今日の公明新聞「松浦武四郎の生涯」を読んで感動
今日から2月。まだまだ、寒い日が続きますが、皆様におかれましてはどうぞご自愛いただきたいと思います。
正直、知らなかったのですが、今日の公明新聞に「松浦武四郎の生涯」と題して紹介(やまもと・めい氏)されていて、感銘を受けましたので“あきひログ”に投稿させていただきました。
幕末から明治維新、激動の時代を生き、北海道の名付け親とされる松浦武四郎(まつうらたけしろう/1818~1888年)、三重県松阪市で生まれ、家の前の道は伊勢神宮に通じる「伊勢街道」、旅人に刺激を受けた少年時代。いつしか武四郎の目は外の世界へ・・・
江戸時代は一生に一度は伊勢参りをすることが人々の夢で、60年を周期に起きたのが「おかげ参り(集団参詣)」、武四郎13歳の時、文政のおかげ参り。日本の人口が3000万人ほどだった当時、一年で500万人もの旅人が伊勢へ・・・街道は旅人で埋め尽くされるほどのすごい賑わいだったとか。街道筋の人々は旅人を大切にもてなすことが、自分の徳を積むことと考えられていた時代。
16歳で家を出た武四郎。17歳から26歳までは日本中を巡り歩き、28歳から41歳に6度、蝦夷地(北海道)を探査。68歳からは三重県と奈良県の境にそびえる大台ケ原に3度登り、70歳で富士山に登り、71歳で・・・生涯を旅で生きた人。
日本各地を巡り歩いた足跡は、軽く1万kmを超えるとか(沖縄県以外)、見たことのない景色を眺め、その土地の言葉を聞き、郷土料理を味わい、多くの人々と交流し、いろいろな文化や考え方を知ることができた武四郎。旅を通してさまざまな価値観を受け入れる広い心を・・・
ある時、ロシアが蝦夷地を狙っているという日本の危機を知る。どんなところかも知らない人が多かった蝦夷地を一人で探査しようと決意する。武四郎26歳。
28歳で蝦夷地へ渡り、41歳にかけて6度の探査。151冊の調査記録と9800のアイヌ語地名を収録した地図を完成させる大きな成果も。
これらの探査を支えたのは、北海道に古くから暮らすアイヌ民族の皆さん。当時、蝦夷地の支配を任されていた松前藩は、アイヌに過酷な労働を強いてきたとか。そんな中で、武四郎は人々に寄り添い、生命を守り、先祖代々の独自の文化が尊重されるよう、自分の命をかけて取り組んだ。
目指したのは、アイヌの人々と私たちが、民族や文化の違いを乗り越えて、ともに仲良く暮らすことができる社会の実現。武四郎は、民族共生の先駆的な取り組みを行った人物でもあったと。
さまざまな文化や価値観を受け入れる広い心、偏見を持たない眼と真実を見抜く力、どんな困難があっても信念を貫く強い心。武四郎は、今を生きる私たちに大切な心を・・・
感想。現場第一の姿勢、記録を残す計画性、生涯青春の心、そして人を思いやる優しさ。感動しました。長年、旅をする生活をしていても、家族への思いは、人を介して手紙で語られていたんだなと感じる場面もありました。
心優しく情熱の人でありたい・・・と感じます。