57th 市民フェスタ高槻まつりへ
1日(土) 高槻まつり振興会主催の「市民フェスタ・高槻まつり」に行って来ました。
暑い一日、高槻城公園芸術文化劇場前と市立第一中学校間の通りを、各団体の皆さんが熱く高槻音頭を踊られていました。主催者の皆さまはじめ市の関係者、各団体・模擬店、ボランティアの皆さまお疲れ様でした。
妻も高槻市コミュニティ市民会議の一員として参加。皆さんと楽しそうに高槻音頭を踊っていました。*\(^o^)/*
今年で57回目を迎える高槻まつり。8月1日・2日(日) にトリシマホール、桃園小学校、第一中学校、市道野見八幡線(第一中学校前道路) で開催されます。
高槻音頭は1日に、高槻ウェーブ・パレードは両日行なわれます。
振り返ると、2019年(令和元年) の7年前、高槻市議会議長を務めさせていただいた夏の第50回 高槻まつりでは、50回目を記念してディズニーパレードが行われました。
当時も暑い一日だったと思います。JR高槻駅付近からけやき通りの直接コース、国道171号を超えてのパレードは圧巻でした。高槻センター街の交差点で濱田市長はじめ、私もご挨拶をさせていただいた貴重な思い出。
中学1年生(1973年) に高槻市に来て53年。高槻まつり振興会の資料から高槻まつりの歴史も振り返ってみたいと思います。
<高槻まつりの歴史>
▶︎ 1970年(昭和45年) 第1回 高槻まつり開催
現在のJT生命誌研究館グラウンドに、高槻のおどり連がすべて集まり、芥川商店街を通り、出屋敷通りから高槻センター街を抜けて、城北通りを通って高槻市民グランドに向かいます。
市民グラウンドでは真ん中にステージが用意され、その周りを各おどり連や市民が一緒に踊りました。この頃は「えじゃないか高槻おどり」を歌手 島倉千代子さんが歌っていました。
▶︎ 1973年(昭和48年) 第4回 高槻まつり
「えじゃないか高槻おどり」から「高槻音頭」に。
※ 四條畷市から高槻市へ(第一中学校に転入) 学校の前に市民プールがありよく行ってました。高槻まつりへ初参加?
▶︎ 1993年(平成5年) 第24回 高槻まつり
阪急高架が完成し、会場が「けやき通り」「みずき通り」になる。
※ 2人の子どもたちも幼稚園と小学生。一緒に高槻まつりへ
▶︎ 1997年(平成9年) 第28回 高槻まつり
「けやき通り」「みずき通り」に加え「桃園小学校グラウンド」も会場に加わる。
▶︎ 1999年(平成11年) 第30回 高槻まつり
高槻ウェーブが始まる。
※ 子どもたちも高槻ウェーブに参加してたかな
▶︎ 2020年(令和2年) 第51回 高槻まつり
コロナ禍の影響により通常のまつりは開催できず、J:COMによる「おうちで高槻まつり」を放映する。
▶︎ 2021年(令和3年) 第52回 高槻まつり
直前まで準備をすすめるも、再びコロナ禍にみまわれ開催できず…J:COMによる「おうちで高槻まつり2021」を放映する。
▶︎ 2022年(令和4年) 第53回 高槻まつり 復活
