非核三原則を今後も堅持 平和と人類の繁栄に貢献
15日(土) 81回目の終戦記念日を迎え、吉田ただのり府議とともに高槻市公明党議員団として「終戦記念日街頭」を実施。非核三原則を今後も堅持してかなければいけないことなど、平和への誓いをアピール。“ノーモア=二度と〜ない” を訴え
島本町議団も駆けつけ正午、全員で戦没者等すべての方々に黙とうを捧げさせていただきました(JR高槻駅南側デッキにおいて)
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(公明新聞 2026/08/15 2面) 本日、81回目となる終戦記念日を迎えました。先の大戦で犠牲となられた内外の全ての方々へ謹んで哀悼の意を表し、今なお傷痕に苦しむ皆さまに心からのお見舞いを申し上げます。
平均年齢は86・66歳――。被爆者健康手帳を持つ全国の被爆者は高齢となり、当時を知る人の数は既に9万1105人(3月末現在) まで減少しています。
世界で唯一の戦争被爆国としての体験や「平和の心」を未来へ受け継いでゆく歴史的運動は、次の世代へ託されつつあります。
広島・長崎の「被爆の実相」のみならず、苛烈を極めた沖縄戦の証言、無数の悲劇を生み出した引き揚げや空襲体験を語り継ぐ取り組みを、さまざまな機会で実現できるよう公明党は積極的に後押ししてまいります。
■ 核禁条約再検討会議にオブザーバー参加を
特に、11月に予定される核兵器禁止条約(TPNW) 第1回再検討会議への日本政府によるオブザーバー参加の決断を求めます。
日本として再検討会議の「非人道性」セッションに被爆者や専門家を派遣し、核兵器使用の残酷さを訴えるべきです。また、核兵器廃絶を訴える「パグウォッシュ会議世界大会」の沖縄での開催を推進します。
戦争の過ちを二度と繰り返さないとの戦後日本の不戦の誓いは、世界からの信頼の基礎です。与党において国家安全保障戦略など安保関連3文書の年内改定をめざし、国会決議で国是に位置付けられている非核三原則を見直す主張があると報じられています。
1971年に国会で非核三原則を堅持する決議が採択されたのは、なぜだったのか――。
それは広島・長崎への原爆投下という歴史的経験があったからです。そして、核兵器保有の議論が周辺国との緊張を高めるとの党派を超えた深い共通理解があったからです。
ロシアによるウクライナ侵略、不透明な中東情勢、緊迫する北東アジア情勢と先の大戦期以来の世界的混迷を指摘する声もある中で、非核三原則の見直しはわが国の安全保障政策にとって真に賢明な判断とは言えません。公明党は非核三原則を積極的な意義付けの下に今後も堅持します。
政府は4月、防衛装備品の輸出に制約を課す5類型を撤廃しました。各種調査で殺傷能力のある武器輸出への国民の抵抗感が強いのは、輸出がもたらす外交上の副作用だけでなく、平和国家としての歩みを止めることを国民が懸念しているためとも言えるのではないでしょうか。
防衛装備品の輸出は抑制的であることを基本とし、目的外使用を防ぐためにも国会の関与強化を求めます。一方、わが国はこれまでウクライナでの地雷除去支援や、シーレーン(海上交通路) の安全確保など非殺傷分野で数々の貢献を残し、国際社会でも高く評価されてきました。平和国家が掲げる具体的行動とは、このような政治的緊張を緩和するものでなければならないと考えます。
■ 北東アジア対話機構、信頼醸成枠組み必要
公明党は昨年、具体的な平和行動を日本から起こすべく「平和創出ビジョン」を発表しました。同ビジョンの中心は「北東アジア安全保障対話・協力機構」の創設です。
国家間の対立を超え、協調を生み出す要は人間同士の“対話”です。厳しい安全保障環境下で、不測の事態を未然に防ぐためには対立国を含む多国間対話による信頼醸成を具現化する仕組みが必要不可欠であり、その重要性は強まっていると言えます。
「力による平和」という外交方針に対する国際社会の反発が強まっています。歴史学者E・H・カーは、先の大戦が始まった1939年に出した『危機の二十年』で「人類は結局のところつねにむき出しの権力には反抗する」と残しました。
歴史の教訓に学べば、強権から平和は生じ得ず、法の支配に基づくべきであるのは明白です。「北東アジア安全保障対話・協力機構」の創設は法の支配に貢献する場となると考えます。
もとより、国際社会の平和の要である国連の機能強化を同時に進めることも欠かせません。
歴史学者ウィリアム・H・マクニールは、社会を取り巻く暗い展望は“言葉の力” で変えられるとし、「過去について私たちが考えることは、今、私たちがどのように行動するか、未来を築くために何をするかを大きく規定します」(『マクニール世界史講義』) と語りました。混迷期の社会における重要なヒントを与えているように思われます。
公明党は、時代が大きく変化することを嘆くよりも前に、希望をもたらす着実な行動で平和と全人類の繁栄に貢献する国づくりに、まい進してまいります。
2026年8月15日 公明党
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市長が宣言、多国間主義取り戻せ/式典に竹谷代表ら出席
(公明新聞 2026/08/10 1面) 長崎は9日、米国による原爆投下から81年を迎えた。爆心地に近い長崎市松山町の平和公園では、市主催の「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が営まれた。
式典には、核保有国を含む98カ国と欧州連合(EU) が参列し、台湾も2年連続で出席。米国はグラス大使が欠席し、首席公使が参加した。公明党から竹谷とし子代表、秋野公造政務調査会長、窪田哲也参院議員、川崎祥司、宮本法広、本多泰邦の各長崎県議のほか、向山宗子、久八寸志、山本信幸、林広文、福沢照充の各長崎市議らが出席した。
式典では、原爆がさく裂した午前11時2分に合わせて黙とうをささげ、犠牲者の冥福を祈った。
鈴木史朗市長は平和宣言で、核保有国らが主張する核抑止論について「極めて危うい。核兵器は必要悪ではなく絶対悪であり、人類と核兵器は決して共存できない」と指摘。すべての国の指導者に向け、国連憲章の理念に基づく多国間主義と「法の支配」を早急に取り戻すよう迫った。
「平和の原点は人間(ひと) の痛みが分かる心を持つこと」。鈴木市長は平和宣言で、爆心地から約850メートルの路上で被爆した故吉田勝二さんの発言を引用。分断が深まる国際社会に向け「相手の立場や苦しみに心を寄せ、分かり合おうと努力することは、対立や衝突を避けるための大事な一歩となる」と強調した。
日本政府に対しては、11月に開かれる核兵器禁止条約再検討会議への参加などを求めたほか、国が定める被爆地域の外にいた「被爆体験者」の救済を強く要請した。
「平和への誓い」を読み上げた被爆者代表の本村チヨ子さん(87) は、昨年訪れた米国での体験を踏まえ、「人と人が分かり合うためには対話しかない」と訴えた。
高市早苗首相はあいさつで「核兵器のない世界と恒久平和の実現に向けて尽力する」と話した。非核三原則については「堅持しており」と述べて今後の方向性は示さず、核兵器禁止条約にも触れなかった。
式典では、7月末までの1年間で新たに判明した原爆死没者2773人の名前を記した名簿3冊を遺族らが奉安。死没者数は20万4708人となった。
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禁止条約で市長「会合参加、日本も」/記念式典に竹谷代表ら参列
(公明新聞 2026/08/07 1面) 広島は6日、81回目の原爆の日を迎えた。広島市中区の平和記念公園では、市主催の平和記念式典が開かれ、被爆者や遺族、高市早苗首相ら約5万人が参列。
公明党の竹谷とし子代表のほか、中道改革連合の小川淳也代表、立憲民主党の水岡俊一代表、中道の斉藤鉄夫顧問、平林晃の両衆院議員、公明党の谷合正明参院会長、原田大二郎参院議員、栗原俊二、尾熊良一、石津正啓、岡部千鶴、井上謙一郎、相沢孝の各広島県議、碓氷芳雄、石田祥子、川村真治、並川雄一、田中勝、川本和弘、幸城麗子の各広島市議らも参列した。
式典には過去最多の121の国・地域と欧州連合(EU) 代表部が参列。原爆投下時刻の午前8時15分に「平和の鐘」が打ち鳴らされ、参列者は1分間の黙とうをささげた。
松井一実市長は平和宣言で「核を脅しの道具に使った軍事侵攻や国際法をないがしろにする大国の横暴な振る舞いが繰り返されている」と指摘し、各国の指導者に核廃絶に向けた決意の発信と政策実行を呼び掛けた。
また、日本政府に対し、11月に予定される核兵器禁止条約再検討会議へのオブザーバー参加や被爆者援護の充実を求めた。
高市首相はあいさつで、非核三原則を「堅持している」とした上で、唯一の戦争被爆国として、核兵器廃絶への努力を「たゆまず続けていく」と強調した。
式典では、この1年間に死亡が確認された4393人の名前を記した原爆死没者名簿を慰霊碑に納めた。犠牲者は35万3639人となった。厚生労働省によると、被爆者健康手帳を持つ全国の被爆者は、3月末時点で9万1105人。平均年齢は86・66歳で、昨年より0・53歳高くなった。
■ 首相の決意足りない/記者団に中道・小川代表
広島市中区で開かれた平和記念式典後、中道改革連合の小川淳也代表は記者団に対し、高市早苗首相が式典のあいさつで非核三原則を「堅持している」と述べたことについて「現状の説明にとどまっている。今後に向けた決意を明らかにすべきだった」と強調した。
その上で、核廃絶に向けて努力するというのであれば「年末に予定されている核兵器禁止条約の再検討会議にオブザーバー参加していただきたい」と力説。政府・与党内から非核三原則の見直しを求める意見が出ていることには「大事な非核三原則に手を付けるかのように受け止められることは、平和国家としての価値を毀損する」と指摘した。














