高槻市議会議員 吉田あきひろのごきんじょニュース

[あ]したの [き]ぼうは [ひ]とりの人を思う ここ[ろ]から

兜の緒を締める

□公明新聞 党活動 / 2021年11月13日

【北斗七星】明年、公明政治連盟の第1回全国大会において「大衆とともに」の指針が示され60年

4CD7B3CE-0130-414A-9242-B4D52B18529D(13日付け公明新聞・北斗七星より)

「勝って兜の緒を締めよ」。記録上、初めてこう言ったとされるのは、後北条家二代目当主、北条氏綱(ほうじょううじつな)だ。

嫡男・氏康(うじやす)への遺訓に「合戦で度々勝利すると、驕りの心が生まれ、敵を侮ったり、不行儀なこと(乱暴狼藉)をしたりする<中略>勝って兜の~」とある

◆衆院選さなかの先月21日、遺訓を守り、関東に一大勢力を築いた氏康の没後450年を迎えた。

上杉謙信や武田信玄を恐れさせ、自ら出陣すること36回。一度も敵に後ろを見せたことはなく、九つの傷は、すべて向こう傷だったという

◆織田信長の「天下布武(天下に武を布く)」と対象的に、氏康は「禄寿応穏(禄と寿は、応に穏やかなるべし)」を旗印にした。禄は財産、寿は生命。

旗印は「北条家当主が民の財産と命を守る」との宣誓だったのだ。事実、城内に領民を保護し、拠点固守を最善の策とした(『北条氏康~関東に王道楽土を築いた男』伊東潤・板嶋恒明、PHP新書)

◆「禄寿応穏」は、公明党の「大衆とともに」に相通じよう。明年は、公明政治連盟の第1回全国大会(9月13日)で党創立者が「大衆とともに」の指針を示され、60年の節目になる

◆公明党にとって「兜の緒を締める」とは、結党の原点を心に刻み、大衆のための政策実現に走り抜くことだ。新たな歴史の構築へ、前進しよう。(也)