教育投資の拡充で経済損失を防ぐ
公明3月号の特集記事。「教育は未来への投資 子どもの貧困対策は最高の成長戦略 教育投資の拡充で“40兆円”の経済損失を防げ」三菱UFJリサーチ&コンサルティング㈱経済政策部 副主任研究員 小林庸平 氏
過去10年の貧困率が大幅に上昇
近年、日本では子どもの貧困の深刻化が指摘されている。実態を概観しその背景を考察する。その上で、子どもの貧困を放置した場合に社会にどんな影響がでるのかを分析、あるべき対策の方向性を提示する。
そもそも子どもの貧困をどのように計測するのか。国際的に用いられているのが、「相対的貧困率」という指標。貧困線を下回る可処分所得しか得られていない人の割合で定義される。2012年の3人家族で貧困線は210万円。その水準に満たない世帯が相対的貧困に該当する。
子どもの貧困率は、景気変動を受けて若干の上下を伴いつつも、1980年代からほぼ一貫して上昇傾向だそうだ。1985年に10・9%だったが2012年には16・3%、子どもの6人に1人が貧困状態にある。
日本の子どもの貧困率は国際的にみても高い水準。過去10年弱の間の上昇幅が大きい国である。
子どもの貧困が深刻化している背景には何があるのか。
第一は、子育て世代の非正規雇用の増加。雇用者に占める非正規雇用者の割合は1990年で20・2%から2015年には37・5%まで増加。若年層で特に高まっている。正規雇用と非正規雇用は賃金格差が大きい。子育て世代の非正規化、低所得化により子どもの貧困が増加している。
第二に、ひとり親家庭、中でも母子世帯の増加。母子世帯の非正規雇用比率は57・0%、平均年間就労収入は181万円。経済的に厳しい状態にある。児童のいる世帯のうち母子世帯の占める割合は1988年で約3.4%、2012年で約6・8%と2倍に増加。背景には離婚やシングルマザーの増加がある。
第三は、脆弱な所得再分配機能。これによって現役世代の貧困率がどの程度改善するのか。例えばフランスでは所得再分配前の貧困率は25・1%、分配後は9・0%まで低下。日本では、17・3%から14・9%と高止まりしている。
また、家族支出といわれる家族手当、出産・育児休業手当、保育・就学前教育など、及び公的・私的教育支出の対国内総生産(GDP)比では、日本の家族支出では対GDP比で1・4%で他の先進諸国と比べて低い部類だと。公的教育支出では対GDP比、3・5%で先進諸国で最低水準、私的教育支出は1・5%と高い部類に入っている。つまり、日本では子育てや教育に関する公的なサポートや所得再分配機能が弱く、所得の減少が子どもを含めた生活困窮へとつながり蓋然性(がいぜんせい=その事柄が実際に起こるか否か、真であるか否かの、確実性の度合)が高い。
こうしたことが、日本における子どもの貧困問題を深刻化させている。
対策の放置が招く巨額の経済損失
子どもが属する世帯の状況。生活保護世帯、児童養護施設、ひとり親家庭など貧困傾向の強い世帯では、全世帯と比較して全体的に進学率が低い。また、中学校、高校卒業後就職率や中退率が高い。
例えば、全世帯の大学進学率は73・3%に対して、生活保護世帯32・9%、児童養護施設の子どもの場合は22・6%、ひとり親家庭では41・6%となっている。子ども期の経済的格差が教育格差や就業格差を生み出している可能性が高い。
こうした子どもの貧困が放置されると、さまざま社会的な損失が発生することになる。貧困によって進学が阻害されれば、子どもたちは人的資本を蓄積する機会を失うことになり、日本が生み出す付加価値を将来的に抑制することになる。そうすると所得や税収が減少、就業機会が失われ貧困が増加すれば社会保障給付が増加する。社会的損失は、0歳から15歳の子ども約1760万人のうち、生活保護世帯、児童養護施設、ひとり親家庭に属する子ども約260万人を貧困状態にあると定義して、子どもの貧困を放置した場合、現状のシナリオでは、一生涯で得る所得は331・5兆円、納める財政収入は83・9兆円。改善されたシナリオでは、子どもの貧困対策によって教育機会が確保され高校や大学進学率が改善する想定で、所得は374・4兆円、財政収入は99・9兆円になる。
改善シナリオと現状放置シナリオの差分が「子どもの貧困の社会損失」であり、子どもの貧困を放置すると所得が42・9兆円、財政収入が15・9兆円失われることになる。なので、子どもの貧困対策の推進は、社会福祉政策としても重要であり、社会的な投資として捉えることができる。
鍵は「非認知能力の重視」と「親の巻き込み」
子どもの貧困に起因する経済損失を防ぐ手立ては? 具体的な解決手段が重要。海外における精緻(せいち=非常に細かい点にまで注意が行き届いて、整っていること)な研究では子ども貧困対策は効果的な政策であり、投資対効果が非常に大きいということが分かってきている。
「ペリー就学前教育計画 Perry Preschool Study」という研究があるそう。貧困状態にある子どもに対して教育プログラムを行った場合と行わなかった場合の影響を追跡調査。教育プログラムを受けた子どもたちは、学力や進学率、就業率、健康状態などが著しく改善することが確認。大学進学率を20%以上改善できたという研究結果も。
ノーベル経済学賞受賞者のシカゴ大学、ジェームズ・ヘックマン教授は「恵まれない境遇にある子どもたちに対する投資は、公平性や社会正義を改善すると同時に、経済的な効率性も高める非常にまれな公共政策である」と結論付けている。
日本での対策を考える上でも重要だと思われる点
①早期対策/貧困状態にあり、それによるリスクの高い子どもたちに対して就学前の時期から早期の支援を行うことが望ましい。
②非認知能力を高めること/国語・算数・理科・社会などの学力のことを認知能力。学習意欲や自制心、社会性、やり抜く力といった学力以外のことを非認知能力と呼ぶ。子どもの非認知能力を高めることがその子の将来に決定的な影響を及ぼす。また、はじめに非認知能力を高めることにより認知能力も上昇する。
③親を巻き込むことの重要性/身近な大人が親。教師も。親自身の生活が不規則だったり、子どもと一緒に食事を取る機会が少なかったり、自制心が低かったりすれば、子どもに悪影響を及ぼす。子どもの非認知能力を高めるためにも親を巻き込んだプログラムが重要。
日本の未来の活力を生む
日本では6人に1人の子どもが貧困状態。それにより生まれる経済損失は巨額。逆に言えば、日本では子どもという社会的資源を活かせていない。少子高齢化により人的資源の重要性が益々高まっている。しかし貴重なリソース(資源)を活かせていない。
近年、AI(人工知能)が発展してきている。私たちの生き方は大転換していくだろう。そうした中で、人間はAIができない仕事をしていくことが重要。教育投資の重要性は高まりこそすれ、減じることはないだろう。子どもの貧困対策の拡充に舵を切ることは、私たちの目の前で貧困状態にあえぐ子どもたちを救うだけでなく、日本の未来の活力を生み出すことにつながると小林氏。
(小林庸平氏/1981年、東京都/明治大学政治経済学部経済学科卒、一橋大学大学院経済研究科修了/三菱UFJリサーチ&コンサルティング㈱経済政策部副主任研究員etc)
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角度をつけての考察は大変参考になりました。子どもたちの可能性は計り知れず、磨けば輝く、未来の宝物だということです。そして、その子どもたちを守るのは大人の責任であると強く感じます。