Archive for 2012年 5月
公明党首都直下地震対策本部の太田昭宏総合本部長(全国代表者会議長)らは18日、文科省で平野博文文科相に非構造部材の耐震化について、子どもの安全対策や、災害時における避難所としての機能確保のために、強力に推進するよう主張した。
防災も、あれもこれもやる気と実力がともなわず散らかっているところ「本日も保育園より幼なじみの同級生女子よりハイビスカスが届きました。」携帯に「しばらく会ってないけど、ふみちゃんを励まそうと思って家に届けておいたよ。」連絡あり。
5月27日 東愛知新聞より
「津波の歴史」をリーフレットに
平安末期から東日本大震災まで文献もとに約20の地震を掲載
東三河地域防災協議会(会長=佐原光一豊橋市長)が、同地方の寺社などに伝わる文献をもとに、リーフレット「愛知県東三河地域における地震による津波の歴史」をつくった。
平安時代末期から昨年3月の三陸沖地震(東日本大震災)まで文献で確認された約20の地震、大津波を年表、地図、写真などでわかりやす表現した。(高石昌良)
同協議会が昨秋、民間の地域研究機関「東三河地域研究センター」に委託。
同センターからの依頼を受けて愛大名誉教授の藤田佳久さんが、東三河沿岸部の寺社や、かつて地域の村役人などを務めていた家、4市(豊橋、豊川、蒲郡、田原)の図書館などに足を運んで精査した。
八つ折りのリーフレットで、折りたためばA4判。1万部つくり、4市それぞれで活用をはかる。
地図には、それぞれの地震に伴って発生した津波の高さを襲来した地区ごと、棒グラフで示した。
最大の津波高は表浜では、嘉永7年(1854)の安政の大地震により田原市の赤羽根、池尻を襲った10メートル。
三河湾岸では宝永4年(1707)の宝永大地震による同市田原の汐川河口付近の5メートルが最大だった。
最大の津波浸水面積、および遡行高は明応7年(1498)、宝永4年、嘉永7年の3地震が記録。
いずれも現在の愛知大学豊橋校舎の約1キロ手前まで浸水したほか、梅田川を遡ってのんほいパークの約1キロ手前まで達した。
三河湾側の津波の高さは、多くの地震で、表浜側の半分。
それでも豊橋市の牟呂や、蒲郡市の塩津では最大4メートル(ともに明応の地震)の高さを記録。
大きな津波のほとんどは、遠州灘を震源とする「東海大地震」によって引き起こされたことがわかった。
豊橋市防災危機管理課の平井康博課長は、「豊橋では三河湾岸の地区を中心に活用をはかる。必要なら増刷したい」としている。
5月25日 防災士資格取得試験に合格
5月12日(土)13日(日)の2日間、名古屋で防災士研修講座を受講し、防災士資格取得試験に挑戦いたしました。この講座には、愛知・岐阜・三重・静岡県の公明党議員130名が参加しました。
先日、「合格」の通知が届きました。通知が届くまでは、ドキドキでしたが、さらに防災・減災に活動をしてまいりたいと思います。
☆防災士とはどういう資格?
「自助」「互助」「協働」を原則として、かつ、”公助”との連携充実につとめて、社会の様々な場で減災と社会の防災力向上のための活動が期待され、さらに、そのために十分な意識・知識・技能を有する人を、日本防災士機構の防災士認証規準に基いて防災士とします。【日本防災士機構ホームページより】
ご興味のある方は、日本防災士機構のホームページをご覧ください。













