《大船渡市》
釜石市内で昼食を取った後、大船渡市に向かう。市街地に入る前に大船渡市三陸町にある越喜来小学校に立ち寄る。校舎や体育館も津波の被害を受けたが避難経路を工夫したために生徒は無事であったと説明を受ける。
次に、赤崎町にある大船渡市放課後児童クラブのひとつである『にこにこ浜っ子クラブ』に到着。以前は赤崎小学校内にあったが津波により現在の場所に移動して再開している放課後児童クラブである。大船渡市とは昨年8月上旬に大船渡市立第一中学校生徒のスポーツ交流として宝塚市に受け入れるなどの教育支援が行われていた。
そこで、宝塚市立長尾小学校育友会の皆さんが東日本大震災の被災地の子ども達の為にと集めていただいた文房具類(ノート約600冊、シャーペンなど筆記具約1000本、その他筆入れなど)の受入れ先を探していた所、この大船渡市放課後児童クラブが見つかり文房具類の贈呈ができました。
事前に配達していた文房具類が大量(ダンボール11箱)であり、市内の放課後児童クラブにも分けて頂き、多くの子ども達が利用していただくことになりました。
当日は、にこにこ浜っ子クラブの一級児童厚生員である久保田涼子指導員に目録の贈呈をさせていただきました。
午後2時に大船渡市役所に到着。戸田公明市長、佐藤丈夫市議会議長、新沼秀人企画政策部長など出席いただき、戸田公明大船渡市長に、宝塚市議会(30万円)、清荒神清澄寺(100万円)からの支援金贈呈と、放課後児童クラブに対しての文房具類贈呈が終了したことを申し上げました。
戸田公明大船渡市長からは、宝塚市からの物心両面に渡る支援を頂き大変ありがとうございますとの感謝とお礼のあいさつがあり、その後大船渡市における被害状況と復興計画についての説明・質疑応答を行いました。
大船渡市は、市役所が高台にあり、町庁舎そのものが被害を受けた大槌町とは異なり、大船渡港の復旧が早かったことからも救援物資などの搬送もスムーズで、仮設住宅、仮設店舗の開設も完了して復興計画に沿った事業が順調に進んでいる、さらに頑張っていきますとの決意を述べられておりました。
《陸前高田市》

大船渡市を後にして岩手県で最も南に位置している陸前高田市に向かう。市街地に入ったところで陸前高田市の被害の大きさがすぐに理解できた。鉄骨造りの大きな建物は残ってはいるものの、4階部分まで窓はなくこちらからあちら側が見通せる状況である。
陸前高田市役所に到着。全員で黙祷、被災者・被害者のご冥福を祈りました。市役所の横には、市民会館、後方には大型スーパー、市立体育館、消防本部庁舎と骨組みだけが無残に残っている。ここが町の中心部であったと思われるが、遠くの高台まで何も無く壊滅的な被害であることが改めて理解できる。『言葉を失う』そんな情景である。
市役所から少し離れた海岸には『高田松原』の唯一の一本松が立っていたが、海水による塩害でかなり危険な状況だと説明を受けた。


