地域共生社会 実現への課題
(26日 公明新聞より) 少子高齢化の進展と共に、家族のつながりや地域の支え合いが希薄になる中、孤独・孤立、生活困窮など困難を抱える人の支援が、社会保障における重要課題となっている。
政府は「地域共生社会」をビジョンに掲げ、経済的に厳しい状況にある単身の高齢者や子育て世帯への支援を強化する生活困窮者自立支援法の改正案を今国会に提出している。
地域共生社会の意義、実現に向けた制度面や支援現場の課題を聞いた。
■早稲田大学理事・法学学術院教授 菊池馨実氏
■所得再分配では解決不可能/困り事への相談支援を重視
――政府が地域共生社会の実現を掲げている背景は何か。
菊池馨実教授 国民皆保険・皆年金をはじめとしたセーフティーネット(安全網) からこぼれ落ちていく人や、制度の狭間で恩恵が受けられない人がいるためだ。2008年のリーマンショック以降、顕在化したように、経済的困窮が背景にある。
一方で、80代の親が自立できない50代の子どもの生活を支え、社会的に孤立する「8050問題」や、日常的に家族の世話や介護を担う子ども「ヤングケアラー」の増加が深刻な社会問題となっている。
所得再分配政策だけでは解決できない点が共通する特徴だ。求められるのは、従来の給付による支援に加え、相談支援体制を整えて一人一人の困り事を把握し、それぞれに適した対応を行うことだ。
こうした課題に対処する専門職技能を「ソーシャルワーク」と呼ぶ。ただ重要なのは、相談支援は専門職だけではなく、地域の人々の支え合いによっても行われることだ。これが地域共生社会のめざす姿であり、生活困窮者自立支援法や改正社会福祉法といった法律を制定し、その土台を作ってきた。
――日本の社会保障における地域共生社会の位置付けは。
菊池 社会保障制度を巡っては2000年代以降、医療、介護、年金について議論が活発化し、その後、少子化対策が加わった4本柱となり、近年は雇用・働き方も論点に上がっている。
持続可能性を高めていく上で課題はあるものの、医療、介護、年金の各制度は諸外国と比較しても高いレベルで整備されている。少子化対策についても財源確保は悩ましい問題だが、支援の規模は着実に増している。
一方で、家族の役割が縮小し、単身世帯が全体の4割を占める状況がある。金銭やサービスの保障だけでは人々の生活を支えていくことはできない、との認識や社会状況が生まれている。地域共生社会は、これらの解決策の方向性を提示する理念であり、「社会保障の最後のピース」になり得る。
■理念を法的に位置付けよ
――支える体制を構築する上で必要な視点は。
菊池 単に資金を投入すれば解決する話ではなく、各種サービスの担い手の底上げが鍵だ。政府の「全世代型社会保障構築会議」が22年に示した「今後の改革工程」で、取り組むべき政策が具体的に示されている。
例えば、多様な専門性や背景を持つソーシャルワーカーの確保や活用、複数分野にわたる専門的な知識を習得するための資格取得の促進などだ。人口減少社会において、各分野で専門家を育てていく人的余裕はなく、分野横断的な知識やスキルを備えた人材の育成が不可欠である。政府は、こうした観点で支援を強化してほしい。加えて、シニア世代や外国人材をどう活用していくか検討していくことも必要になるだろう。
――法制度における今後の課題は。
菊池 認知症や孤独・孤立は、法律によって理念や支援対象が明確だ。
残念ながら「地域共生社会」は、この点が曖昧だ。法律で定められていないため、誰かが主張し続けない限り社会や政治の動向によって取り組みが途絶えてしまう懸念がある。例えば、「地域共生社会基本法」のような法律を制定するなど、政治の責任で法制化を進めてもらいたい。
また、地域のつながりの弱体化を防ぎ、住民同士が助け合う「互助」を強めるため、市民の意識変革も欠かせない。
きくち・よしみ 1962年生まれ。北海道大学大学院博士課程修了。博士(邦楽)。大阪大学助教授などを経て現職。政府の全世代型社会保障構築会議のメンバーなどを務める。
■一般社団法人生活困窮者自立支援全国ネットワーク理事 生水裕美氏
■人材確保・育成強化を急げ
――自治体職員として生活困窮者支援の最前線に立ってきた経験から、地域共生社会の実現に向けた課題は。
生水裕美理事 生活困窮や孤独・孤立に陥っている人を地域でサポートしていくには、あらゆる分野の人の協力が必要だ。関係者をつなぐ“接着剤”のような存在が自治体であり、業務に当たる職員の役割は非常に重要である。
近年、自治体業務はコロナ禍時や物価高騰対策など、国からの事務量が増えている半面、財政難で人員が削減されてマンパワーが足りていない。地域共生社会の実現において欠かせないのは、相談を起点にした伴走型の支援や地域づくりであり、その分だけマンパワーも要する。人材の確保へ支援強化が急務だ。
――職員のスキルアップも問われる。
生水 現場にはその余裕がないのが現状だ。困っている人を支援するための法律や諸制度は整ってきており、地域の担い手の活用も含め、いかに支援体制をコーディネートしていくかが自治体職員に求められている。まさに、制度や担い手を“見渡せる”人材を育成していかねばならない。国は財政措置などで、専従職員の配置を進める自治体を後押ししてほしい。
■生活困窮への対策会議必要
――今国会に提出された生活困窮者自立支援法の改正案については。
生水 地域共生社会の実現にとって、非常に重要だ。注目したいのは、深刻な困窮状態にある人の情報を関係機関で共有する「支援会議」の設置を努力義務化する点だ。
現在、支援会議の設置は全自治体の約4割にとどまる。設置しない理由として「必要性を感じない」「既存の体制で連携が取れている」といった回答が約8割を占めている【グラフ参照】。
支援会議は、守秘義務を課して関係機関が情報共有や支援の役割分担を検討できる貴重な会議体である。しかし、その意義が十分理解されていないのではないか。全国の自治体で設置できるよう国は理解を促し、積極的な支援をお願いしたい。
■相談の実情に議員は関心を
――各地の議会に対する期待は。
生水 長年、重要だと感じてきたのが議会の役割だ。率直に言って、議員には市民の相談内容にもっと関心を持ってほしい。議会で「生活困窮に関する相談件数は何件か」といった数を尋ねられることはあるが、「今、どのような相談が寄せられ、どのように対応しているか」といった具体的な内容を問う質問は、ほとんど見られない。
議員の質問に対する答弁を作成するに当たり、役所の関係部局が情報を共有して協議する。これ自体が、部局横断の取り組みのきっかけとも言える。役所の対応を掘り下げ、支援強化につながるよう応援いただきたい。
議員にとっても、相談の実情を知ることは、議会として行政に対するチェック機能を果たすだけでなく、より実効性ある支援策の提案につながるはずだ。先述の支援会議の現状についても、自治体にただすことがあってよいのではないか。
しょうず・ひろみ 1999年、滋賀県野洲市役所に消費生活相談員として入職し、その後、正規職員に。消費者行政や生活困窮者支援などを担当。同市市民部次長など歴任し、2022年で定年退職。14年より現職。