平和安保法制を違憲と表明した小林節名誉教授の、参考人発言を再掲します。本音で話されていると思いますが、かなり正確な事をおっしゃっているのではないか、と。要点は、二つ。憲法の有権解釈権は、立法、行政、司法、の三権にある。次に、政治家には学者の意見を参考にしてもらいたいが、自分たちが現実社会の利害とは無関係に意見を表明しているので、最後は政治家が決断するしかないこと、を説明されている。興味深いのは、マスコミがこの発言を一切報道していないことだ。

平成 27年6月22日
衆議院我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会

○大串(博)委員

 先生にお尋ねしたいのは、いろいろな、裁判実務等も含めてこれから行われる中で、やはり学会の声というのは相当無視できない、これが日本の法学会の実態ではないかと思うんですけれども、いかがでしょうか。
○小林参考人

 難問ですけれども、ただ、一般論から入りますと、憲法の有権解釈をする権限は、国会と内閣と最高裁にそれぞれ対等にあるんですね。まず、内閣が、政策目標を決めるに当たって、どこまで憲法で許されているか、内閣法制局の意見を聞きながら内閣の解釈を固める。そして、国会には衆参にそれぞれ法制局があって、その意見を聞きながら、国会としての、要するに法律が通ったということは合憲ということですから、有権解釈。それが、後に事件があって数年後に最高裁にたどり着いて、最高裁がその事件の限りで有権解釈をする。それがもし違憲だったら、尊重して、そこから今度、話がめぐっていくわけですよね。
 学者の仕事は何かというと、今回もそうなんですけれども、政治家というのはそれぞれ現実と向き合っています。ですから、国会にもたくさん法律家たる政治家がおられますけれども、その方たちは政治家として言動をしておられますよね。だから、やはり必要優先の議論をなさる。それに対して、過去、現在、未来にわたって一貫した法治国家でなきゃいけないという点から法制局の方たちもお話しするし、我々は、逆に言えば、利害を超えた世界の、坊主みたいなものでありまして、大学というところで伸び伸びと育ててもらっている人間ですから、利害は知りません、ただ、条文の客観的意味はこうなんですという神学論争を言い伝える立場にいるわけです。
 
 それは当然参考にしていただかなきゃ困るので、事実として、そうか、神学でいくとまずいんだ、では、もとから変えていこうというふうに政治家が判断なさることはあると思うんですね。
 
 そういう意味で、我々は字面に拘泥するのが仕事でありまして、それが現実の政治家の必要とぶつかったら、それはそちらで調整なさってください。我々に決定権があるなんて、さらさら思ってもいません。問われたから、我々の流儀でお答えしたまでのことでございます。

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