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平和展にて思う

2025年8月8日

「第39回平和展」 平和こそ人類の進むべき根本の第一歩 平和への道を

7日(木) 高槻市生涯学習センター1階展示ホールで開催されている「第39回平和展」を見学させていただきました。

会期は、7日と8日の2日間 この日は、会場で濱田剛史市長とお会いして、関係者の方と記念撮影も。

会場中央には、広島市に投下された原子爆弾“リトルボーイ” の実寸大の模型、広島市から寄贈された“被爆の石” が展示され、その後ろには、被爆体験証言者の声を聴き高校生が描いた被爆体験の絵。

特別展では、絵画を通して平和を伝える“あしたのジョー” の作者“ちばてつや” さんの引揚体験等の絵も。当時は厳しい状況だったと感じますが、ちばてつやさんの優しい絵のタッチに感動を覚えました。

他にも“平和の木のメッセージ” や“千羽鶴” の体験コーナーも。中でもお一人で6千羽の鶴を折り寄贈された方にお話しをお聞きし感動。関係者の皆さまお疲れ様です。

高槻市は「非核平和都市宣言」のまち
世界の恒久平和は、人類共通の願いである。この当然の願いに反して、核兵器の保有、増強が続けられ、人類の生存に深刻な脅威を与えている。

わが国は、世界唯一の核被爆国として、その被害の恐ろしさ、被爆者の苦しみを世界に向けて訴え、核兵器の完全廃絶に積極的な役割を果たさなければならない。

高槻市は、平和を愛する文化都市として、世界のすべての国が「持たず 作らず 持ち込ませず」の非核三原則を厳守し、地球上から核兵器が廃絶することを願い、ここに「非核平和都市」となることを宣言する。

昭和58年3月22日 高槻市

私は平和展にて思う 戦争は絶対悪であり平和こそ、人類が進べき道なのだと。平和を願う皆さまとともに…

*

いつも思い出すのは、「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない。だが、その戦争はまだ、つづいていた」との一節から始まる小説『人間革命』

「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない」から始まる小説『新・人間革命』の一節。

平和展へ

2015年8月8日

ぼくは戦争はきらいです

高槻市役所生涯学習センターで開催されている(昨日と今日)第30回 平和展を見学させて頂きました。

関係者の皆様お疲れ様ですm(_ _)m

「ぼくは戦争はきらいです」アンパンの作者、やなせたかしさんの体験を通したメッセージ等が展示されていて、当時の思いに読み入っていました。

不戦の誓い、平和への誓いから70年。

当時の状況を風化させてはいけない、平和を守り抜かなければいけない。

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第26回 平和展へ

2011年8月4日

戦場からの手紙 ~家族の愛~

高槻市生涯学習センター1階展示ホールで今日・明日の2日間(9:00~17:00)開催れれています「平和展」へ行って来ました。

タイトルの通り「戦場からの手紙」は母や祖母、また妹を思いやる一枚づつの葉書が展示されていました。自身も戦場で苦しむ中、祖国の家族を思いやる気持ちが、一筆にしたためられていました。「戦争ほど悲惨で残酷なものはない」そんな言葉を思い出しながら展示物を見学させて頂き、中には生々しい写真があったり、現物大の爆弾模型もあったりで、私たちは長崎や広島のこと、また日本の歴史を絶対に風化させてはいけないと強く感じました。

私の母も長崎県小浜市出身。戦時中、小さな弟たちを背負って田んぼのあぜ道を通り防空壕に逃込んだ時の話しを小さい頃よく聞きました。

「平和ほど素晴らしいものはない」そして一人ひとりの人権をしっかり守らなければいけない。そんな思いです。

永遠に平和でありますよう

2026年8月7日

第40回平和展 戦時下のマイホームタウン 高槻と暮らし

6日(木) 「第40回平和展」が生涯学習センター1階 展示ホールにて開催され拝観させていただきました。

メインテーマは「戦時下のマイホームタウン高槻と暮らし」、当時の生活用品、パネル写真などが展示。

防空頭巾など名札が縫い付けてあり、母の子どもの頃(長崎) の姿を想像し感傷的に。

また、パネル展示では昭和10年代の高槻駅のプラットホームに入ってくる汽車を待つ人々、開通時の新京阪高槻駅の風景、芝生のセメント橋は鉄不足だったころからセメント中心につくられ注目されたことか(現「次郎四郎橋」と思われているそう)

会場では、“つるちゃんの街頭紙芝居” を見る子どもたちは真剣な表情。平和の木のメッセージでは、私も木の葉のカードに「永遠に平和でありますように!」と平和へのメッセージを書かせていただき大きな木に願いを込めて貼り付けました。

また平和の折り鶴も。千羽鶴がいっぱい。ここで作られた折り鶴は、後日、広島の平和記念公園に届けられるそうです。

永遠に平和でありますように! 平和こそ人類の希望であります。

第40回平和展、7日(金) も開催されています。

この日は広島。9日は長崎「原爆の日」二度と繰り返してはいけない。

平和行政について

2026年6月7日

公明党議員団での行政視察 政令指定都市の広島市へ

5月29日(金) 公明党議員団(宮田議員、高島議員、湯峯議員と私) の4名で行政視察を行いました。

岡山市に続く2日目は、広島県広島市にお伺いし「平和行政について」学ばせていただきました。

まずは、快く受け入れていただきました行政職員(広島市市民局国際平和推進部 平和推進課、議会事務局) の皆さまお世話になりました。

ありがとうございました。

*

平和への願いは多くの方が共有しているものと思います。高槻市は、昭和58年に非核平和都市宣言を行い翌年、非核宣言自治体協議会が設立され、62年に正式に加入しました。

また、平和首長会議については当時、平和市長会議が60年に設立され、呼称が平和組長会議に変更されてからの平成25年に本市も正式に加入しました。また、被爆アオギリ二世、被爆クスノキ二世の苗木の配布事業を実施、小中学校の校長会、教頭会などで植樹を呼び掛けられてきました。私の地元、市立桜台小学校には、平成19年被爆アオギリ二世が植樹されたことを知りました。

さらに、本市の高槻城公園内には、「平和モニュメント」「被爆の石」「非核平和都市宣言碑」が平和への伝承として設置され、毎年8月には「平和展」も開催されています。

すごいと感じたのは、市ホームページに核実験に対する抗議文を行い掲載されているところです。直近では2024年5月に実施されています。

近年、市議会では「ロシアのウクライナに対する侵略を非難する決議」「中東地域の早期事態収拾を求める決議」を全会一致で賛成し関係機関に送付してきました。

これまでの醜い戦争を知った時に、平和ほど尊いものはないと痛感するところです。

私は昭和35年(1960) にこの世に生を受け、「戦争を知らない子どもたち」ですが、小学生の頃「はだしのゲン」の漫画から広島の当時の現状を知りました。

また、母は長崎出身で原爆のキノコ雲の話しや幼い妹の手を引き、弟を背負い田んぼのあぜ道を防空壕へ向かって逃げた話しをよく聴きました。母は当時13歳、どんなに不安な気持ちだっただろうか。私は自分の子どもたちにどこまで語ってやれたのか? どれだけ感じてくれているのだろうか?

今回の視察において、世界の戦争をなくし恒久平和を目指すことの大切さを再認識し、戦争を知らない世代が伝承できるような取り組みがさらに進むよう願うところです。そんな思いから平和推進課の事業の取り組みや規模、平和月間、AIによる伝承(試行) について質問をさせていただきました(下記の説明においてご回答も)

*

はじめに【広島市の平和への取り組み】核兵器廃絶と世界恒久平和の実現を目指して

》説明内容

  1. 原爆被害と「ヒロシマの心」
  2. 核兵器をめぐる国際情勢
  3. 広島市の平和施策

》原爆被害と「ヒロシマの心」

昭和20年(1945年) 8月6日8時15分、人類史上初の原子爆弾が広島に投下された。原爆は熱線・爆風・放射線が複雑に作用して大きな被害をもたらした。被爆当日、住民のほか、作業に動員された人々などを含め広島に約35万人の人がいた。その中には、朝鮮半島など海外出身の人たちも含まれていた。

原爆により同年12月末までに約14万人(±1万人) が亡くなったと推計

広島平和都市記念碑(原爆死没者慰霊碑) には、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻まれ、被爆者の思いは、加害者への憎しみを乗り越えて「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」とあります。

》核兵器をめぐる国際情勢

2025年 推計保有数)
米国5,177、ロシア5,459、英国225、フランス290、中国600、インド180、パキスタン170、イスラエル90、北朝鮮50、合計12,241

NPT(核兵器不拡散条約)
・核軍縮、核不拡散を促進するための条約
・3つの柱 ・核不拡散 ・核軍縮 ・原子力の平和的利用

核兵器禁止条約
・2015年NPT再検討期議 ・核兵器禁止条約交渉会議(2017年) ・核兵器禁止条約の発効(2021年)

最近の動き
・新戦略兵器削減条約(新START) の失効 ・核兵器禁止条約第3回締約国会議(2025年) ・第11回NPT再検討会議第3回準備委員会(2025年)

今後の動き
・第11回NPT再検討会議(4月) ・核兵器禁止条約第1回再検討会議(11月)

》広島市の平和施策

日本初の日本国憲法第95条の規定に基づく特別法「広島平和記念都市建設法」1949年(昭和24年) 8月施行(広島市の都市づくりの方向性の決定や国からの援助の増大など、本市の復興や都市づくりに大きな役割を果たす。)

広島市の使命である被爆の実相を「守り、広め、伝える」ことを主眼とする平和への3つの施策体系に分類して進める
・核兵器廃絶を目指した取り組みの推進 ・平和意識の醸成 ・被爆体験の継承、伝承

核兵器廃絶を目指した取り組みの推進
・「迎える平和」の推進 ・G7広島サミット(2023年) ・平和首長会議の活動(全国市町村1,741都市の99.9%が加盟、残り1市) ・持続可能な世界に向けた平和的な変革のためのビジョン ・平和宣言の作成と発信

平和意識の醸成
・平和文化の振興 ・市民社会における平和文化 ・平和文化月間の開催 ・平和文化アンバサダー(STU48のメンバー) ・冊子「平和文化の振興」

被爆体験の承継、伝承

・平和に関する発信力の更なる強化 ・被爆建物、樹木の保存 ・被爆体験伝承者の養成 ・AI(人間型の対話を試行)、VRを活用した被爆体験継承の取り組み ・平和学習の推進

以上、丁寧なご説明をいただきました。ありがとうございました。

*

この日は、広島平和資料館の視察、広島平和都市記念碑から原爆ドーム、被爆遺構展示館も見学させていただき、恒久平和を祈り誓う一日となりました。

*

広島市「平和行政について」視察報告書

広島市(Geminiより)
・ 政令市 人口 1,180,000人 約570,000世帯
・合計特殊出生率 約1.30~1.35
・年間出生数 8,000人
・ 高齢化率 約28~29%

高槻市(Geminiより)
・ 中核市 人口 343,277人 167,380世帯
・合計特殊出生率 約1.35~1.39
・年間出生数 2,179人
・ 高齢化率 29.6%

第15回の総括・平和の礎

2025年9月12日

第15回ミニ平和展が開催され これまでとこれからの活動に敬意を

9日(火) 第15回ミニ平和展にお招きをいただき見学を。平和の尊さと、これまでとこれからの活動に敬意を。

高槻市人権まちづくり協会、六中・冠中校区単位会の皆さま、ありがとうございました。

単位会の思いが、案内状に記されています。

“戦後80年を過ごし少年・少女たちも高齢化し、あの頃を思うとき、いまある平和の尊さは、何ものにも代えがたく思っています。

わたくしたちは、この尊さを、次の世代に継承していかなければと思い、単位会で学んだことを「草の根の活動からの発信」として伝えてまいりました。今回で第15回目の展示となりますが、テーマを「第15回の総括・平和の礎」としました。” と

小さくても地域に根差し、平和の尊さを15回開催されてきたことのご苦労に敬意を表するものです。

一羽の折り鶴から

2024年8月9日


「第38回 平和展」を見学 平和を祈る

8日(木)  高槻市主催、高槻市人権まちづくり協会が企画・運営する生涯学習センターの多目的ホールで開催されている「第38回 平和展」を見学させていただきました。

入口には広島・長崎の当時の写真パネルと、投下された実物大のリトルボーイと呼ばれる原子爆弾の模型が展示。

特別展として「命の水を届けた医師・中村哲さんのパネル展示」

病気や干ばつに苦しむアフガンの人々に寄り添い、医療活動のみならず命の水を届けた日本人医師・中村哲さんの生き方を通して、平和について考える機会となるようにとの思いのこもったパネル展となっています。

印象的だったのは、「100人の医師よりひとつの水を」との文言と泥水に口をつけて飲む子どもの写真パネル。子どもの未来を考えるとあまりにも悲しくなる写真。また、一人の医師の人命をを思う決意の尊さに感動しました。

会場では、平和の木のメッセージや、広島の平和記念公園に届けられる“折り鶴” を一羽折らせていただき平和を祈りました。

世界の平和を…

 

平和を祈る千羽鶴

2023年9月20日

第13回ミニ平和展へ テーマは「友愛」

IMG_179520日(水) 午後から高槻市人権まちづくり協会主催、6中校区・冠中校区単位会の「第13回ミニ平和展」を見学させていただきました。

展示会場には色取り取りの千羽鶴がいっぱい 平和を祈るたくさんの方が折り紙でつくってくださったよう

単位会の皆さまの思いが案内状に、戦中を過ごした少年・少女たちも高齢化し、あの頃を思うとき、いまある平和の尊さは何物にも代えがたく思っていますと。

この尊さを、次の世代に継承していかなければと思い学んできたことを草の根の活動からの発信として伝えてこられました。今回のテーマは「友愛」

展示コーナーでは、第二次世界大戦で広島へ投下された原子投下爆弾、実物大の“リトルボーイ” やナチス・ドイツの迫害によりポーランドなど欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情し、1940年大量のビザを発給、6000人もの避難民を救った“杉原千畝” の映画紹介パネルなどもありました。

IMG_1796関係者の皆さま、ありがとうございました。 

これからの平和を信じて

2023年8月5日

特別展 いわさきちひろ平和パネルの展示も

IMG_10634日(金)、市立生涯学習センターで開催されている「第37回 平和展」(高槻市制80周年記念) を見学してきました。(3日~4日)

特別展示として、“いわさき ちひろ”  平和パネルの展示

画家である“いわさき ちひろ” さんの知られざる人生、第一次世界大戦終結(1918年) 時に福井県で誕生、東京大空襲(1945年 第二次世界大戦終結) により家が全焼、長野県に疎開し終戦を。1946年27歳、画家を目指して状況。

1972年、反ベトナム戦争を願い、絵本『戦火のなかの子どもたち』を描き始める。2年後に死去。享年55歳。1975年、ベトナム戦争終結。未完のまま遺作となった『赤い蝋燭と人魚』が刊行されたそうです。

私が12歳、絵が好きだった頃に、この様な人生もあったのだと感銘を

また、常設展示の原爆の被害パネルコーナー等、パネルの写真が伝える悲惨な戦争状況、原子爆弾での大きな傷跡。断じて許してはいけない行為。これからの平和を信じて・・・

世界の平和を祈ります

2022年8月6日

第36回 平和展へ ~平和な未来に向けて私たちができること~ 

第36回平和展4日(木)、市立生涯学習センターの1階展示ホールで開催されている市制施行80周年記念プレ事業の「第36回 平和展」に行って来ました。

受付では検温、記名などコロナ感染拡大対策、クイズの答案用紙もいただいて。

本市では、「戦争の悲惨さ」「平和の尊さ」を風化させないよう、その思いを次世代に継承し、非核平和の精神が多くの市民に定着することを目的として、毎年8月に平和展を開催しています。

今回の平和展では、特別展示として「世界を平和にするためのささやかな提案」として、著名人が提案したタイトルのパネル展示から「ナピタンのピースタイムトラベル」(一緒に平和を学ぶコーナー)

また、「平和のメッセージコーナー」では、葉っぱにメッセージを書いて、大きな樹に貼り付けてもらえます。私のメッセージは「世界の平和を祈ります。」(祈り行動することを念頭に書きました)

思い出すのは子どもの頃、母が長崎出身で当時、空襲警報とともに弟を背負ってあぜ道を走り、防空壕に避難した体験談を何回も聞きました。

展示されていた1枚の白黒写真のパネルには、3歳の子どもが三輪車に乗って家の前で遊んでいた時に原子爆弾が投下されたとの解説で、写真には三輪車だけが残っています。

また、こわばった顔のお兄ちゃんが、ぐったりとした弟をおんぶ紐で背負って、直立不動で火葬を待っている姿のパネル。

他に、作文では、原爆投下のあと、お兄ちゃんだけが帰ってこない。大きな火傷をして病院へ運ばれたそう。お父さんとお母さんは追うように病院へ。そして、お父さんとお母さんは帰ってきたけど、お兄ちゃんは帰ってこなかった。白い箱を渡されて抱えて振ってみると、コロンコロンと箱の中で音がする。お兄ちゃんはどこかで見ていてくれているように思うなど・・・(思い出しながら)

印象に残った、白黒のパネルと作文の内容は本当に悲しい出来事。二度とあってはならない出来事。

“戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない。だが、その戦争はまだ、つづいていた”、そして“平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない” と小説人間革命の一節を思い出し、改めて平和を心から祈る思いです。

他に、「平和に関する絵本のコーナー」や「折り鶴寄贈受付・展示コーナー」

ここでは、ピンク色の折り紙をいただき、折り鶴を作りました。子どもの頃に作った記憶をたどり、係の方に教えていただきながら一羽の鶴が完成。余りうまくできませんでしたが、折り鶴を寄贈させていただきました。ありがとうございました。

戦後77年、一人ひとりが平和を祈ることから、小さな声を発することから、何か自分にできる行動を起こすことから平和への一歩がはじまり、大きな世界平和につながっていくのではないかと感じる思いでした。

広島は今日6日、長崎は9日が77回目の「原爆の日」

*

市ホームページ>
平和啓発パネル⑴  平和啓発パネル⑵  非核平和都市宣言  平和への取組

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