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新保かつよし☆市政レポート

私的・たかさき百景003~下中居町内

2012年4月23日

久しぶりの私的百景です!今回は私が7歳から28歳まで住んでいた下中居町を紹介します。

写真は、下中居公民館です。この公民館は飯玉神社の境内にあり、ちょっとした遊具もあります。

小学生の頃は良くカラーボールの野球で遊んだものです。

またこの公民館では冬になると、育成会の上毛かるた練習をやっていました。

冬の夜、スタジャン、マフラーで防寒し、耳にはヘッドホン型の耳あてをして白い息を吐きながら練習に通ったものです。

練習の帰りには、必ずミカンを2個もらうのが習わしでした!

◎◎◎

私の下中居の印象は、高い樹木が立っている町ということです。

しかしここ数年で年々減っているようです。以前はもっとたくさん立っていました。

写真は町内にあったN沢商店付近です。まだ高い木がそびえ立っています。懐かしいです。

◎◎◎

さて下中居町と言えば、やはり『佐藤さん』を語らない訳にはいかないですね。

どこの町内でもその町ならではの苗字というのがありますが、下中居は佐藤さんでしょうか!

下中居では佐藤さんを呼ぶ時は大抵下の名前で呼んでいます。

そういえば、町内に住む私の同級生にも佐藤さんが数人いました。しかも全員女子だったように記憶しています。

さて下中居町の佐藤さんというと、忘れていけない歴史的事件があります。

高崎藩5万石騒動です。

時は明治初期、高崎藩の農民は田になんと73%の年貢を課せられ苦しんでいました。(通常は50%)

この惨状に決起した4000人の農民が高崎城下に押しかけ年貢軽減を直訴しましたが、受け入れられず農民の代表3人が責任を取らされ処刑された一揆です。

この農民数万人の中心リーダーが佐野村下中居の佐藤三喜蔵さんです。

この農民たちの運動には、意気に触れた町の商人たちも随分と支援したとの事です。

まさに権力に対して民衆の不満が爆発した事件だったのです。

多くの弾圧、犠牲の果て、廃藩置県を迎え農民たちの訴えはようやく聞き入れられます。

現在は区画整理も進んで静かな住宅街を形成していますが、今も残る古い屋敷からは往時をしのぶ雰囲気があります。

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