管理運営委員会の皆さまの60年の運営に感謝申し上げ市に返却
約60年の時を地域住民の交流の場として自主運営され、子どもから高齢者の皆さまの生涯学習や憩いの場として見守ってくれた「登町住民センター」
長きに渡り多くの方の真心で運営されてきたところ
諸般の事情より2026年4月末日を持って閉館、市に返却されることになりました。
「市政報告会」の開催など、利用させていただいた一人として誠に残念で寂しい思いです。管理運営委員会の皆さまには本当にお世話になりました。お疲れ様でした。ありがとうございました。心から感謝の気持ちを贈らせていただきます。
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(館内に掲示されている管理運営委員会から「登町住民センターの歩み」全文・一部編集) 昭和40年はじめに高槻市の人口が急増。人家の少なかった登町周辺に大きな団地が造成されました。自治会はできましたが、集会所はなく公共施設もなかったので要望したところ市が地域住民のために建築。これが、登町住民センターです。
但し、助成金や補助金は一切なく自主運営が条件とのことでした。
当時は、子どもも多く市立桜台小学校だけでは不足し、堤小学校や幼稚園も増築。当センターでは公文、習字、珠算、少年野球等、子どもの為に自主運営され、自治会活動、会議、たそがれコンサート、女子バレー、小運動会等、諸行事が催され周辺住民の人々が、楽しく有意義に生活出来、本当にありがたく助かりました。
その後、各自治会に集会所が出来、住民も環境に慣れて我が住まいの地域という意識が生じ自治会活動も活発に行われるようになりました。
年を経て、時の流れは「少子高齢化」となり、堤小学校・幼稚園は廃止。堤コミュニティセンターが設置されるなど大きく変動し、地域組織・活動が確立されその流れに従って、登町センターの基本使用者(需要) が激減しました。
平成17年度まで、下田部団地連合自治会が地域団地の中心組織として精一杯運営を担当して下さいましたが、ついに同年、諸般の事情で運営続行不可能、「当センターを高槻市に返還やむなし」との状況になりました。
連合自治会の意向を踏まえ話し合いをしましたが、地域住民の方々はセンター存続を要望されていましたし、返還すると今後、住民の居場所、ふれあいの輪を広げるのに困る等々ご意見・要望を検討。考慮の上、組織を立ち上げ出発するということになりました。(平成18年4月発表)
平成18年度以来、現在まで本当に驚くほど建物や備品の破損・取り替え等が数多くて大変でしたが、幸いにも協力者を得て精一杯頑張りました。
ご使用の方々が、安全で笑顔の集いが出来るように心掛けて参りましたら、出来得る限りの保全と備品を得ることが出来ました。そして遂に念願の懸案だった「大屋根全面、全外壁塗装」大改修を平成24年度、無事大成功裡に完成を致しました。
住民の居場所である当センターは今後とも住民の笑顔に支えられ更に、しっかり築かれていくものと確信するものです。当センターにお集まり下さいました皆さまのご健康とご多幸を真心こめてお祈り申し上げます。
平成25年8月吉日
登町住民センター管理運営委員会 委員長、役員一同