(11日付け公明新聞より)1972年に始まった児童手当が年明け1月で50年を迎える。公明党は他党に先駆けて児童手当法案を国会に提出するなど実現をリードし、実施後も制度を一貫して守り育ててきた。
児童手当のこれまでと今後について、福井県立大学の北明美名誉教授と釧路公立大学経済学部の千田航准教授に聞いた。
■どの階層でも不利にしない/福井県立大学 北明美名誉教授
――児童手当は「最後の社会保障」と呼ばれたが、意義と背景は。
北明美名誉教授 子どもの有無や数で世帯の経済的負担に差が出る。これは子育てに対する経済的ペナルティーになってしまうため、国がその負担を軽減する支援を行い、どの階層でも子育て世帯が不利にならないようにする制度だ。
背景の一つは、国際社会に後れを取っていたことだ。ヨーロッパの幾つかの国では、第2次世界大戦前から児童手当があったが、他の国も戦後、社会保障の基盤としてまず児童手当を導入した。日本は逆で、国民皆保険・皆年金などが先に整備され、児童手当が後回しになった。
もう一つは、1960年当時の政府が年功賃金から職務給への移行を展望しており、そこに児童手当を結び付けようという構想が厚生省(現・厚生労働省)内などにあったことだ。
同一労働同一賃金が確立した西欧諸国では、児童手当などの社会保障を充実させ、子どもの誕生などライフサイクルの変化に伴う家計負担の変動に対応する形で国民の生活を保障しようとした。だが、日本では政府の度重なる公約にかかわらず実施が遅れ、野党の批判が高まっていた。
――実現した内容は公明党が望むレベルから程遠かった。
北 公明党など当時の野党の児童手当法案は、「親の所得に関係なく、全ての子どもを社会全体で育てる」との普遍主義的な内容だった。しかし巨額の費用を理由に大蔵省(現・財務省)や財界などに猛反対された結果、所得制限が設けられ、支給対象児童の範囲も第3子以降に狭められ、金額も抑制された。
80年代には行政改革のターゲットになり、所得制限が強化された。86、92年には第2子、第1子と支給対象が広がる一方、支給期間が義務教育就学前、3歳未満までと短縮された。
すると児童手当を受け取る世帯も少なくなる。次第になじみのない制度となり、児童手当を軽視する風潮が生まれた。こうした停滞期は90年代まで続いた。
■公明の連立参加が拡大期の転換点に
――99年の公明党の連立政権参加で一転し拡大期を迎えた。
北 ターニングポイントだった。その後、民主党政権の子ども手当を経て、現在の児童手当に至る。所得制限を超える場合に支給される特例給付は「当分の間」の措置とされているが、10年間続いているのは公明党の力が大きく、国民も制度になじんできたからだと考える。
一方、年収1200万円(子ども2人と年収103万円以下の配偶者の場合)を超える人への特例給付が来年10月から廃止されるのは残念だ。政府は浮いた370億円を待機児童対策に充てる方針だが、実は子どもの数の減少などで児童手当の給付予算額は2018~20年度だけで計760億円も減少している。特例給付を削減しなくてもこの分を当面の待機児童対策に充てることもできたはずだ。
――特例給付の見直しに併せ、所得制限の基準を「夫婦のうち所得の高い方」から「世帯合算」に変更する政府案は、公明党の主張で見送られた。
北 世帯合算は反対だ。子ども2人の場合を考えてみたい。共稼ぎ世帯は所得制限が約918万円なので、年収920万円(夫620万円、妻300万円)の世帯は対象から外れる。一方、片稼ぎ世帯の所得制限は960万円であるため、年収950万円(夫950万円、妻0円)の世帯には支給される。
世帯合算にすれば、このように対象外となる共稼ぎ世帯が増える。共稼ぎ世帯が増えている社会情勢に合っていない。
きた・あけみ 修士(経済学、京都大学)。専門は社会保障論。福井県立大学教授などを歴任。主な論文に「子どもの貧困と『社会手当』の有効性――防貧政策としての児童手当制度」(『シリーズ・子どもの貧困5』所収/明石書店)。
■“社会全体で子育て”が理念/釧路公立大学経済学部 千田航准教授
――欧州各国の児童手当と日本の違いは。
千田航准教授 特徴的なのは、欧州の多くの国は基本、所得制限を設けていない点だ。「全ての子どもたちを社会全体で育てる」との普遍主義の理念に基づいている。
フランスに絞って話を進めれば、1945年に社会保障制度が創設された際、医療、年金、家族が3本柱となった。このうち家族分野における主要政策が、日本の児童手当に相当する「家族手当」だった。
支給額は日本に比べて手厚い。20歳未満の子どもが2人以上いる家庭を対象に、子ども2人なら最大132・08ユーロ(約1万7000円)、3人なら同301・30ユーロ(約3万9000円)が支給される。以降、1人増えるごとに同169・22ユーロ(約2万2000円)が加算される。
2015年からは家族手当に「所得要件」が追加されている。これは所得制限とは異なり、所得に応じて2分の1ないし4分の1に減額する措置だ。つまり、支給家庭は減っていない。当時のオランド大統領は「普遍主義は守る」と宣言していた。
――普遍主義が重視されるのはなぜか。
千田 誰もが恩恵を受けられるという普遍主義を守っていくことが、社会保障の信頼と強化につながっていくからだ。仮に家族手当が低所得層向けの単なる経済支援だったとすると、こう思う中高所得層も少なくないはずだ。
「自分たちは給付を受けられず、税金や保険料を取られてばかり。だったら給付をやめて、せめて税金や保険料を安くしてくれ」と。
低所得層を救済するだけの租税に対し、中高所得層が抵抗するようになれば、結果として低所得層への支援も行き詰まるだろう。普遍主義に基づき、現金という目に見える形で給付していくことは、広く緩い連帯を社会につくり出す。
――分断を防ぐ防波堤の役割を果たすと。
千田 そうだ。微々たる金額であろうが、給付する・しないを所得で線引きすることは避けるべきだ。フランスにおける「所得要件」に近い位置付けが、日本の場合は特例給付だった。
来年10月から、年収1200万円(子ども2人と年収103万円以下の配偶者の場合)を超えると、特例給付が支給されなくなる。保育の受け皿整備の財源を確保するためとの政府の言い分は分かる。
しかし捻出できるのは、わずか370億円だ。そのために、普遍主義の理念を捨てていいのかと問いたい。子どもたちを社会全体で育てる理念は、明確なメッセージとして国民に伝わる。
特例給付の金額だけに目を向ければ、高所得層に支給されるのは、子ども1人5000円にすぎない。きっと多くの高所得層は、金額そのものよりも自分たちが国からどう扱われているかを注視していると思う。
■所得制限なくす普遍主義を貫け
――今後、あるべき姿は。
千田 児童手当は、少子化対策の観点から語られることが多い。しかし給付額が増えれば、子どもが増えるという相関関係は国際的に見ても今はない。その意味では、児童手当増額よりも所得制限をなくす方向で普遍主義への歩みを進めるべきだ。
先月、政府の「こども政策の推進に係る有識者会議」が、子ども政策に「思い切った財源投入」を求める報告書を公表した。これを好機としてほしい。
ちだ・わたる 博士(法学、北海道大学)。専門は比較政治学、福祉政治学。釧路公立大学専任講師を経て現職。著書に『フランスにおける雇用と子育ての「自由選択」――家族政策の福祉政治』(ミネルヴァ書房)など。