◇◆◇◆◇

潮4月~5月号の「天災と人災」-先人の知恵を語るを読んで、印象に残った文章を簡単にまとめています(自分勝手に表現したりして・・・)

「天災と人災」-先人の知恵を語る(上・下part)を読んで[バックナンバー]

潮4月号
⑴「災間」を生きている
⑵天災は忘れたころにやってくる
⑶「it」は「天」
⑷生老病死

潮5月号
⑴なゐふる

つづく

生老病死

2018年4月28日

あきひろ日記 潮4月号「天災と人災」-先人の知恵を語る(上part-4)を読んで

20180324_064036708_iOS東日本大震災から7年。日本人が本来の人間観、人生観、共生する知恵、震災の教訓を、歴史学者の磯田道史氏と国文学者の中西進氏が語る。

末期ガン患者との命の対話

(磯田氏)2016年京都に引っ越し。ある時、元気なおじさんに出会って、仏教の四苦「生老病死」の話を。

人は誰しも「老いる」「病気ななる」「死ぬ」という苦しみに直面する。生そのものにも苦がある。

玄奘三蔵(げんじょうさんぞう・中国の僧侶)はインドから持ち帰った万巻の仏教書を読んで翻訳し、「生老病死」を抱える人の心の安寧を保ち、経典によって教えようとした。

そんな話しをすると、おじさんは今にも泣きだしそうな顔を。末期ガンだった。そして文通を・・・

(中西氏)手紙でどんなことを・・・

(磯田氏)正岡子規の「病牀六尺(びょうしょうろくしゃく)」から「人間、死ぬと決まってもこんなに楽しく生きられるものなのか」「ひょっとして、この死生観こそ人間が生み出した最大の文明ではないか」と。それから半年後に・・・

「生老病死」の苦しみは僕にも必ず起こること。普通はそんなことをいちいち気にしながら暮らしていないけど・・・
実は宝くじが当たるよりも、宝くじを買いに行く途中で交通事故に遭遇して死亡する確率の方が高いとか。

要するに人は、自分にとって良いことばかりしか考えない。悪いことは誰にも必ず起こるのに、そのことは頭の中から取り払ってしまう。

養老孟司(ようろたけし)さん(解剖学者)から「人間の認識は不変だと思ったって、不変な認識なんてないんだよ」と。何故と訊ねると、「あなただって今末期ガンだと言われたら、一秒前に考えていたことと、このあと考えることはまったく違うことなるはず」と。

(中西氏)死は歓迎すべきものではありません。でも人生のプロセスの中で、死は必ず誰にも訪れます。今でも父親のことを思い出す。たとえ死んでからも、人が生きた価値ある人生の輝きは、いささかも古びることはありません。たとえいつ死んだとしても、その人が人類にとって有益な人間であることには変わりない。

「人の将(まさ)に死なんとする其(そ)の言(げん)や善(よ)し」(論語)という孔子の言葉。
 
(磯田氏)2006年に白川先生(「字統」「字訓」「字通」を編纂(へんさん)した大漢文学者)が亡くなった時、奥様によると「ようけ(たくさん)書いたなぁ」と。
 
(中西氏)スタンダール(フランスの小説家)のお墓には「生きた 愛した 書いた」(VISSE  AMO’ SCRISSE’)と墓碑銘が。「生老病死」という四苦を抱えながらも、願わくば死の瞬間を幸せと充実感で締めくくりたいものですね・・・
 
4月号はここまで、次号も続くそうなので期待したいと思います。
・
 
「天災と人災」-先人の知恵を語る(上)を読んで、四苦「生老病死」のお話しを通して、誰しもが通る道だけど、普段の生活ではあまり考えていないなぁと改めて。受けた命を大切に、生涯を精一杯生き抜くことが大切だと。悔いのない人生を。
苦悩は毎日続いて、ほとんど悩んでいますね(四苦八苦)。楽しいことは一瞬です。それでも、最後に「よく頑張った」と言える自分でありたいと感じる日々です。
・
天災は逃れようがありません。気を付けたり、避けたりすれば、その危険度を減らすことはできることを再認識できました。また、人災もお互いが気を付ければ避けることができるはずです。
愚かなことは、人が人の命を奪うこと。親の戦争体験を聴きながら育った、戦争を知らない世代の私ですが、これからできることは、平和のために、災害を減らすために、崇高な価値観を学び、常に研鑽を重ねながら、発言し続けたいと思います。
・
追伸、早い人で今日から大型連休、GWがはじまっているようですね。どうか、連休を満喫してくださいね。

「it」は「天」

2018年4月27日

あきひろ日記 潮4月号「天災と人災」-先人の知恵を語る(上part-3)を読んで

20180324_064036708_iOS東日本大震災から7年。日本人が本来の人間観、人生観、共生する知恵、震災の教訓を、歴史学者の磯田道史氏と国文学者の中西進氏が語る。

天災と戦争の死者数

(磯田氏)茨城県の農村を歩き回り珍しい墓地を。日清戦争、日露戦争、昭和の戦争で亡くなった人を分けて集落ごとにお墓を並べて。太平洋戦争に至って、兵器の殺傷能力が増大し、戦場に動員される人の人数が激増しているのが一目瞭然。

過去150年だけで、天災で亡くなった人の数よりも戦争によるものが圧倒的に。第二次世界大戦だけで日本人は、300万人以上。

天災では、伊勢湾台風でも約5000人、福井地震で約3700人、天災は悲惨だが、実は人間の方が天よりもはるかに残酷。

(中西氏)「地震・雷・火事・親父」といわれる。地震・雷は天災、火事・親父は人災、中国では「災」を「天の火」という意味が。万葉集には、「君が行く 道の長手を 繰り畳ね 焼き亡ぼさむ 天(あめ)の火もがも」という歌が。

愛する人が流刑に遭うのに反抗して、天の火によって人間の誤った裁きを正してほしいと歌ったもの。「災」とは天の采配によって起こるもので、いい加減な人間が起こす火事は「災」とはいえない。と

・

(中西氏)中学1年生の英語の授業、「it」は天候を表す言葉。

(磯田氏)「It is sunny」晴れです。主語の「it」は日本語に翻訳する言葉が特にない。

(中西氏)天候を表す「it」は「何ものか」、京都大学教授を務めた泉井久之助(いずいひさのすけ 言語学者)は「it」に当たる言葉は世界中いろいろなところにあると。中国や日本では「it」は「天」に該当するとか。

ビートルズの名曲「Let it be」は「あるがままに任せよ」、実に本質的なところをついているとも。

天という「何ものか」から与えられた震災や津波、洪水やさまざまな災害に順応しながら「災害は必ず起きる」と常に身構え、できる限り自分から災害を避ける。これが日本人の生き方。

(磯田氏)「災間」の時代を生きる私たちは、「信玄堤」や「聖牛」のような減災対策にもっと真剣に取り組まなければいけない。「災害を与える天を恨まず」、災害で人が死ぬのは天のせいではなく、減災対策を怠る人のせいかもしれない。

・

戦争。人間って何て愚かなんだろう・・・天災、天という何ものか、「Let it be」 あるがままにまかせよ。自然災害の前では人間は無力かもしれないが、それでも諦めないのが人間。「対策」という知恵。被害を少なく。人間って何て賢いんだろう・・・

つづく

天災は忘れたころにやってくる

2018年4月19日

あきひろ日記 潮4月号「天災と人災」-先人の知恵を語る(上part-2)を読んで

20180324_064036708_iOS東日本大震災から7年。日本人が本来の人間観、人生観、共生する知恵、震災の教訓を、歴史学者の磯田道史氏と国文学者の中西進氏が語る。

寺田寅彦の「天災と国防」

磯田氏、村上鬼城(むらかみいじょう・明治~昭和初期の俳人)、「生きかはり 死にかはりして 打つ田かな」、極めて日本人的な表現。自分の人生だけを考えるのではなく、親子代々生まれたり死んだりしながら田んぼを耕し続ける様子と。

中西氏、種田山頭火(たねださんとうか・大正~昭和前期の俳人)、死を「状態」として相対化した俳句を。日本の俳人は、独特の死生観を。

磯田氏、人間は死から免れることはできないし、日本に住んでいる限り災害から逃れることはできない。

中西氏、「災害は悪である」「災害をゼロにする」と考えている限り、防災対策はうまくいかない。すでに起きた災害を「生かす」考えを。武田信玄は、水害が相次いだ笛吹川(ふえふきがわ)や釜無川(かまなしがわ)に「信玄堤」という独特の堤防を築き、洪水をうまく防ぎながら田んぼの用水路を整備した。災害を無くすのではなく災害を生かした。

テトラポットのような木でつくった障害物を川底に置き、頭だけを水面に突き出して「聖牛(ひじりうし)」という防災設備。置いておけば、激しい水流のエネルギーを分散するらしい。聖なる天の水に尊敬の念をもちながら戦国武将は民衆を守った。

磯田氏、災害を完全に防ぐのは無理、「天災は忘れたころにやってくる」という名言を残した寺田寅彦(物理学者)、「天災と国防」の著作を。人間は、天災をコントロールできない、一方、国防はコントロール可能なはず。発生を防げる戦争対策には巨額の予算がつくのに、天災対策には予算がつかない。

政治家は「天災は忘れたころにやってくる」を改めて認識しなおすべき。

国と国、人と人とは、話し合いで争いごとなど解決できるはず。しかし天災は一方通行。ならば、みんなで力を合わせ今を守り、未来を守ることが大切だと感じる内容でした。

今日、霧島連山で噴火が。地域周辺の方々お気をつけて。

つづく

「災間」を生きている

2018年4月15日

あきひろ日記 潮4月号「天災と人災」-先人の知恵を語る(上part-1)を読んで

20180324_064036708_iOS東日本大震災から7年。日本人が本来の人間観、人生観、共生する知恵、震災の教訓を、歴史学者の磯田道史氏と国文学者の中西進氏が語る「天災と人災」・・・。

「震災後」ではなく「災間」を生きる日本人

磯田氏の母方の家系は徳島県の牟岐(むぎ)という港町の出身。1946年、当時2歳のお母さまは「昭和南海地震」の津波で行方不明になられたそう、牟岐では、代々「大地震が起きたら山へ逃げろ」と言い伝えられてきたことから、幸い裏山で、日の出とともにお母さまは元気で見つかったとか。

磯田氏は「南海トラフ地震と津波は先祖の仇」と歴史津波も研究されているそう(テレビ等では、坂本龍馬など歴史解説などで拝見する印象が強かったのですが、津波の研究も・・・)

かつて茨城大学に勤務されていたそうですが、東日本大震災の翌2012年には、浜松の静岡文化芸術大学に転勤。それは、南海トラフが次に動いて巨大地震が起きた時、想定される命に及ぶ被害者が一番多いとされているのが浜松だから、家族で移住し、古文書を探し4年間現地を歩き回ったそうです。

火山列島、震災大国・日本は、歴史を通じて大震災や津波に襲われ続けてきた。陸地面積は地球の陸地の0・24%にも関わらず、世界で起こる地震の5分の1が日本。

今は、東日本大震災後を生きているのではなく、「災間」を生きていると。だから自覚をもって、次に起きる震災への防災・減災対策を打つべきと。

中西氏、東日本大震災からの7年を考えるのは貴重なこと。日本人は忘れやすいと言われていても、「忘れ形見」とういう言葉があるくらい、「忘」には「残す」という意味があるらしい。目に見えるものは忘れても、大切なことは記憶にしっかり残す。震災や津波など不利益なことでも必ず記録として残していく。日本人の特性だと。

磯田氏、「無い」という状態を知っているからこそ「有る」ことがありがたい。様々な記録を書き残し、震災や津波によって亡くなっていった人たちの記録を後世に伝えてきた。「災間」を生きていることを自覚し、記録を必死で伝承してきた。

専門家でない私たちは、後世の人、家族や子孫に何を残していけるのだろうか。特に災害が多くない大阪にいる私たちは。そんな思いが・・・

自然災害以外でも、個人的に感じることは、楽しい時間はすぐに過ぎていき、辛く、悲しい思いは永遠に続くように感じる。先の楽しい予定は、中々こないのだが、嫌な予定はすぐにきてしまう。時間とは不思議な感覚。冷静に、客観的に、子どもたちに生き方を伝えていきたい。ある意味では、いつも「災間」にいるからこそ、現実を知り、落ち着いて次の準備を進めるのが大切なのか・・・

追伸
今日の「公明新聞」未曾有の熊本地震から2年。被災地では、今なお、応急仮設住宅に8790人、みなし仮設住宅に2万7600人、公営住宅に1722人が身を寄せていると・・・心からのお見舞いを

つづく

日本初 高槻でスタート

2018年3月20日

「学校応援でんき」と「屋根貸し事業」の視察

20180320_045422362_iOS国においては、東日本大震災以降、新たなエネルギー基本計画の検討など、安全・安定供給・効率・環境の要請に応える革新的エネルギー・環境戦略の策定や地球温暖化対策が進められています。

高槻市におきましても、平成24年度に「たかつきエネルギー戦略」を策定し、安全・安心・安定したエネルギー供給と再生可能エネルギー等の加速度的普及の施策の推進を行っています。

公明党議員団からも宮田俊治市議が、平成24年6月定例会で、「再生可能エネルギーの導入の促進について」を一般質問され「屋根貸し事業」の取り組みを推進してきました。

その後、本市の屋根貸し事業は、平成25年度から小中学校9校で開始され、屋根貸し事業を設置した小中学校のうち3校において、民間企業の提案事業により、「学校応援でんき」が今年2月よりスタートしました。

企業のコンセプトとして、消費者が電気の購入先を選択でき、「ゆかりのある場所でつくられた電力を選択して応援する」というもの。電力版ふるさと納税のような・・・

効果として、屋根貸し事業では、災害時における自立電源の確保や、屋根貸しの賃料が市税収入として入ってくることなど。学校応援でんきでは、販売した電気代の一部が応援金として高槻市に寄付される仕組みです。

本日は、これらの取り組みで太陽光パネルが設置されている、市立第六中学校を視察させていただきました。関係者の皆さま、本当にありがとうございました。

屋根貸し事業の対象校は、市立阿武山中学校、芝谷中学校、第一中学校、市立南平台小学校、阿武山小学校、冠小学校。学校応援でんきの対象校は、市立第六中学校、市立芥川小学校、柳川小学校。

視察のポイントは、日本初の「学校応援でんき」が高槻市でスタートしたこと、学校屋上の太陽光発電の現地視察、事業の概要や高槻市の取り組みのヒアリング等、濱田剛史市長からも、市の環境施策についてのコメントをいただきました。

このような取り組みを通して、生徒の皆さんの環境教育が進めばいいなと感じる一日でした。

心の復興へ

2018年3月11日

3・11 東日本大震災から

110328_0828221-300x225きょう東日本大震災から7年を迎えました。現在も、公明党は「復興加速化本部」として復興の現状と課題について政府からヒアリングを行いながら、「大衆とともに」の旗印を掲げて、被災者の皆さん寄り添い、ともに走り続ける2557日となっています。

当時は、いち早く公明党の国会議員が被災地へ、現地の公明党議員らも、自らを後回しにして救済活動。私たちも復興支援のために現地視察から高槻市としての支援の緊急申し入れ、また、市議会での一般質問や防災・減災への提案等に注力してきました。(あきひログ:東日本大震災等)

井上義久幹事長は、8日の公明新聞で、いまだ7万3000人が避難生活を送っている状況に触れ、「引き続き復興を加速させ、被災者一人一人が住宅や、なりわいの再建はもちろん、『心の復興』『人間の復興』を成し遂げるよう取り組む」と強調。(公明新聞:「人間の復興」へ総力)、昨日の議員総会でも復興支援活動の紹介もありました。

思い返せば、発災時、テレビから衝撃的な映像。私は平成23年の統一地方選挙前。毎日、地元のバス停で立礼活動を行っていました。しかし、自分のことばかりでいいのかと悩み、約2週間ほど自重しました。

悩み抜いた結果、今、高槻からできるたことは何だろう、自分にできることはと、じっとしていられない自分を感じ、復旧、復興へのエールをSNSから送ろうと、再度の立礼活動を決意。負けたらあかん。今こそ政治の力が必要なんや「ガンバロウ東日本!!」の旗を掲げて・・・(あきひログ:「ガンバロウ!!東日本」を旗印に、本日より“朝のあいさつ運動”を再開!!)

今も、公明党の一員として、そして人として支援の思いは変わることはありません。皆さん頑張ってください。心の復興を祈る日々です。

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