慶応義塾大学ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター長 駒村康平経済学部教授の講演から
(1日 公明新聞より) 今年は公的年金財政の健全性をチェックする財政検証が行われる年で、夏にも結果が公表される。
持続可能な年金制度について議論していくための重要な土台となるものだ。
公明党2040ビジョン検討委員会の年金制度分科会(座長=山本香苗参院議員) では先月24日、慶応義塾大学の駒村康平教授が、団塊ジュニア世代の老後問題と高齢者人口がピークを迎える2040年の社会保障制度をテーマに、今後の年金制度改革について講演を行った。その要旨を紹介する。
<解説>
■現行制度の概要と財政検証
わが国の公的年金制度は、必要な財源を主に現役世代からの保険料で賄い、高齢世代を支える「賦課方式」が採られている。年金は、保険料の納付期間などに応じた額を亡くなるまで受給できる仕組みだ。
一方、急速な少子高齢化によって現役世代の保険料負担が膨らみ、制度の維持が困難になるとの懸念が高まったため、公明党の強力な推進によって2004年に大規模な年金制度改革が行われた。
具体的には、おおむね100年間にわたって持続可能な年金制度を構築するため、高齢世代の生活を支える年金額は維持しつつ、現役世代の負担も重くなりすぎない範囲で上限を設ける「給付と負担の抜本改革」を行うと同時に、基礎年金の国庫負担を2分の1まで引き上げた。
その上で、所得代替率(モデル世帯の夫婦が年金を受け取り始める時の給付額が、現役世代の平均手取り収入に対する割合を示す数値) が50%を上回ることを定めている。
さらに、年金財政のバランスを保つため、年金給付水準の伸びを賃金や物価の伸びよりも抑える「マクロ経済スライド」を導入した。ただし、年金額が減らない範囲とし、賃金や物価の伸びが不十分もしくは、マイナスになる場合は完全には実施しないとした。
併せて、少なくとも5年ごとに「財政検証」を行い、年金財政の健全性を定期的に確認することを国民年金法に規定している。今年の財政検証は、これを受けたものだ。
厚生労働省は先月、制度改正を行った場合の給付水準の変化を経済成長のシナリオごとに公表。検証作業を行うなど見直しへの議論を進めている。
<講演要旨>
■就職氷河期のあおり受け、給付水準が抑制の見込み
国民の寿命が伸長している状況を踏まえると、2040年の日本社会は90代の親世代と、60代の未婚の子どもが暮らす光景、「6090」も増えるであろう。まさに、40年ごろから引退し始める団塊ジュニア世代を待ち受ける老後の生活が懸念され、支えとなる年金制度のあり方が問われている。
おおむね5年ごとに行われている年金財政の検証が今年行われ、その後必要な制度改正が予定されている。人口減少、少子高齢化が進む中で持続可能な年金制度の構築へ重要な見直しとなる。
次期年金制度改正に向けて厚労省が挙げている論点で、特に重要なものは主に5点挙げられる【表参照】。賦課方式である現在の年金制度を維持していくためには、いずれも必要な改革だ。
団塊ジュニア世代は、就職氷河期のあおりを受けたことで非正規労働者だった期間が長く、国民年金の未納期間が長かったり、ましてや厚生年金に加入した期間も短い人が少なくない。加えて未婚率も高く、老後の不安がある。さらに将来の給付が確保されるように年金額の伸びを抑制する「マクロ経済スライド」がフルに適用される世代になるので、年金の給付水準は抑えられる見込みだ。社会保険料や医療機関での窓口負担の上昇も予測される。こうした現状に対応した年金制度の検討が求められる。
そこで、今回の財政検証で焦点となるのは、前回19年の財政検証でも確認された「基礎年金の給付水準の低下」への対応である。
基礎年金は年金加入者全員に共通している年金で、社会保障の柱となるものだ。低所得層ほど基礎年金への依存度が高く、団塊ジュニア世代も多いとみられる。給付水準の低下が起こると、高齢者の医療・介護費用の負担能力を引き下げてしまい、貧困高齢者や生活保護受給者の増加にもつながりかねない。
■マクロ経済スライド短縮へ/厚生年金からの拠出拡大を
基礎年金の給付水準の低下を食い止めるため、まずは国民年金の財政に余裕を持たせてマクロ経済スライドの適用期間を短くすることが重要だ。それには、現状の国民年金財政・厚生年金財政からの基礎年金拠出金の計算方式を変えて安定させる必要がある。
04年の年金改革当時は、国民年金と厚生年金のマクロ経済スライドの適用はそれぞれ19年間で終了する想定だったが、デフレ経済によって年金の給付水準の抑制は先送りされたことで改革時と実際の財政状況の差が広がり、国民年金財政が圧迫された。このため、国民年金のマクロ経済スライドの適用は27年かけて行い、拠出金の負担を軽減する必要が生じた。一方、厚生年金は女性や高齢者の労働参加などで年金加入者が増加して財政状況は改善。マクロ経済スライドは6年で終了するなど差が生じている。
今後の財政検証と制度改革では基礎年金拠出金の計算に厚生年金からより多くの拠出金を出すよう計算方式を変更して国民・厚生年金へのマクロ経済スライド適用を14年間で一致させ、基礎年金水準の低下を抑えることが必要だ。
また、マクロ経済スライドには低所得者の年金水準を大きく引き下げる「逆進性」があるため、非正規労働者などへの厚生年金の適用拡大を進めたい。適用が拡大されれば国民年金の性格も変化する。
実際、国民年金第1号被保険者に占める自営業者の割合は低下しており、ほとんどが非正規労働者や無業者で構成され、自営業者は全体の20%程度にすぎない。もはや日本の年金制度はサラリーマンが厚生年金、自営業が国民年金(1号) という形の職業別年金ではなく、基本的にはほとんどの勤労者が厚生年金に加入し、失業中などで厚生年金に加入できない期間を国民年金(1号) がカバーするようにして、国民年金(1号) は補完的な位置付けに変えるべきだ。
さらに、現在20歳から60歳までが加入している基礎年金の拠出期間を65歳までの45年加入に延長し、拠出期間が延びた分、基礎年金が増額する仕組みの構築も大切だ。
■所得代替率の回復めざせ
受給開始年齢ごとに見た基礎年金の所得代替率を見てみたい【グラフ参照】。
19年の財政検証当時の基礎年金の所得代替率(A点) は36・4%。27年後の46年にマクロ経済スライドが終了した時点(B点) は26・5%にとどまり、垂直方向に下落する。この状況は大きな問題だ。
これに対し、45年加入案だけ採用した場合は29・8%(C点) まで回復する。さらに、マクロ経済スライドを早く終わらせれば32・9%(D点)、マクロ経済スライドの早期終了と45年加入を同時に行えば現行水準に回復する(E点)。
仮に、改革を一切行わずに46年時点で19年と同じ代替率にするには、受給開始を70歳まで遅らせる必要がある(b点)。いずれにせよ、制度改革は不可避だと考える。
高齢者人口がピークを迎える40年を乗り越えるためには、65歳以上の高齢者にとって長く働ける環境の整備を行うことが何よりも大切だ。働くことで健康や認知機能の維持効果、孤独・孤立の回避にもつながろう。
女性が能力をさらに生かしてフルタイムに近い状態で働けるようにするための支援も欠かせない。そして、なるべく厚生年金まで受け取れる働き手を増やし、職業別年金制度との決別を望みたい。
こまむら・こうへい 1964年生まれ。慶応義塾大学大学院博士課程単位取得退学。博士(経済学)。国立社会保障・人口問題研究所(社会保障研究所) 研究員、駿河大学助教授、東洋大学教授などを経て現職。