補聴器の購入補助が加速/52自治体、都の事業を活用へ
(13日 公明新聞) 加齢による難聴に悩む高齢者らの“聞こえ”を支援しようと、東京都は補聴器の購入費用を助成する自治体を財政面から支援している。都議会公明党が推進したものだ。喜びの現場などを取材するとともに、愛知医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科の内田育恵特任教授に話を聞いた。
■「散歩も楽しい。外出の回数増えた」
「鳥のさえずりが聞こえて散歩も楽しい。外出の回数が増えました!」
補聴器の効果について笑顔で語るのは東京都中野区に住む大坂進一さん(75)。今から5年ほど前、突発性難聴を経験し、加齢性難聴も相まって両耳が聞こえにくくなったという。「話し掛けられても、相手の存在にすぐ気付かないときがあった。受け答えもうまくできず、不便だった」と振り返る。
補聴器を購入するきっかけになったのは、区議会公明党議員団が推進し、昨年8月から始まった区の補聴器購入費用助成制度だった。都の補助を受け、中等度難聴のある65歳以上の区民を対象に、片耳で4万5000円、両耳で9万円を上限に助成。世帯全ての人が前年の合計所得金額350万円未満との所得制限があるが、これまでに220件の利用があった(6月10日現在)。
注目すべきは、安心して補聴器を購入し、効果を実感しながら使い続けられるよう制度を工夫している点だ。具体的には、助成を受けるまでの過程で耳鼻咽喉科を受診すること、公益財団法人テクノエイド協会が認定する補聴器の専門家「認定補聴器技能者」が在籍する店舗で補聴器を購入すること、購入店舗で約4週間のアフターフォローを受けることが必須となっている。
大坂さんは現在も、定期的に購入店舗に足を運び、聞こえ方の調整を行っている。同技能者の吉田一郎さんは「聞こえにくさの悩みは人それぞれ。しっかり寄り添うので、安心して相談してほしい」と語っていた。
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難聴の程度は、軽度、中等度、高度、重度の主に4段階に分けられる。国立長寿医療研究センターによると、軽度以上の難聴がある人は65歳以上で急増し、70代前半で男性の約5割、女性の約4割を占める。
一方、難聴を自覚している人のうち、補聴器を所有している人の割合は15・2%にとどまる。2022年の日本補聴器工業会などによる調査から、日本の補聴器所有率は16カ国中15位と低い現状が明らかになっている【グラフ参照】。
この背景には、難聴のリスクに関する認識の低さがあるとされる。難聴は睡眠障害やうつ病といった健康問題に関係しているが、その事実を知らず、同調査で「関係していない」と回答した人が日本は半数を超えている。受診率や、使い心地など補聴器の満足度が低いことも課題だ。
■ 各地で公明が推進
こうした中、都では都議会公明党の訴えにより昨年度から、区市町村の高齢者向け補聴器購入助成事業を支援する「高齢者聞こえのコミュニケーション支援事業」を開始。購入助成は2分の1、加齢性難聴の啓発にかかる費用は全額を補助する。
都の補聴器購入に関する補助事業は、23年度までは区市町村の高齢社会対策に関する取り組みを補助する事業の一部などとして実施されてきたが、昨年度からは独立した事業としてスタート。補助額などの要件が明確になり、補助内容も拡充された。
公明党はネットワークの力を生かし、区市町村の側でも補聴器購入助成の取り組みを推進してきた。都によると、都の補助を受けて助成事業を実施する自治体は昨年度は33カ所、今年度は計画上、52カ所に上り、都内全62自治体の8割超まで拡大する見込みだ【グラフ参照】。
このほか、都の補助を受けずに独自に助成事業を行っている自治体もあり、補助の内容や要件は各自治体で異なる。
■ 難聴のまま放置しないで/認知症の発症リスクにも/愛知医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科 内田育恵特任教授
――加齢性難聴の現状は。
加齢に伴い30代から聴力が少しずつ低下し始め、高い音から聞こえにくくなっていく。進行のスピードや程度には個人差があるが、高齢化が進む日本において加齢性難聴の人の絶対数は増えている。
気を付けてほしいのは、高齢者だけの問題ではない点だ。若い世代を中心にイヤホンを日常的に使っている人が多い。大きな音による耳への負担が長期間続くと、耳の中の音を感じる細胞が減って、難聴が進んでしまう。残念ながら、一度減ってしまった細胞は元に戻せない。加齢性難聴の“若年化”は世界的な問題であり、世界保健機関(WHO) も危惧している。
加齢性難聴は基本的に加齢に伴って生じる難聴を指すが、高血圧や糖尿病といった生活習慣病、喫煙なども影響することがある。
――どういう対応が必要か。
難聴のまま放置しておくと、人との交流や社会的な活動を避けるようになる可能性が高い。聞き取りに自信がないと、自分から積極的に話し掛けることをちゅうちょしてしまうだろう。その結果、うつや社会的な孤立、就労機会の喪失、認知機能の低下などに結び付く場合がある。だから、絶対に放置しないことだ。
加齢性難聴の多くは何十年もかけて進行していくため、聞こえが悪くなっている自覚がないまま過ごしていることがある。このため、定年退職した高齢者らに対し、聴力を定期的にチェックできる検診などの機会を設けることも重要だ。
また、本人や家族など周囲の人も「年だから仕方ない」と思いがちだ。しかし実は“治る難聴”が潜んでいるケースがある。
例えば、鼓膜の奥に水がたまる「滲出性中耳炎」は高齢者に多い耳の病気で、痛みはないが、聞こえが悪くなる。適切に治療すれば、聞こえは良くなるので、早めに耳鼻咽喉科を受診してほしい。
難聴は認知症の発症リスクを高める可能性がある。補聴器を使うことで社会との関わりを保てば、認知機能も維持できるといった有益な効果を示す研究は数多く報告されている。
――補聴器購入を助成する自治体が増えている。
加齢性難聴の根本的な治療は難しいが、聴力を補う方法として補聴器の使用が推奨される。補聴器の購入を補助する自治体が増えており、購入に当たって、医師の判断を受けることを要件とするなど、専門的な評価を介する支援が広がっていくことが望ましい。
東京都の支援事業は補聴器の購入補助に加え、加齢性難聴に関する普及啓発に力を入れていて、評価できる。補聴器の購入助成と健康増進に向けた活動を組み合わせる好事例も他の地域で見られる。
――今後、助成を広げていくためには。
補聴器の購入費用を助成する制度を成熟させていくためには課題もある。意外に思うかもしれないが、補聴器をうまく使えているケースは少ないとの調査がある。補聴器を安全かつ効果的に使えるよう、医師などの専門家と連携する仕組みが重要と言える。
定年後も働くシニアが増えており、職場や地域で高齢者の聞こえの支援が一層広がるよう、国においても支援を検討してほしい。
うちだ・やすえ 1990年大阪医科大学卒。愛知医科大学准教授などを経て現職。専門は耳科学、聴覚医学。日本聴覚医学会、日本耳科学会の各理事。