座談会の週
今週は市内数か所での座談会に出席しました。
性別、年齢、職業の違う多くの方と懇談する中で様々な意見を伺いました
その中でまず多かったのは交通事故対策について。
GW中に各地で発生した悲しい事故を私たちの身の回りで起こらないように、との叫びでした。
高崎市としては交通事故危険個所を未然に改善するため、毎年7月に各校区単位で実施している危険個所調査を2カ月前倒しで開始した事。
市教育長自ら、通学路点検を始めた事。
そして公明党として通学路の全国安全調査実施を文科省に緊急提言した事。
を説明しました。
また景気回復の要望、見通しも特に壮年世代から多かったです。
今年1月~3月期のGDPが高い成長率(4.1%)となったこと、そしてその原因として公明党が大きく関わったエコカー補助金の復活による自動車販売業績の好況や公明党が2月に行った緊急経済対策提言による日銀の金融緩和策などを紹介しました。
ただしエコカー補助金の予算が夏頃には底をつきそうであり、更なる経済対策が必要である。そして今後の経済対策として防災・減災ニューディールを説明させて頂きました。
またこうした状況下での消費税増税は順番が逆であるとも説明させていただきました。
私の方からは高崎市の事業、特に都市集客計画事業(当初の構想)を説明。
どの会場でもほとんどの方が「えっ?460億!そんな計画しらないわよ」といった声。
今後のパブコメへの参加を呼びかけて参りました。
ここ数日、新聞等で話題になっているテーマですが、市民への説明と計画への参加が必要と強く感じました。
そのほか、個人的な事や地域の事などを伺いました。やはり懇談・対話は大事ですね!
今日も、もう1か所座談会です。
さて昨日は・・・
さて昨日は・・
まずは早朝、市内某地域にて小学生のお子さんを持つ若いお母さんたちからの要望で通学路点検を。
小学生5名、お母さん2名と一緒に登校してみました!
実際に歩いてみますと道路の僅かな変化、道幅が少しずつ広くなったり狭くなったり、微妙にカーブしていたりする事に気付きます。
そしてこうした僅かな変化で見通しが悪かったりします。
今回は県への要望としてつなぐ形になりますが、今後もこの通学路問題については個人的にも取り組んで参りたいとおもいます。
さて昨日は・・
午後からは平成24年高崎市議会第2回議会が臨時会として開催されました。
この議会で平成24年度の正副議長選、各常任委員会委員および委員長の選任、議会運営委員会委員および委員長の選任がおこなわれました。
私は平成24年度は、建設水道常任委員会に所属することになりました。また議会運営委員会委員としても選任して頂きました。これからしっかり取り組んで参ります。
さて昨日は・・・
午後6時からは自立経営農業者研究協議会八幡支部の平成23年定期総会にお招き頂き、挨拶をさせて頂きました。
私の住む地域は市内でも屈指の農業生産地域で特にトマトの名産地として有名です。
皆さん、一日の仕事を終えて急ぎ駆けつける姿から、真摯に農業に懸ける姿が垣間見て取れ、改めて頭の下がる思いでした。
今、農業を取り巻く環境は様々な課題・困難に直面しています。
TPP問題、次の担い手後継者問題、耕作放棄地、安定した経営への模索、そして昨年の震災からの風評被害・・等々
そもそも農家の皆さんには経験に裏付けされた高度な知識・技術があります。
後継者や新規就農者といっても一朝一夕には育ちません。
そう考えると今の農家の皆さんが大事。行政もどう支えていくのかが大事。
このようなお話をさせて頂きました。
私たちの食(=生命)を支える大事な農業・農家の皆様には、これからもバックアップしてまいりたいと思います。
さて昨日は・・・
平成24年度の議会も新体制になったことで、市役所執行部の皆さんと様々懇談しました。
議会のあり方、市民サービスのあり方、等々意見を闘わせましたが、市民の皆さんのためもっと力を付けて議論して参りたいと思います!
後生畏るべし
本日(5月12日)、高崎青年会議所(JC)主催の『たかさき子ども議会』が高崎市議会議事堂で開催されました。
高崎市立中学校25校と県立中央中等教育学校の中学生代表26名の「議員」が、日頃感じる高崎市の問題を、本会議と同じく市長・副市長以下、執行部へ中学生らしい視点で問い質しました。
傍聴席は各学校の先生方や保護者の皆様で満席のため、私たち”大人の議員”は会派控室で同時放送にて拝聴しました。
質問内容は、学校生活の問題から、高崎市の商工業・農業・観光政策、震災支援や高崎市防災のあり方等々、タイムリーな質問で市当局からも本会議さながらの真剣な答弁が行われました。
中学生の年頃は、社会に対して自分の意見や考えといったものが芽生える頃です。
高崎市の中学生には、英知を磨き、強靭な体力を鍛え、多くの経験を積み、見聞も広げ、良書にも触れて、各界をリードする第一人者になってもらいたいと思います。
5月17日は臨時会
黄金週間
GWも終わってみるとあっというものです。
国会もGW明けに動きがありそうです。
ところで今年のGWは大変な事故、そして大荒れの天候が印象的でした。
被害に遭われた皆さまへのご冥福とお見舞いを心より申し上げます。
とはいえ皆さま、日頃たまっていた事を片づけたり、遠くの友人と旧交を温めたり出来たのでは?
私も、議員活動・党活動・地域活動・友好活動・家庭活動(?)と充実したGWでした。
GW前半はツールド榛名の成功など高崎市の自転車政策振興を目的にした議員連盟「市議会サイクリング部」や既報のとおり地域芸能大会への参加。
後半の5/5には日頃お世話になっている少年野球関係者との対話を中心に。
党活動としては、5/6に高崎駅東口を皮切りに、安中ベイシア前、藤岡フィール前と街頭演説。
その間に市民相談も連日対応し、横浜・さいたまへと交流にも行ってきました。
そして懸案事項である我が家の庭の草むしりも・・・
少々疲れもしましたが、充実したGWでした。
これからも文字通り”黄金のような日々”となるよう頑張ってまいります!
私的・たかさき百景004~城南小・四少年遭難の碑
5/5こどもの日
高校野球春季県大会の準決勝を観戦してきました。
ここまで勝ち上がってきた4強の激突、特に今年の春センバツ・ベスト4の健大高崎の登場ということで、試合会場の高崎市城南球場は入場券を求める方の長蛇の列でした。
試合開始30分前にして既に内野席は超満員!仕方なく外野スタンドで観戦しました。
さてこの城南球場のすぐ近く、国道17号線を挟んだ反対側にある高崎市立城南小学校校庭脇の崖下で静かに佇む碑があります。
これは53年前、城南小で野球をしていた少年たちが、崖下に落ちたボールを拾いに行っていた時に土砂が崩れ、4人の少年が犠牲になった事故の慰霊碑です。
将来は城南球場でプレーする事を夢見ていたのでしょうか・・・この悲劇の少年たちも、今ご健在であれば60歳代半ばでしょうか。
私も議員になる前より、通勤で毎朝この道を通っていました。現在も市役所に登庁する時に通っています。
4人の名が刻まれたこの碑は、二度とこうした悲劇を繰り返さないようにという願いと、まちなか近くのこうした場所でも災害は起こりうるという「想定にとらわれない」ことの大切さを訴えているようです。
そして、城南球場でプレーする野球選手たちを見守るように立っています。
さあ5月!
今日は地元・南八幡地区の芸能大会でした。
歌謡曲、民謡に童謡、舞踊、社交ダンスにフラダンスと何でもありの大会ですが、昨年は震災を考慮して中止となったため、第31回目となる今回は2年ぶりの開催となりました。
日頃、地域の皆様と語り合う中で『この地域は芸人が多いなあ!(笑)』とは何となく感じていましたが、思った通りでした。
2年分の思いの爆発でしょうか、NHK紅白歌合戦も真っ青の何と51組の演目!
予定時間で実に4時間30分!!
昼休憩なんて、時間がもったいなくて取りません。ぶっ通しです!!!
そして皆さん、レベルが高い!ともかくスゴイの一言です!
ところで、大会の冒頭に高井市議と私がご挨拶をさせて頂きましたが、この高井さん、『来年は私たち市議2人も出演します!』と言っちゃったものだから拍手喝さい。
来年はなんと私も出演する事になりました(今から練習です!)
☆★☆★
さて芸能大会を一時間ほど観覧させて頂いて、その後は横浜へ。
次期衆議院選・神奈川6区、公明党公認の上田いさむさんの時局講演会へ参加させて頂きました。
会場の横浜文化体育館は立錐の余地が無いほどの熱気でしたが、何より前回悔し涙を飲んだ上田さんが、この2年半以上の間、徹底して庶民の中へ入り生活の現場を歩いているお話に、参加した皆さんの思いが一つになりました!
そして激励に駆け付けた山口代表の魂を揺さぶるお話しで会場のボルテージは最高潮に!!
意気軒高に会場を後にしました。
さあ、いよいよ5月。私も常在戦場の決意で一日一日を大切に頑張りたいと思います。
学名「ニッポニア・ニッポン」
前日より、のどが痛くてやや熱っぽかった一日でした。
今日は長寿会総会、区長会行事などなど、終日地域の行事でした。
特に長寿会の組織としての成熟度、運営ぶりには感心しました。
さて昨夜、一斉にニュース速報が流れました。
新潟県佐渡にて特別天然記念物のトキの卵がふ化したとの事。
何でも野生のトキがふ化するのは36年ぶりとの事。
一度は絶滅した事や、その後の人工繁殖の失敗、天敵の野生鳥獣に襲われたりといった、これまでの困難を乗り越えての今回の自然ふ化は快挙というよりほかはありません。
絶滅の大きな原因はヒトによる開発・乱獲とのこと。これからは生息環境を維持していく事が重要になります。
また一方でトキは稲作農家からみると害鳥との側面もあるようです。
これを機に今一度、自然と人間について考える機会としなければいけませんね。
いずれにしても尾瀬とともに自然保護運動の大きな1ページであることは間違いありません。
私的・たかさき百景003~下中居町内
久しぶりの私的百景です!今回は私が7歳から28歳まで住んでいた下中居町を紹介します。
写真は、下中居公民館です。この公民館は飯玉神社の境内にあり、ちょっとした遊具もあります。
小学生の頃は良くカラーボールの野球で遊んだものです。
またこの公民館では冬になると、育成会の上毛かるた練習をやっていました。
冬の夜、スタジャン、マフラーで防寒し、耳にはヘッドホン型の耳あてをして白い息を吐きながら練習に通ったものです。
練習の帰りには、必ずミカンを2個もらうのが習わしでした!
◎◎◎
私の下中居の印象は、高い樹木が立っている町ということです。
しかしここ数年で年々減っているようです。以前はもっとたくさん立っていました。
写真は町内にあったN沢商店付近です。まだ高い木がそびえ立っています。懐かしいです。
◎◎◎
さて下中居町と言えば、やはり『佐藤さん』を語らない訳にはいかないですね。
どこの町内でもその町ならではの苗字というのがありますが、下中居は佐藤さんでしょうか!
下中居では佐藤さんを呼ぶ時は大抵下の名前で呼んでいます。
そういえば、町内に住む私の同級生にも佐藤さんが数人いました。しかも全員女子だったように記憶しています。
さて下中居町の佐藤さんというと、忘れていけない歴史的事件があります。
高崎藩5万石騒動です。
時は明治初期、高崎藩の農民は田になんと73%の年貢を課せられ苦しんでいました。(通常は50%)
この惨状に決起した4000人の農民が高崎城下に押しかけ年貢軽減を直訴しましたが、受け入れられず農民の代表3人が責任を取らされ処刑された一揆です。
この農民数万人の中心リーダーが佐野村下中居の佐藤三喜蔵さんです。
この農民たちの運動には、意気に触れた町の商人たちも随分と支援したとの事です。
まさに権力に対して民衆の不満が爆発した事件だったのです。
多くの弾圧、犠牲の果て、廃藩置県を迎え農民たちの訴えはようやく聞き入れられます。
現在は区画整理も進んで静かな住宅街を形成していますが、今も残る古い屋敷からは往時をしのぶ雰囲気があります。






















