フォーカス 社会保障
現役世代の社会保障を考える 「全世代型」を契機に拡充
(10日 公明新聞「ファーカス」より) 焦点となっている政策課題や社会問題を掘り下げて考察する大型解説「フォーカス」。
初回のテーマは社会保障。
所得税や社会保険料の負担が生じる「年収の壁」への対応など、現役世代の負担軽減を巡る議論が活発化する一方、社会保障給付は少子高齢化に伴って増えている。現役世代に対する社会保障の役割や、その持続可能性を高めるためにどうすべきか。
現行の制度を解説するとともに、一橋大学経済研究所の小塩隆士特任教授の見解を聞いた。
<解説>
■「全世代型」を契機に拡充
日本の社会保障は、年金や医療、介護に代表される「社会保険」、障がい者やひとり親家庭などハンディキャップのある人を支える「社会福祉」、生活に困窮する人を守る「公的扶助」、国民の健康や疾病予防を進める「保健医療・公衆衛生」の四つの柱で構成されている。
ライフサイクルでみると、主に現役期に負担して高齢期に給付を受ける仕組みとなる【図表参照】。そのため、稼得能力のある現役世代には、さまざまな税や社会保険料の負担が生じている。一方、子どもや現役引退後は受給側に回る。
わが国では、全ての国民が医療や年金を受けられる「国民皆保険・皆年金」が1961年に確立して以来、それを中核とする社会保障制度によって国民生活の安定に貢献してきた。一方で、高齢期に給付が偏っている状況や、少子高齢化に伴う給付増や支え手の減少などを背景に、2012年の社会保障と税の一体改革で「全世代型社会保障」へと大きくかじを切った。
全世代型社会保障の特徴は、従来の年金や医療、介護に加え、子育て支援などの少子化対策を新たな柱に据えたことだ。特に、政府が23年に決定した「こども未来戦略・加速化プラン」では、支援策がさらに拡充された。
■ 党プランが反映
昨年4月には出産育児一時金が50万円まで増額し、同10月分からは児童手当も大幅に拡充。このほか、妊娠・出産に向けた伴走型相談支援の強化や、親の就労の有無を問わず保育所を利用できる「こども誰でも通園制度」の26年度からの全国展開など、子育てに取り組む現役世代を力強く支えていく。
これらは、公明党が22年11月に発表した「子育て応援トータルプラン」が反映されたものだ。また、昨年9月に発表した、40年を見据えたわが国の将来像「2040ビジョン」中間取りまとめでも現役世代への支援強化を訴えている。
<コメント>
■ 一橋大学経済研究所 小塩隆士特任教授に聞く
■ リスクへの安全網/氷河期世代への支援に課題
–現役世代に対する社会保障の役割は。
経済学的に言えば、社会保障制度とは疾病や失業、労働災害、介護といった自分に降りかかるリスクに備えるための仕組みだと考える。これらのリスクは高齢期に集中することから、高齢者向けの制度という側面が強い。ただ、現役世代にもリスクは発生する。正規雇用・フルタイムで働いている人は保険料を納め、制度に応じてサービスを受けられる。近年はここに光が当てられ、出産や子育てなどの分野で給付が手厚くなるなど、セーフティーネット(安全網) としての機能は働いていると言える。課題を挙げるとすれば、その制度の枠から外れてしまう人たちへの対応だ。
–どういうことか。
例えば、働き方の違いによって、現在の社会保障制度のメリットを受けられない人が出ているということだ。雇用が不安定だと、被用者保険の対象になかなか入れない。結果的に支援の必要な人が対象から外れる事態もある。
とりわけ懸念されるのが、「就職氷河期世代」の高齢化による影響だ。不景気で就職活動がうまくいかなかったために不安定な雇用・所得状況に置かれ続けているこの世代が年金受給年齢に達した段階で、貧困問題が一挙に顕在化する可能性がある。現在の年金制度の見直し議論で基礎年金の底上げ案が挙がっているのも、その一環だ。働き方が多様化する中、どのような働き方をしても、老後の所得面でいびつな格差が出ないようにすることは非常に重要だ。
■ 日本、負担と給付が不均衡
–現役世代を中心に負担と給付のバランスを巡る不満もあるが。
負担と給付の関係において世代間の格差は、それほど広がっていないように思う。確かに高齢化に伴って社会保障給付は膨らんでいるものの、それがダイレクトに負担として現役世代にのしかかっているわけではない。消費税の議論が避けられているように、負担増はかなり抑制されている。それは将来世代への負担の先送り、つまり赤字国債の発行によって支えられているからだ。この状況をどう考えるかが問われている。
国民負担(直接税と社会保険料負担の合計) が国民所得の5割を超えている先進国が多いことはあまり知られていない。
これらの国々では、税や保険料が高くても、政府がそれに見合ったサービスを高い透明性をもって供給していると、国民が納得しているのだろう。
世界的に見れば、負担と給付がインバランス(不均衡) な状態にある日本の方がむしろ例外的と言わざるを得ない。本来であれば負担増や給付削減が必要なはずだが、誰も言いださない。
■ 就業者増が持続性のカギ
–社会保障制度の持続可能性を高めていくには。
少し明るい話もしたい。少子高齢化によって制度の「支え手」である15~64歳の生産年齢人口の比率が低下し、持続可能性を懸念する人は少なくない。しかし、支え手の割合は、働いている人が社会全体にどれだけ占めているかという「就業率」で見るべきだ。すると、60代後半の高齢層がけん引役となって、その率は回復基調にある【グラフ参照】。
社会の支え手の比率が低下しなければ、少子高齢化が進んだとしても制度は何とか耐えられるだろう。働く人が増えることが、社会保障の抱える問題を解決するてっ取り早い手だてとなる。分かりやすい例が、今年行われる年金制度改革の前提となる財政検証の結果だ。就業者数が前回5年前に比べて予想以上に増えて保険料収入が増加したことで、制度の持続可能性が高まっていることが明らかになった。
■ 働く意欲そぐ政策を改めよ
–年齢に関係なく、働ける能力や意思のある人が活躍できる環境に向け、必要なことは。
やる気にブレーキをかけるような政策はなくすことだ。働いて収入がある高齢者の厚生年金を減らす「在職老齢年金制度」は、廃止または圧縮する。その一方で、所得の多い層への優遇にならないよう、所得に応じて保険料を徴収し、税で調整する仕組みを導入することが大事だ。
少子高齢化や人口減少は、言ってみれば生物学的な圧力である。その軽減には年齢という生物学的な指標にこだわらず、社会の支え手の数と能力を高めて対抗するしかない。政府は、社会保障に対する国民の理解を高める努力を怠ってはならない。
おしお・たかし 1960年生まれ。東京大学教養学部卒。博士(国際公共政策、大阪大学)。専門は公共経済学。経済企画庁(現内閣府)、JPモルガン、神戸大学教授、一橋大学経済研究所教授などを経て現職。著書に『経済学の思考軸』(ちくま新書) など。