高槻市議会議員 吉田あきひろのごきんじょニュース

[あ]したの [き]ぼうは [ひ]とりの人を思う ここ[ろ]から

阪神・淡路大震災から26年

□公明新聞 あきひろ日記 党活動 / 2021年1月17日

若い世代に「バトン」を託す “あの日の教訓”風化させない

161081486092916日(土)公明新聞、“阪神・淡路大震災から26年、9500日が経過しようとしている。神戸市では震災を知らない住民が人口の半分に達しているとの推計がある一方で、復興された街並みからは、災害の甚大さをうかがい知ることはできない。”

今日は1月17日、阪神淡路大震災のあの日を思い出します。1995年1月17日午前5時46分。26年前の今日。

16日夜、10歳と8歳の2人の子どもと妻の4人で“4本川の字”で就寝。翌朝、第六感でしょうか、感覚的には5時46分52秒の1秒前に「何かくる」と感じた瞬間、目が覚め、縦に大きく震動。瞬間的に守らなければと、家族の上に覆いかぶさっていました。

“怖かった”が何があったのか。食器棚からお茶碗やお皿が落ちて割れ、足の踏み場もない状況。テレビで情報収集。神戸の大火災、車で走行したことのある阪神高速道路の倒壊、落下寸前のバスの映像。目を疑う状況に現実を知りました。

復旧の活動。自分に何ができるのか。地元自治会の集会所には毛布や古着が集まる取り組み。諸団体にも参加し、配送作業のお手伝いも。

マグニチュード7.3、直下型地震の恐怖。教訓を風化させないこととは、いつあるかわからない次の災害に備えることだと。東日本大震災、大阪北部地震、今後、南海トラフ大地震も・・・自然災害との戦いは続きます。

公明新聞の記事に戻り、“淡路島の野島断層、神戸市長田区の大火災で焼け残った防火壁、破壊された国道バイパスの橋脚や神戸港の岸壁など、保存・展示されている震災遺構を訪ねた。=関西総支局特別取材班■140メートルの活断層、破壊された岸壁/実物に触れ、学ぶ場

1995年1月17日午前5時46分。淡路島北端(地下16キロ)を震源として、活断層の野島断層が急激に動き、阪神・淡路大震災は発生した。

地面を引き裂いた断層は旧北淡町(現淡路市)の北西部で10キロ以上にわたり現出。小倉地区に隆起した140メートルの地震断層が「野島断層保存館」として保存・展示されている。

「これほどの規模の断層をそのままの姿で残しているのは世界にも例がない」と語るのは、野島断層保存館を含む北淡震災記念公園を管理・運営する株式会社ほくだんの米山正幸総支配人(54)だ。同断層は98年7月、国の天然記念物に指定された。

館内では、破壊されたアスファルト道路、段差がついた生け垣、ずれた断層の断面を展示。活断層の真横にありながら損壊を免れた民家も「メモリアルハウス」として公開している。

「震災直後の断層は鋭角に切り立ち、黒光りして湯気が出ていた。怖かったですね」――。

米山総支配人は、震災当日、消防団の若手として全半壊した家屋に閉じ込められた住民の救出活動に奔走。17日の夕方に断層を初めて見た時の印象を明かしてくれた。

10キロあった断層も震災から四半世紀が過ぎ、整地や浸食・風化が進んだ結果、ほとんど姿を消している。震災遺構は、関係者が残す決断をしなければ、後で取り戻すことはできないのだ。

「震災時、地震に対する意識も知識も備えもなく、人も町もパニックになった。救助活動しながら住宅の耐震化や家具の転倒防止など、これをしていれば助かった命があると痛切に感じた」。

米山総支配人はこうした思いと体験談を、語り部として今も修学旅行の児童生徒をはじめ多くの来館者に話している(コロナ禍で現在休止中)。

同館には年間12万人が訪れる。毎年1月17日前後には活断層シンポジウムを開催。2000年からは5年に1回、国際シンポジウムも行い、国内外から研究者を迎えてきた。

北淡震災記念公園内には、1945年の神戸大空襲に耐え、1・17の地震と火災にも倒れなかった神戸市長田区若松町の公設市場にあった防火壁「神戸の壁」が移設され、屋外展示されている。

神戸市中央区の東遊園地周辺には、震災で鉄筋がむき出しになった国道2号浜手バイパスの橋脚が残る。さらに、県内の被災10市10町や全国から届けられた種火を一つに集めた震災モニュメント「1・17希望の灯り」が静かに燃え続けている。

すぐ近くには、震災の犠牲者と復興に携わって亡くなった人の名前を掲示する「慰霊と復興のモニュメント」もある。昨年12月、銘板には昨年4月に亡くなった白木利周さんの名前が加わった。

1・17慰霊のつどいの運営や長男を震災で失った体験を語り継ぐ活動を続けてきた。白木さんは生前、「若い人の力を借りる。次の世代にバトンをつなげば、震災の風化は防げる」と何度も語っていた。

兵庫県加古川市の中学2年生は9日に行われた「1・17希望の灯り」の分灯式に参加した。生徒会として1・17学校集会でみんなに何を訴えるかのヒントを得るためだ。

教員と共に神戸港メリケン波止場にある震災メモリアルパークを訪れ、目の当たりにしたのは、震災で破壊されたままの岸壁だ。「地震の力のすさまじさを感じた。

南海トラフ地震が起こるといわれている中で、全校生徒に教訓を忘れないよう呼び掛けたい」と目に焼き付けていた。今も残る震災遺構は、大震災を知らない人々にも“あの日”を思い起こさせる大事な役目を担い続けている。

風化させないとは。今後も、防災・減災への対策に全力で取り組んでいくと強く感じる思い。