天災は忘れたころにやってくる
あきひろ日記 潮4月号「天災と人災」-先人の知恵を語る(上part-2)を読んで
東日本大震災から7年。日本人が本来の人間観、人生観、共生する知恵、震災の教訓を、歴史学者の磯田道史氏と国文学者の中西進氏が語る。
寺田寅彦の「天災と国防」
磯田氏、村上鬼城(むらかみいじょう・明治~昭和初期の俳人)、「生きかはり 死にかはりして 打つ田かな」、極めて日本人的な表現。自分の人生だけを考えるのではなく、親子代々生まれたり死んだりしながら田んぼを耕し続ける様子と。
中西氏、種田山頭火(たねださんとうか・大正~昭和前期の俳人)、死を「状態」として相対化した俳句を。日本の俳人は、独特の死生観を。
磯田氏、人間は死から免れることはできないし、日本に住んでいる限り災害から逃れることはできない。
中西氏、「災害は悪である」「災害をゼロにする」と考えている限り、防災対策はうまくいかない。すでに起きた災害を「生かす」考えを。武田信玄は、水害が相次いだ笛吹川(ふえふきがわ)や釜無川(かまなしがわ)に「信玄堤」という独特の堤防を築き、洪水をうまく防ぎながら田んぼの用水路を整備した。災害を無くすのではなく災害を生かした。
テトラポットのような木でつくった障害物を川底に置き、頭だけを水面に突き出して「聖牛(ひじりうし)」という防災設備。置いておけば、激しい水流のエネルギーを分散するらしい。聖なる天の水に尊敬の念をもちながら戦国武将は民衆を守った。
磯田氏、災害を完全に防ぐのは無理、「天災は忘れたころにやってくる」という名言を残した寺田寅彦(物理学者)、「天災と国防」の著作を。人間は、天災をコントロールできない、一方、国防はコントロール可能なはず。発生を防げる戦争対策には巨額の予算がつくのに、天災対策には予算がつかない。
政治家は「天災は忘れたころにやってくる」を改めて認識しなおすべき。
国と国、人と人とは、話し合いで争いごとなど解決できるはず。しかし天災は一方通行。ならば、みんなで力を合わせ今を守り、未来を守ることが大切だと感じる内容でした。
今日、霧島連山で噴火が。地域周辺の方々お気をつけて。
つづく